第20話 ボスは強いからボスなんだよ(笑い事ではない)
探索者協会の人間に追われ、五層に降りてきた私は、驚くほど広いフロアに迷い込んだ。
けれどその途端、私の入ってきた入り口が封鎖されてしまった。
そしてフロアの奥から現れたのは……10mはあろうかという巨大な青いトカゲの魔物だった。
「うわぁ、ボス部屋かぁ」
その強そうな見た目と巨体は明らかにボスの貫禄である。
っていうか、ダンジョンってボスもいるんだね。
「う、うそ……」
と、後ろから震える声が聞こえてきた事で、探索者協会の人が居た事を思い出す。
ちらりと見れば、彼女は以前助けた魔法少女みたいな恰好をした探索者……っていうか、あれ? この人この間助けた人じゃない?
服のデザインがまんまこの間見た時のヤツだ。
顔ははっきりと覚えてないけれど、おぼろげな記憶とも一致する。
「貴方……」
「なんでよりにもよってブルーポイズンリザードなのぉーっ!!」
前に会った事なかったっけと聞こうとした私の声を遮り、彼女が悲鳴を上げる。
「ブルーポイズンリザード? 何それ?」
「レアボスだよぉーっ!! めっちゃ強い奴!!」
なんと、ボスにもレアモンが居るんだ。
なるほど、言われてみれば依然遭遇したレアモンも青いゴブリンだった。
いやダークウルフは黒だったから偶然か。
「に、逃げないと……」
「いや無理でしょ」
へたり込んだまま後ろに逃げようとする彼女に、私は閉ざされた扉を指さして現実を思い出させる。
「うぇーん開けてよぉーっ! 私まだボスに挑むつもりなかったんだよー!」
気持ちは分からないでもないけど、ダンジョンのギミックは聞いてくれないと思うよ?
「っと、いけない!」
ボスが奇妙な動きをしたのを見た私は、彼女をぐいっと引っ張って横に飛ぶ。
「んげふっ!」
なんかいい感じの悲鳴を上げた彼女を引き寄せると同時に、ボスから何かが飛んできて、直前まで私達が居た場所に叩きつけられる。
それは黒くてブヨブヨとしたヘドロ状の物体だった。
「うわっ、なにこれ」
「ど、どどど毒だよ! ポイズンリザードは毒で攻撃してくるボスなんだよー!」
へぇ、毒で攻撃してくるボスか。
その話を聞いて、私は魔法の袋に入っている毒消しの事を思い出す。
「もしかしてタカムラさん、これを見越して私に毒消しの作り方を教えてくれたのかな?」
5層のボスだし、実際そのつもりだったんだろうな。
私がダンジョンを攻略していけば、確実にここに来ていただろうし。
「ともあれ、攻撃してくるのならこっちもやるしかないでしょ。毒消しはあるからとにかく攻撃してくよ!」
「ええーっ!?」
ボスの攻撃方法は毒を遠くに飛ばす攻撃だから、接近戦の方がよさそうだね。
「いくよっ!」
私はブルーポイズンリザードに真正面から駆けてゆく。
「ちょっ!? 危ないよ!!」
危ないのは承知の上!
ブルーポイズンリザードが体を身じろぎさせると、再び毒が飛んでくる。
「よっと!」
しかし私はそれを余裕をもって回避する。
「こっちに攻撃してくると分かってるなら、避けるのは難しくないよ!」
「難しいよ!?」
昔の私なら来ると分かっていても避けるのは無理だっただろうけど、レベルを上げて体を鍛えた今の私には、飛んでくる毒の塊をはっきり認識し、更にそれを避けるだけの運動能力が備わっていた。
「私が囮になって攻撃するから、貴方も生き残りたかったら援護して!」
「え、援護、援護って……う、うん、分かった。魔法で攻撃すれば良いんだね!」
戸惑っていた彼女はど突然誰かと話し始めたかと思うと、今度は攻撃魔法による援護を開始してくれる。
一体誰と話してたんだろう。携帯電話みたいなものも使ってなかったみたいだし……
「もしかして幽霊?」
それはさすがにと思ったけど、ここは剣と魔法がある異世界だからなぁ。
彼女にしか見えない幽霊が居てもおかしくはない。
ともあれ、援護してくれるなら別に幽霊が見えててもいいか。
「『風よ! 我が敵を 切り刻め! エアスラッシュ』!!」
彼女が放ったのは、風の攻撃魔法だった。
視認が困難な風の刃は、ブルーポイズンリザードの体を切り裂いてゆく。
「ギュアァァァァ!!」
ブルーポイズンリザードが痛みとも怒りとも分からない雄たけびをあげる。
そして彼女に怒りのまなざしを向けて攻撃を放とうとしたところで、私が側面から攻撃をくらわす。
「こっちだよ!」
「キュガァァァ!」
注意が逸れたタイミングで受けた攻撃だけに、ブルーポイズンリザードは先ほど以上の悲鳴をあげる。
そして怒りの雄たけびと共に彼女に放つ筈だった毒を私に向けて放ってくるけれど、あらかじめ予想していた私は横に跳んで避ける。
「ギュガァァァ!」
傷を負わされた怒りと攻撃が当たらない事に対して苛立ったのか、ブルーポイズンリザードは私目掛けてやたらめったらに毒をばらまいてくる。
「数撃ちゃ当たるって訳? でもそれは回避できちゃう相手には意味ないよ!」
ふふん、当たらなければどうということはないんだよ?
