第29話 異世界人との接触(ミスコミュニケーション)

「階段はどこかなぁー」


 隠し部屋を出た私達は、地上へ通じる出口を求めてさ迷っていた。


「出口出口ー」


 腰にセットした小瓶から上半身を覗かせ、リューリがリズミカルに出口出口と歌っている。

 あー、こうやって人が傍にいるのって久しぶりだなぁ。

 転生してから基本的に一人だったもんね。

 うん、こういうのも悪くないなぁ。


 そんな風にダンジョン内を歩いていると、カチャンカチャンという音が聞こえて来た。

 おお、これはもしかして異世界人とのファーストコンタクト!?

 とはいえ、万が一魔物である可能性を考えて、曲がり角まで戻って身を隠す。


「今日は中々の収穫だったな」


「ああ、宿代だけじゃなく貯蓄も出来そうだ」


 おお、やっぱり人間だった! それも探索者っぽい!

 そして彼等は探索での収穫もあったようで、上機嫌な感じだ。

 うんうん、これなら偶然を装って接近しても大丈夫そう。

この様子だと、探索を切り上げて地上に戻ろうとしてるみたいだし、このまま彼等の後について地上に上がる事が出来そうだ。


「あっ」


 さっそく私はたまたま出くわした体で彼らの前に姿を現す。


「こんにちわ」


「「「「うぉっ!?」」」」


そしたらこの人達、人を見るなりやたらと驚いた態度を見せた。

 うぉってなんだ、うぉって。

いくらダンジョンで突然出会ったとはいえ、流石にその態度は失礼じゃない?


「どうかしましたか?」


「あ、い、いや、何でもない」


 全然大丈夫じゃなさそうな様子で探索者達は私を見てくる。

 その目つき、敵意とか悪意は感じないんだけど、なんというか凄くジロジロと見られてる。

 しかし私は動じない。彼等にはこれから私の道案内をしてもらうんだからね。


 探索者達は何事もなかったかのように私の横を通り過ぎると、地上へ向かうと思しき道を進んでゆく。

 私は少し距離を置いてからゆっくりとおいかける。


「……」


 その間にも、彼らはチラッ、チラッ、と何かにつけてこちらに視線を送ってくる。

 ホントなんなんだろあの態度は。


 あれか? もしかして私が子供だから、子供がダンジョンに一人でいるのは何かあったのかと気になってるんだろうか?

 でもそうなると、こっちの世界じゃ子供はダンジョンに潜らないのかな?


 そんな事を考えていたら、ちらほらと探索者達を見かけるようになってきた。

 そしてそれほど時間が経たないうちに、沢山の探索者達で通路は溢れかえっていた。

 っていうか、こんなに人が居たの!?

 さっきまで全然人が居なかったのは何で!?


「……ねぇ、あのこ」


「うん……」


 ふとその声が気になって視線を向ければ、そこには子供の探索者達の姿があった。

 おや、ちゃんと子供の探索者もいるじゃん。


「っ、やば」


 その子達は私と目が合うと、慌てて目を反らす。そしてまたチラチラと視線をこちらに向けてくる。

 うん、バレないようにやってるつもりかもしれないけど、バレバレだからね。


 そしてチラチラ見てくるのかその子達だけじゃなかった。

 なぜか道行く探索者達全員が、私をチラチラ見てくるのである。

 なかにはジロジロと無遠慮に見てくる人達もいた。

 

なんなのこの状況? ジロジロ見てくるくせに、話しかけてくるでもなし。

 私は動物園のパンダかなにかか!


 ◆


「ようやく地上に出れた……」


 その後、ようやく地上に出る事が出来た私だったけれど、それに対する感動どころではなかったからだ。

 何しろ皆してずーっと私に視線を送って来るんだもん。

 途中からフードを被ってやり過ごそうとしたんだけど、何故か後から合流した人達まで顔も見えてないのにジロジロと視線を送ってきたんだよね。


 子供って事が理由じゃなかったみたいなのに、何で皆して見てきたんだろう?


