第19話 追われる身になりました(業界の仁義)

 探索が失敗に終わった探索者と出会った私は、彼ら相手に素材の売買を行っていた最中に突然腕を掴まれてこう言われた。


「それと君にも話を聞かせてもらいたいんだ」


 はい? 話ってどういう事? 3サイズが聞きたいとか?


「ダンジョンでの探索者同士の素材は違反行為だ。我々探索者協会として見過ごすことは出来ない」


 まさかこの人達、探索者協会の人!?

 私を捕まえる為に探索者の振りをしてたの!?


「確認しました。本物のダークウルフの牙です」


「そうか」


 仲間の報告を聞いた男の人、いや探索者協会の人がニコリと目の笑っていない笑みを浮かべる。


「それじゃあ詳しい話を聞く為に事務所に行こうか」


 あわわっ、これマジでヤバい奴じゃん!

 このままだと私ホントに捕まってめっちゃ叱られて戸籍が無いのがバレてダンジョンに潜れなくなる奴だ!

なんとか逃げようとするも、協会の人は私の手をがっしりと掴んでいて離そうとしない。


「安心したまえ。我々は子供を傷つけたりしない。ただ、色々詳しい話を聞かせて欲しいだけなんだ」


 ひぇぇ、つまり根掘り葉掘り全部ゲロッてもらうからなってことですよねーっ!

 ヤバイヤバイ、何とかして逃げないと。

 でもどうする? 武器を使って脅したらそれこそ犯罪者になっちゃう。

 っていうか向こうは国の職員であって、悪い人じゃないんだから攻撃するわけにはいかない。


 んー、そうだ! 魔法! 魔法で驚かせるとか!

