第32話 お爺ちゃん達、新たな生き甲斐に出会う(第二の人生満喫中)

 ◆ダンジョンで活動する老人達◆


 私の名はリドターン。

 細かい素性は省くが、元騎士だ。

 何故元が付くかと言うと、単純に歳が理由で引退したからである。

 正直に言えば、まだまだ未熟な部下達では不安だったが、後進を信じて後を任せる事こそ先達の最後の仕事だと陛下に説得されては、私も頷かない訳にはいかなかった。


 そんな訳で引退して只の爺いになった私だったが、どうにも何もしない老後というのは退屈で仕方が無かった。

 そこで似たような境遇の知り合いに声を掛けて、冒険者としてダンジョン探索など老後の楽しみにしていた訳だ。

 そんなある日……


『尾けられているな』


 ダンジョンに潜って間もなくの事だった。

 斥候役のスレイオが『心話』スキルで話しかけてくる。

 このスキルはパーティを組んだ仲間の間でのみ、声に出さずに会話できるスキルだ。

 会話が出来る距離はそこまで長くはないが、こういう人に聞かれたくない話をするには最適なスキルである。


『儂等を狙う暗殺者かのう?』


『今更引退したわたし達を狙っても何の意味もないでしょう』


『いや、逆恨みをする連中に道理は通じんぞ。復讐そのものが目的となっておる可能性もある』


 キュルトの言う事も一理ある。

 我々はわざと一般的な探索ルートを外して、追手をおびき寄せる事にした。

 腕利きの追っ手なら、これを罠と察して簡単に尻尾を見せる様な真似はしないだろうが、幸いにもこの相手は簡単に引っかかってくれた。

 これだけでこの相手が熟練の暗殺者などではない事が察せられる。


 そして通路を曲がった我々は跳躍スキルで天井に張り付くと、やって来た追手の姿を確認して……驚いた。


『子供!?』


 ただの子供なら私達も驚いたりはしない。

 子供を利用した暗殺者など珍しくもないからだ。


 しかしその子は違った。

 まず見た目がありえない。

 ダンジョンには似つかわしくない何とも可愛らしい色と装飾の施された衣装のみで、鎧も纏っていないのだ。


 そして最高級の魔蚕の絹の様な艶をした髪と、荒事とは無縁な白く細い腕。

 顔を見ずともこの子が愛らしい容姿をしているのが察せられる。


『上級貴族の娘が何故こんな所に?』


 そう、どう見てもこの子の外見は高位の貴族だ。

 こんな仕立ての良い衣服を並大抵のものが手に入れる事が出来るわけがない。

 無論腕利きの冒険者なら、この服に匹敵する素材を得る事が出来るだろうが、服飾師を探すとなるとそうもいかない。


 基本的に腕の良い服飾師は高位の貴族とその派閥に囲われているからだ。

 しかしこの子の服は見たこともないデザインをしていて、どの派閥の貴族の服飾師の作でもない。

 服に疎い私でも分かる程、他とは隔絶した洗練されたデザインなのが理解できる。


『貴族令嬢なら、リドターンさんに憧れて付いて来たご令嬢でしょうか?』


『待て待て、私は騎士、それも孫が居る様な歳の男だぞ。武勇目当ての少年ならともかく、年若いご令嬢に興味を持たれるような立場じゃない』


 これだけ幼い見た目だと、権力目当てとも思えない。


『まぁ本人に直接聞いた方が早いだろう』


『そうだな』


 地上に降りると、こちらを見失って困惑している少女にスレイオが話しかける。


「やぁお嬢さん、俺達に何かご用かな?」


「え!?」


 どうやって後ろの回り込んだのかと驚く少女。

 しかし我々も驚いた。

 何しろこの少女、我々の予想よりも遥かに美しかったのだ。


 確かに身に着けている衣服や髪、肌の艶から見目麗しい少女であろうことは予測出来ていたが、それにしてもこれは想定外が過ぎた。

 それほどまでにこの少女は美しいのだ。


 この美しさともなると、本人の資質だけではない。

 間違いなくスキルが発現している事だろう。


 長い鍛錬を得て取得する事の出来るスキルを、この幼さで取得したという事は、この少女の周りで身の回りの世話をしていた者達はそうとうにこの少女の美貌を維持する為に尽力した事だろう。