「まぁいいや。それよりも中級ポーションの材料集めだ!」


「おー、やっと私の羽を治せるんだね! 早く行こう!」


 という訳で私達は中級ポーションの材料が売ってるお店を探して歩く。

 その段階になってようやく気付いたんだけど、この世界の風景は私がついこの間までいたルドラアースとは随分と違う光景だった。


 なんというか、この世界はとても……


「ファンタジーだなぁ」


 そう、この世界の光景はとてもファンタジーなのだ。

 まず周囲の建物がいかにもゲームや漫画に出てくるような洋風の建築物で出来ている。

 そして車の代わりになんだかよく分からない生き物が引っ張る馬車が走っている。


 極めつけは道行く人達。

 彼等は皆が異国情緒満載の格好をしていて、しかもその衣装は決して統一されていない。まるで複数の国の人間がそれぞれの国の伝統衣装を持ち寄ってファッションショーをしているようにすら見える。


その中を、無骨な鎧やローブを纏った人達が当たり前のように歩いている。

うん、ルドラアースのようにコスプレみたいな恰好とは全然違うんだよ。

 向こうは現代社会の中にファンタジーの住人がいたから、リアルとファンタジーのギャップで脳みそがバグりそうになってたけど、こっちは衣服の汚れ方がリアルで、なんというか、海外の大作映画の世界のようなリアルな生活感があったのだ。


「うわわっ、耳が尖ってる! エルフ? エルフなの!?」


 他にも動物の耳や尻尾が生えている人など、道行く人もファンタジー全開だ。

 凄い! 私ホントにファンタジーの世界に来たんだ!

 いや、こないだまで居た世界も魔法とかあったから、一応はファンタジーの世界なんだけどさ。


 私は未知の世界にワクワクしながらそこかしこを見て回る。


「おおー、何これ? あ、あれは何だろ?」


 どこもかしこも不思議な物がいっぱいで、ワクワクが止まらない。

 いやー、凄いねファンタジー世界!

 ただ一つ問題があるとすれば……


「「「「「……」」」」」


 うん、街中でも道行く人達にじーっと見つめられるんだよね。

 顔もちゃんと隠してるんだけどなぁ。

 装備も革鎧から防具になる服に変えてあるから、街中じゃ普通の人間にしか見えない筈なんだけど……


「ん~~っ! まぁ気にしていてもしゃーない! 本来の目的である中級ポーションの材料を探そう!」


 私はノート片手に薬草を探してゆく……のだけれど。


「どこにも売ってない」


 そうなのだ。ノートに書かれた中級ポーションの材料はどこにも売っていなかったのである。

 こうなったらお店の人に聞くしかないかなぁ。


「あのー、すみません、この薬草って取り扱ってますか?」


 私はお店の人にノートに描かれた薬草を見せて確認する。


「えっ!? あ、はいはい。どれどれ? んー、悪いがウチでは取り扱っていないねぇ」


 またなんか驚かれた。


「そうですか、ありがとうございました」


 その後も何件か薬草を取り扱っているお店に行ってみたけれど、どこも同じ反応だった。


「無いなぁ。人間が沢山取っていくなら、普通にお店に売ってそうだと思ったんだけど……」


 しかしここで私は重要な問題に気付いてしまった。

 そう、別の世界の薬草がこっちでも見つかるとは限らないという事に!


「しまったぁ~」


 やってしまった。これじゃ材料どころか、リューリの傷を治す中級ポーションが作れないじゃあないか。

 困った、どうしよう。


「いや、こういう時は困った時の図書館だ。すみません、図書館ってどこにあるかご存じですか?」


「トショカン……って何だい?」


「え?」


 図書館の場所を聞かれた店員さんがポカンとした顔で首をかしげる。

うそっ、図書館を知らない? まさかこの世界、図書館が無いの!?


「ええと、本がいっぱいあって誰でも読める場所です」


「本がいっぱいあって誰でも読める場所? そんなのある訳ないよ」


「ええっ!? ホントにないんですか!?」


 ホントに図書館が無いのこの世界!?


「本なんて貴重品、そうそう集められるものじゃないし、誰にでも読める様にしたらすぐに盗まれるじゃないか」


 うわー、マジか! この世界って紙が貴重なの!?


「あー、お客さん、何処の大都市からやって来た良いトコのお嬢様なんだい? この辺にそんな大量の本なんてないし、それにそいつ、それも見せびらかさない方が良いよ。狙われる」