 でも怪我をさせないように威力を落とした目くらましの魔法じゃ、たいして動揺されずに逃げることに失敗してしまうかもしれない。

 しかも一度失敗してしまったら、魔法を使えないように口をふさがれてしまう危険もある。


 使う魔法と手段は慎重に考えないと。


「……」


 彼らに連れていかれる間にじっくりと考えを巡らせた私は、逃げる為の作戦を練る。

 でもこれだけじゃだめだ、もう一つ決め手が欲しい。

 となると、アレが来るのを待つべきか。

 幸い、ここならアレとは必ず遭遇するからね。


「……」


「……」


 無言で外に出る為に歩き続ける私達。

 そして上の階層への階段が近づいたその時、アレは現れた。


「ワォォォォォォン!」


 魔物が現れたのである。


「魔物だ!」


「低層の魔物といえど油断するな。こっちには子供がいる!」


「「「はいっ!!」」」


 彼らはすぐにフォーメーションを組むと、向かってくる魔物達を個々に対応し始める。

 おお、一糸乱れぬ動きってやつ? めっちゃ戦い慣れてるじゃん。

 って、感心してる場合じゃない。私も準備を始めないと。


 私は隣で手をつないで拘束している職員に気づかれないように顔を伏せ、小声で呪文を唱える。


「……『水よ 我が渇きを」


「大丈夫だ、彼等はプロだからね。あの程度の魔物に後れを取ることはないよ」


 呪文を唱えているのがバレたのかと慌てたが、幸いにも彼は私が魔物に怯えていると思ったらしく、私を宥めてくる。ふぃ、危なかった。

 再び呪文のイメージに専念し、私は魔法を放つ。


「癒したまえ クリエイトウォーター』!!」


 放ったのは魔法を生み出すクリエイトウォーター。

 けれど私はそれに、大量のお湯をイメージして発動させる。

 それもお風呂のお湯どころじゃなく、銭湯の湯舟並みの湯量だ。


「「「「なっ!?」」」」


「ワオンッ!?」


 ダンジョンの通路を埋め尽くすほどの量のお湯が一瞬で現れた事に、協会の人だけでなくブラウンウルフ達まで驚きの声を上げる。

 そしてお湯は私達の体を飲み込んでゆく。


「っ!?」


 さすがにこれには驚いたらしく、職員の人は慌てて口をふさいで酸素を確保する。

 しかしその事に意識を裂かれた為に、私を拘束する手の力が緩んだ。

 今だ! 私は腕を引っ張って彼の手から離れると、一目散に逃げだした。


「ごぼっ、な、なんだこれは!? お湯!?」


 更に幸運だったのは、お湯に驚いた彼は、まだ私の手が離れたことに気づいていない。

 私はエアウォークで速度を上げて全力でダンジョンの通路を駆ける。


「君、大丈……居ない!?」


 そして私の様子を確認しようとして、私が居ないことに気付く。


「しまったっ!!」


 次の瞬間、後ろからガッと床を蹴る音が聞こえてくる。 

 意外と立ち直りが早い!


 けれど幸運は続いた。


「キャウンキャウン!!」


「うわっ!? こ、こら邪魔だ!」


 突然の大量のお湯にパニックを起こしたブラウンウルフ達が暴れだしたのである。


「ありがとうブラウンウルフ、あと御免ね!」


 私はブラウンウルフに感謝を捧げながらダンジョンを駆ける。

 次に君達の仲間に遭遇したら倒さずに見逃してあげる!


 しかしそんな感謝もむなしく、後方から走る音と金属がガチャガチャぶつかる音が聞こえてくる。


「もう倒しちゃったの!?」


 ヤバイヤバイ! 早く距離を取らないと!

 でもどうする? どこかに隠れるにしても、相手は間違いなく私よりもダンジョンを知り尽くしている。

 となると隠れやすい場所は相手も予想が付くだろう。


「なら下に向かおう!」


 下の階層は魔物が強くなって危険だけど、その分彼らの足止めにもなる筈。

 うまく彼らが面倒な魔物と戦ってる間に、私は迂回して上の階層に戻れば、後は隠し部屋に逃げ込める筈!


「四層への階段を見つけておいて良かったぁーっ!」


 こうして私は、本来予定していなかった四層へと向かうのだった。


 ◆


「待ちなさい!」


「待たないよ!」


 四層にやってきた私はとにかく走った。

 何しろ四層の地理は全く分からないから。

 道中遭遇した魔物とは、戦う余裕もない事もあって逃亡を選択する。

 その際魔物にお湯をぶっ掛けてびっくりさせる事で横を通り抜け、追いついてきた協会の人達の足止めをお願いする。


「ありがとう名前も知らない魔物さん。君達の犠牲は無駄にしないよ!」


 とはいえ、三層から四層だとたいして敵の強さも変わらないのか、後ろから迫ってくる彼らの足音は途切れない。


「もっと強い魔物に相手をしてもらわないと! レアモン出てーっ!」


 しかしこういう時に限って足止めに役立ちそうなレアモンが出る気配はなかった。


「この間は出てきたのに―!」


「あっ」


 すると私はこれまでとは違うシルエットの魔物が現れた事に気づく。


「チャンス!」


コイツはレアモンに違いないと判断した私は、その影にお湯をぶちかける。

「キャーッ!?」


「え?」


 魔物がキャー? 随分と人間っぽい声が……


「って人間だコレ!?」


 なんという事だろう。私がお湯をぶっ掛けたのは人間の女の子だったのだ。


「ご、ごめん、魔物だと思ってつい」


「ふぇぇ」


 あちゃー、やっちゃった。

 私はタオルを取り出すと多分彼女に差し出す。


「これ、使って」


「あ、ありがと……って貴方もしかして!」


「待ちなさーい!」


 しかしそこに追いついてくる協会の人達。


「やばっ、えっとごめんね!」


「あ、ちょっと待って!」



 申し訳なさを置き去りにしつつ、私は彼女から離れて逃亡を再開する。

出来るなら協会の人達を足止めしてください!