 まったく頭の下がる思いだ。


 聞けば少女は我々が魔物を解体する所を見たくて尾行していたらしい。


『どう思う?』


『嘘をつくにしては強引だな。それにギルドで聞けば良い事をわざわざ我々に聞きたがる事がおかしい』


『といいますか、どうやって妖精を連れているのでしょうか? 確か彼女達は自分達の属性から長く離れられない筈ですが』


『何らかのマジックアイテムを所持しておるのじゃろう。しかしマジックアイテムも気になるが、気まぐれな妖精をどうやって従えたのか気になるのう』


『話がズレてるぞ。それよりもこのお嬢ちゃんの目的が知りたい。本人に聞くよりも、妖精の言葉の方がゴマかしが効かんだろうから、上手く聞き出すぞ』


 そうして、妖精を介して少女の目的を聞きだしたところ、何の含みもない事があっさりと判明してしまった。


『まさか、ただの偶然で我々を選んで付いて来たとは……』 


『はははははっ! 光栄じゃないか! 我々はこのお姫様のお眼鏡に叶ったんだぞ!』


 心話で話している時に大声で笑うのは止めろ。頭に響く。


『とはいえ、面白いお嬢さんですね。それに行動力にも富んでいる』


『じゃが危なっかしいにも程がある。さっさと親元に帰すべきじゃろう』


『そうだな。まずは我々の保護下に置き、その間にこの少女の実家を探すことにしよう』


 長らく貴族社会から離れていた為、この少女がどこの貴族家の令嬢か分からないが、息子に調査を頼めばすぐに見つかるだろう。

 そういった側面もあって、我々はアユミと名乗った少女を我々の弟子として迎え入れる事にしたのだった……のだが。


「『火弾』! はぁっ!」


 キュルトの思い付きでこの子の実力を測ろうとした私達は、予想だにしない光景を見る事になった。

 なんとアユミは、魔法を使い、更に魔物の首を一撃で断ち切ってしまったのだ。


『おいおい、この嬢ちゃん、魔物の首を一撃だとよ。どんな力してんだ』


 スレイオの驚きも当然だ。

 三層の魔物は大した強さではないが、それでも毛皮によって守られているし、両断しようと思えば骨が邪魔をする。


 体格の良い冒険者が力を入れて振りかぶれば両断も出来るだろうが、このような細腕の少女がしかも重量のあまりない小剣で魔物の首を骨ごと両断するなどありえない光景だった。更に……


『この幼さで魔法スキルを取得しているとは……』


 これにはキュルトの方が切実に驚いていた。

 通常スキルとは鍛錬を積み、自分の体の一部になる程使いこなした末に取得するものだ。

 それをこの幼さでスキルに昇華させるとなると、物心つくかつかないかの頃から魔法の鍛錬をしていたことになる。


「どっちも本を読んでの独学です」


 だが、アユミからの答えは我々の予想外のものだった。


「「「「独学!?」」」」


 信じられん! 独学の鍛錬で子供がスキルを取得するだと!?


『あり得るのかキュルト!?』


『普通はあり得んな。おいストット、お前さんのところお得意の信仰心で幼子がスキルを覚える事は出来るか?』


『信仰心が厚ければ……と言いたいところですが、非常に難しいでしょう』


 更にアユミはこの戦闘で二つのスキルを取得したという。

 一つでも珍しいというのに、二つ同時に取得等聞いた事もない。


 我々はアユミの才能に困惑すら感じていた。

 このように幼い少女が、これほどの素質を持っていたことに。

 故に我々の考えた事は、一つだった。


『『『『この娘を我々が育てたい!』』』』


『これだけの才能、遊ばせるにはあまりにも惜しい』


 そもそも引退前は前線を離れて教官として部下達を鍛えていた身だ。

 才能ある若者を前にして何もせずにはいられない。 


『そうだな。下手に放置して死なれたら目も当てられん』


 それは仲間達も同じようで……


『独学でこれなら、真っ当な師に、それも一流の師に教わればどれだけ成長するか……』


『是非とも、その才能を開花させてみたいですね!』


 普段他者に無理強いをさせる事を望まないストットですら、アユミの育成には積極的な態度を見せていた。


『よし、アユミは我々が責任をもって育てる! 誰の横槍も入れさせるな! アユミを家族の下に帰すのも後回しだ!』


 寧ろこれ程の素質を持った娘が一人でダンジョンを歩いているもおかしな話だ。

 もしかしたら、何かから逃げているのかもしれん。

 下手に探れば彼女に害をなす者達に気付かれるやもしれんからな。


『賛成だ。逆にアユミを探している連中が居るかもしれん。調べておく』


『くれぐれもアユミの存在を気取られない様に頼むぞ』


『分かっているさ』


『くっくっくっ、腕が鳴るのう。この年になってこれ程の才能の持ち主を鍛える事が出来ようとは』


『ああ、引退してみるものだな。余暇でこれほどの楽しみに出会えるとは思っても居なかったぞ』


『『『『ふっふっふっふっ』』』』


 こうして、我々は第二の人生を才能ある新たな弟子の育成に費やす事にしたのだった。

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