第28話 仲間が出来ました(絶妙に不安)

「ははぁー!」


 どうも、異世界にやってきた私は、なんか助けた妖精から地べた額をこすり合わせて全力で頭を下げられております。

 なにが起きているんでしょう。

 これ、異世界の住人とのファーストコンタクトなんですけど。


「あのー」


「はい! 何でございますか神様!!」


あー、やっぱりその神様って私の事か。

 突然の神様呼ばわりをされた時に周囲を見回したけど、誰も居なかったからなぁ。


「えっと、何で私が神様な訳? 私は普通の人間だよ?」


「ご、ご冗談を! その身から溢れる神気はしっかりと感じられます!」


 神気? んー、名前的に神様の何かっぽいな。

 そしてそれを私から感じられるから私を神様と間違えてるっぽい。

 神様か、確かにめっちゃ神様とは縁があるけど、それで私を神様と勘違いするのは流石になぁ……


「私から神気? ねぇ……そんなの私には……あっ」


 そこで私は思い出す。

 そう言えばほんの二、三日前に神様に会ってたわ。


「あー、それは私の神気じゃないよ。別の女神様のものだよ」


「……別の?」


 私の言葉に妖精がちらりと顔を上げる。


「うん。私この間女神様に会ったから、多分それが原因じゃないかな。残り香っていうか残り神気みたいな感じで」


「女神様に!? そんな事、でも確かに神気はするし……」


 妖精はガバッと起き上がると、何やらブツブツと呟きだす。

 そして大きく溜息を吐くと、バターンと床に倒れた。


「あー、ビックリしたぁ。てっきり神様が地上に降りて来たのかと思ったわよ」


「なんか神様が世界に直接関わるのって駄目っぽいよ」


「そうなの?」


「みたい」


 私が頷くと、妖精は更に安心したらしくとろーんと床にとろける。

 もう完全に溶けたハムスターだこれ。


「はぁー、良かった。アイツからも逃げきれたし、ホント良かったわぁー」


 溶け妖精は完全にだらけきった様子でごろごろし始めたと思うと、唐突に上半身を起き上がらせる。


「そうそう、助けれてくれてありがとね。ホントに助かったわ。私、泉の妖精リューリ。よろしくね! 貴女は?」


「私はアユミだよ」


「よろしくねアユミ!」


 リューリと名乗った妖精は翼をはためかせて跳び上がると、ベチャッと地面に落ちた。


「……何してるの?」


「あ、あれ? おかしいな……って、羽! 私の羽がぁーっ!」


 見ればリューリの背中から生えた羽のど真ん中、大きな穴が開いていたのである。


「これってもしかして、あの怪獣に開けられた穴?」


 そうか。あの怪獣が爪を壁に突き刺していたのは、この子が爪から羽を外して逃げられないようにする為だったんだ。


「あああああ! 私の妖精一美しい羽がぁーっ!!」


 羽に大穴が空いた事で、リューリがワンワンと泣き出す。


「えっと、安静にしていれば治るとか……」


「治らないわよ! ちょびっとならともかく、こんな大穴開けられたら中級以上の回復魔法でも使わないと治らないわよ!」


「そうなんだ……」


 回復魔法かぁ、生憎と私は回復魔法使えないんだよなぁ。


「ポーションで治るかな?」


 私は魔法の袋から初級ポーションを取りだすと、手の上に少量注ぎ、指先を浸してリューリの羽に塗りつける。

 けれどリューリの羽が治る気配はない。


「無理よ。しょぼいポーションじゃアイツに付けられた傷は治らないわ」


 しょぼくて悪かったな。

 けどどうもあの怪獣から受けた傷は特殊なようで、普通の方法じゃ治らないらしい。


「せめて中級ポーションなら時間はかかるけど治るんだけど……」


「何か問題でもあるの?」


「おおありよ! 中級ポーションって材料が貴重なのよ! 人間が馬鹿みたいに取ってくの! だから私達が使う分が少なくなっちゃうの! それに作るのが難しいから、作り手も少ないの!」