あとなんか見覚えがある人だったような……


「待ってーっ!!」


 と思ったらなぜか彼女まで私を追ってきた。

 いやホント何で!?


「はっ、まさかこの子も協会の関係者!?」


 後ろから追ってくる彼等とは別で行動して私を探していたとか!?

 ヤバイヤバイ! この状況で追手が増えるとか、洒落にならないよ!


私は全力で駆けながら出会う魔物の顔面にお湯をぶっ掛けては協会の人達の相手をさせる。

 正直途中から魔力がしんどくなってきたので、湯量を調整して至近距離で顔面にブチかますエコアタックに切り替える。


「ちょっ、まっ、速っ、はひっ」


 ただし、彼女は距離が近すぎる為、驚いた魔物が我に返って暴れだす前にすり抜けてしまい、妨害が意味を成していない。

 幸い彼女はそこまで足が速くないのか、ジワジワと引き離しつつあるけど、この距離じゃまだ安心はできない。


 そんな事を繰り返していると、前方に暗い穴を発見した。いや、あれは穴ではなく……


「下への階段!?」


 そう、五層へ通じる階段が見つかったのだ。


「よし! 行くよ!」


 更に下の階層なら魔物ももっと強くなって足止めの役に立つ筈!

 私は速度を上げて階段に飛び込む。


「えっ!? ちょ、降りるの!?」


「そこはっ!? 待ちなさい! それ以上行ってはいけない!」


 私が階段に飛び込んだのを見た職員の人が、慌てたような声を上げる。

 どうやらこれ以上深い階層に潜るのは彼らにとってもリスキーのようだ。

 いいね、これならうまくやり過ごして上に戻れそう!


 もはや階段を落ちる勢いで駆け下りてゆくと、その先に小さなフロアが見える。


「よし、このまま一気に駆け抜ける」


 フロアを抜け、その先に駆け込んだ私は、しかしその先に広がっていた光景に驚いて足を止めてしまった。


「え? 何もない?」


 そう、私が足を踏み入れた先には壁も通路の何もないだだっ広い空間だったのである。


「なにこれ」


 これじゃ隠れる場所もないよ?

 それどころか魔物の姿も見当たらない。


「って、これじゃ逃げきれない!」


 魔物が居ないってことは、囮として利用もできないって事。

 このままだと追いつかれると思わず振り向いた私だったが、既に遅く、彼女が息を切らせながらフロアに入ってきた。


しまった追いつかれた!


「待っ、ゼヒッ、はや、うっ、おぇぇっ」


 あ、うん、今なら逃げれそう。

 なんか無理して追いかけてきたせいで、今にも死にそうになってる。

 

ともあれ、今のうちに奥へ向かって下の階層に降りる階段を探した方がよさそうだ。

そう判断して駆けだした私に、しかし彼女は意外な一言を叫んだ。


「っ、ぜぇ、ヤ、ヤバいよ! 早く、上に、逃げないとっ!」


 逃げる? 何から? 魔物から?

 けれどこのフロアに魔物の影は見当たらない。一体何から逃げるというのか。


 そう思った時だった。突然鈍く重い音が鳴り響くと、私達が入ってきた通路が扉で塞がってしまったのである。


「ああーっ!!」


 その光景を見た彼女は悲鳴を上げて扉に駆け寄ると、扉を引っ張って開けようとする。

けれど扉はビクともしない。


「嘘でしょ、開かない」


 絶望に染まった声で、彼女は床にへたり込む。

 それと同時に、ズズゥン、ズズゥンと扉が閉まった時とは違う重い音がフロアの奥から響いてきた。


「もしかしてここって……」


 奥から姿を現したのは、今まで見た事のない巨体。

 その姿はこれまで見てきたどの魔物よりも凶悪で、それでいてその目は私達に対する敵意、いや殺意を隠そうともしていなかった。


「ボス部屋ってヤツかぁ」


 つまりあれだね。ボスからは逃げれらないってヤツだ。

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