 と、お店の人は私が手にしたノートを指差す。


「……そうだったんですね。ありがとうございます」


 私はすぐにノートを魔法の袋に仕舞うとお礼を言って店を出る。

 どうやらこの世界、私の想像以上に治安が悪いっぽい。


 私は店員さんにお礼を言うと、いったんお店を出る。

 困った、まさか図書館が無い世界だなんて。

 しかも治安がかなり悪そうだから、ルドラアースの時のように警察に保護を頼むという最終手段も使えるか怪しい。


「どうしよう……」


「まずはお金っていうのを集めればいいんじゃない? ダンジョンに来る人間もそれを手に入れる為に魔物と戦うって話してるのを聞いたわよ」


 私が悩んでいると、リューリが瓶から首を出してアドバイスをしてくれる。


「成程、確かにまずはお金を稼ぐべきだよね」


 となると魔物素材をどこかで換金しないと。

とりあえず魔物素材を売ってるお店に行って聞いてみよう。

この世界はルドラアースに比べればかなりファンタジー寄り、というか文明が遅れてるっぽいし、こっちなら戸籍が無くても探索者として色々売り買いできそう。


「すみません、ここって魔物素材の買取ってしてますか?」


「うぉっ!? あ、ああ、してるよ」


 よかった! 何とか買い取ってもらえそう。

 ありがたいので私を見て驚いたことは不問にしてあげよう。


 それはそれとして、何を売ろうかな。

 こっちの世界で手に入れた素材といえばスライム……は何も採取してないや。ゴブリン……も倒しただけで採取してない。


 となると、売れるのはルドラアースで買った素材だけかぁ。

 いやでも、異世界の素材ならこっちでは珍しくて金になるかも!


「えっと、この素材を買ってほしいんですけど」


 まずは試しとブラウンウルフを1頭取り出す。


「うぉ!? 驚いたな。お嬢ちゃんマジックポケット持ちか」


 マジックポケット? それって魔法の袋の事かな?

 まぁそういう事にしておこう。


「はい」


「その年でこれだけの素材が入るマジックポケットを育てるとは、人は見た目によらんな」


 育てる? もしかしてマジックポケットって生き物なの?


「しかし見た事のない魔物だな。どの階層の魔物だ? おっと、その前に冒険者カードを出してくれ」


「冒険者カード?」


 え? 何それ?」


「……お嬢ちゃんもしかして冒険者カードを持ってないのか?」


「え、あ、はい」


 むしろ初めて聞きました。


「あー、悪いな。冒険者カードがないと素材の買取は出来ないんだ」


「駄目、なんですか……?」


 あ、あれ? もしかしてこの流れ、こっちの世界でも普通には物が売れない流れ!?


「まぁしかし、冒険者ギルドで入会を申し込めばすぐにカードを用意してもらえるから安心しな」


「あっ、そうなんですね」


 よかったー、一瞬買取不可になるかと思ってびっくりしたよ!


「冒険者ギルドは店を出て左に進んでいけば、扉のマークが貼られた建物がある。それが冒険者ギルドだ」


「ありがとうございます!」


 お店の人に冒険者ギルドの場所を教えてもらった私は、すぐさまお店を出て冒険者ギルドに向かう。


「すいませーん、冒険者になりたいんですけど」


「はいは……うぇぇ!?」


 冒険者ギルドにやってきた私は早速冒険者登録を申し込んだんだけど、また偉く驚かれた。


「あの、どうかしたんですか?」


「い、いえ。なんでもな……ありません。ええと、冒険者登録ですね」


「はい」


 登録のために詳しい情報を調べずに来ちゃったけど、さっきダンジョンで子供の冒険者も居たし、そう難しい手続きとかはない筈。


「冒険者になるには、まず銀貨1枚が必要です。お金が無い場合は後払いで魔物素材の買取を行う際に1割を天引きで支払ってもらい、支払いが完了した時点で正式に冒険者として認められます」


 ほうほう、後払いでも登録できるのは良いね。


「そして次に戸籍証明をしてもらいます」


「戸籍証明……?」


 え? 戸籍?


「ええ、犯罪者でない事を確認する為、また問題を起こした際やダンジョン等で死亡した場合に親族に連絡を取る為に必要です。こちらは村長か町長に村を出る許可を得る際に書類を用意して貰った筈です」


 そ、そんなの持ってない……

 マジかよ、こんなファンタジーな世界なのにそんなところはしっかりしてるの!?


「それだと、戸籍のない孤児とかは大変じゃないですか?」


「孤児は教会に保護されますから、教会が戸籍を取得してくれますよ。戸籍取得のためにある程度大きくなったら労働の義務が発生しますが」


 おおう、なんかしっかりしてる。


「戸籍証明の書類……」


その後、書類など持っていない私は家に忘れてきたと適当に誤魔化して、冒険者ギルドからそそくさと逃げ出したのだった。


「って、こっちの世界でも戸籍かぁー!」


 ああ、戸籍の何と言う分厚く高き壁である事か……とほほ。

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