「中級ポーション……」


 ふと私は魔法の袋に仕舞っていたタカムラさんに貰った調合ノートを取りだすとパラパラとページをめくる。


「あった、中級ポーションの作り方」


 やっぱりだ。タカムラさんは中級毒消しだけじゃなく、中級ポーションの作り方も用意してくれていたらしい。


「んー、材料さえあればワンチャンいける……かな?」


 失敗だらけではあったけれど、一応は中級毒消しも作れた。なら練習すれば中級ポーションも作れる筈。


「え? うそ、作れるの貴女!?」


「一応作り方は書いてあるから、何度か練習すればいけると思う」


「まじで! 何!? 私の羽治してくれるの!?」


「まぁ、ここまで関わっちゃったらねぇ」


 この小さな体で飛べなくなった妖精を今更見捨てるのも後味が悪い。

 だってこのまま放置したら、飛べないせいで魔物にあっさり捕まってしまうだろうし。

 せっかく野生の妖精を助けた訳だから、せめてちゃんと羽が治って自力で魔物から逃げれるようになるまでは面倒見てあげないとね。


「あーりーがーとー! 貴女って本当に良い人間ね! やっぱり神様なんじゃない!?」


「違います」


「飛べなくなっちゃたけど補助魔法が得意だから、逃げたりするのは得意よ! これからよろしくね、アユミ!」


「こちらこそよろしくねリューリ」


 こうして私は異世界の、いや初めての仲間を得たのであった。


「ところで逃げるのが得意なら、何であの怪獣に捕まってたの?」


「……」


 おい、何で黙る。


「い、いやー、ちょっとちょっかい出してからかってたら、うっかりやり過ぎて怒らせちゃって……」


 それで捕まったと……前言撤回しようかな。


 ◆


「まずは中級ポーションの材料を集める所から始めたいんだけど、あの怪獣がうろついてると思うと、無計画に歩き回るのは避けたいよね」


 正直、次にあいつに見つかったら逃げ切れる自信はないよ。マジで。


「ああ、それなら大丈夫よ。基本的にアイツは縄張りから離れないから、不用意に縄張りに近づいたり怒らせたりしなければいいだけよ」


 つまりリューリは不用意に縄張りに近づいて怒らせたんだね。


「そっか、それなら安心だね。ところでリューリは地上に出る階段がどこにあるか知ってる? 出来れば近くの町まで案内してくれるとありがたいんだけど」


「んー、知らない。私ダンジョンの泉で暮らす泉の精霊だし」


「そっか」


 残念、この世界の事を色々教えてもらえると思ったんだけどな。


「それに私、泉から長時間離れられないしね」


「え? 離れられないってどういう事!?」


 泉から長時間離れられない? って事は私と一緒に行動出来ないって事じゃない?


「私達妖精は、属性に紐づけられた存在だから、自分と同じ属性が濃い場所の傍じゃないと生きていけないのよ。水の妖精は水のある場所に、火の妖精は火のある場所にってね」


 だから自らの属性のない場所に長時間居続けると、妖精は姿を保てなくなって霧散してしまうのだという。


「死んじゃうって事!?」


「ああ、大丈夫よ。アユミ、その袋の中身を見せて」


 かなりの大事じゃないかと慌てた私だったけれど、リューリは慌てる様子を見せずに私の服の内ポケットに仕舞われた魔法の袋を指さした。


「これの中身?」


「そう、出して。感じるのよね」


 私は言われるままに魔法の袋から中身を取りだす。


「んー、これじゃないわね。これでもない……あっ、これだわ!」


 リューリが見つけたのは、この隠し部屋で見つけた空の瓶だった。

 彼女は瓶の蓋をキュポンと鳴らして外すと、その中に潜り込む。


「え?」


「よっと!」


 そしてリューリが手をかざすと、瓶の中に水があふれ出す。


「ええ!?」


「よし、私の家完成!!」


「家!?」


 なになに、どういう事!?


「この小瓶に私の属性である水を満たして簡易的な泉にしたの」


「そんなのでよかったの!?」


 めちゃくちゃ簡単じゃない! 妖精運び放題じゃん!


「そう簡単な話じゃないわよ。ただの瓶じゃ泉にはならないの。この小瓶だから出来たのよ」


 この小瓶だから? でもこれただの空瓶だよ?


「これは妖精の小瓶。私達妖精のように肉体の結びつきの薄い存在を保護するものよ。これに自分の属性のモノを入れれば、私は属性の濃い場所にいるのと同じように暮らせるの」


「へぇ、この小瓶にそんな効果があったんだ」


 向こうの世界じゃ見た目以上に物がたくさん入る魔法の袋で、こっちの世界じゃ妖精を安全に連れていける妖精の小瓶。


「やっぱダンジョンの隠し部屋って特別な物が隠されてるっぽいよね」


 隠し部屋に眠っていたお宝が、二度も続けて予想外に貴重な品だった事に、私は震える。

 ダンジョンの上層部、たいして強くない魔物のいる階層でそんな貴重な物が簡単に手に入るのだろうか?

 果たしてこれは偶然だったのか、それとも私が見つけるように誰かが意図的に仕込んだのか……


「さぁ、これで一緒に冒険出来るわよ!! 出発よーっ!」


 そんな私の不安など知らぬとばかりに、リューリが小瓶から頭を出して元気よく号令を出す。


「あー、うん、そうだね」


 まぁ分からない事を悩んでも仕方ないし、今は考えるだけ無駄か。


「それじゃあ私の羽を治す材料を探しに行くわよー!」


「おおー!」


 こうして、改めて私は妖精と共にもう一つの異世界を旅する事になったのである。


「ところで蓋開けたままだと中身こぼれない?」


「私が入ってるときはこぼれないから大丈夫よ」


 マジか。便利だな妖精の小瓶。

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