「ギュガァァァ!!」
「って、突っ込んできたぁーっ!?」
毒が当たらないと分かったら、今度は猛烈な勢いで突っ込んでくるボス。
私は慌てて突進を回避する。
「うぉぉ、やな迫力ぅ」
そこまで早いわけじゃないから回避は出来るけど。突っ込んでくる大型トラックをギリギリで避けるような嫌なスリルがある。
しかも向こうはこっちを踏みつぶそうと追尾してくるからなおさら避けにくい。
更に避けてもボスが横を通り抜ける瞬間、長くて太い尻尾を振り回して攻撃してくる。
「連続攻撃!?」
なんとか盾で受け流すものの、ウェイトの違いで吹き飛ばされる。
「私軽いもんねぇぇぇぇっ!」
そう、私は軽いから!
なんて言ってる場合じゃないわ!
遠距離は毒を飛ばして攻撃、そこから追尾突進攻撃、更に尻尾攻撃と意外と隙が無い。
ボスはすでに私に再攻撃せんと体を半分回転させている。
「『エアスラッシュ』!」
その時、風の刃が再びボスに傷を与えた。
当然私を狙っていたボスの注意が彼女に向く。
「チャンス!『火花より生まれし者よ 我が敵を焼き尽くせ ファイアブリッド』!!」
「クギュアァァァァァ!!」
魔法でボスの顔に一撃喰らわせて視界を奪った隙に、接近して前足に全力の一撃を加える。
するとボスが痛みで全身をのたうち回らせたので、すぐさま下がって巻き込まれないように避難。
「『風よ! 我が敵を 切り刻め! エアスラッシュ』!!」
彼女がボスの気を引き、私がその隙にボスの足を攻撃する。
それによって同じ足を攻撃され続けたボスの動きが目に見えて鈍くなってゆく。
正直あの子の援護は思った以上に助かってる。
意外といいタイミングで攻撃してボスの気を反らしてくれるから、攻撃の密度が減って反撃する隙が出来るんだよね。
それに攻撃の手が緩めば、回避もしやすくなる。
「うん、パーティを組むのも悪くないかも」
問題は私が普通の探索者じゃないってことか。
戸籍の問題もお金で何とかできないかなぁ。
「クギュアァァァァァ!!」
ボスの右前足が限界に達したのか、体を支えきれなくなって倒れ込む。
よし、次は左前脚を潰せば敵の動きを相当に制限できるよ!
こうなれば突進攻撃の脅威は薄れ、毒吐きと尻尾にさえ気を付ければ問題なくボスを倒せるだろう。
「これなら毒消しもいらなかったね」
意外とボスも大した事なかったね。まぁ上層部のボスだし、探索者同士が協力すればこんなものなのかも。
「さぁ、それじゃあ次は左前あ……あれ?」
その時だった。突然私の片膝から力が抜けてしまったのだ。
「うわっ!?」
転びそうになるのを何とかこらえてるも、上手く立ち上がれない。
「え? 何?」
おかしいのは膝だけじゃない。なんというか気持ち悪いのだ。
まるで車酔いか船酔いになったかのような吐き気を感じる。それに眩暈も。
「何で……?」
考えられるのはボスの毒だけど、私は毒の直撃どころか掠ってすらいない。
じゃあこの異常は一体どういう事?
「え? あ、なにこれぇ」
異常が起こったのは私だけじゃなかった。
離れた位置にいる彼女も、私と同じような違和感に襲われていたのである。
「気づかないうちに毒で攻撃された? でも攻撃を喰らってもいないし触れても……触れる?」
その時、私はタカムラさんに教わった毒の話を思い出す。
『それに毒ガスのように空気に混ざって吸い込む事で体に悪影響を与えるものもあるのよ』
毒ガス、その言葉に周囲を見回すと、私は嫌な予感が当たっていた事に気づいてしまう。
「やられた、毒をバラまいていたのは本当に数を撃つためだったんだ」
ただし、その真の目的は当てる為じゃない。
「気化した毒ガスを吸い込ませるのが目的!?」
その時、目が合ったボスがニヤリと笑みを浮かべた気がした。
「っ!?」
まさか、初めてのボスがこんな搦め手で来る!?
私は、初めてのボスとの戦いを経て、これこそが真のダンジョンの洗礼なのだと実感するのだった。
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