第17話 お婆ちゃん達にお土産を持っていきました(立派になって)
「漸く纏まったお金を稼げるようになったから、お婆ちゃん達にプレゼントを買って来たよ!」
ダンジョンで探索者達相手に素材を売るようになった私は、お世話になっているお婆ちゃん達にお礼の品を送ることにした。
とはいえ、あまり高価な品を送ると心配されると思ったので、ちょっとだけお高いお菓子を送ることにする。
でもお婆ちゃん達の好みが分からなかったから、とりあえず洋菓子、和菓子、しょっぱいお煎餅といったハズレのない品をチョイスする。
その結果……
「「「「孫が初任給でプレゼントをっっっ!!」」」」
いえ、孫でもないですし初任給でもないから……
お婆ちゃん達は余程嬉しかったのか、目尻に涙を浮かべて、いや目尻どころかハンカチで拭ってる人もいる。
そんな、たかがお菓子で大げさな……
「こんなに良い品を買ってくれるなんて、アンタも立派になったもんだねぇ」
「ええ、あんなに小さかったアユミちゃんが……」
いやいや、私達出会ってまだ数日ですよね!? そんな昔から見守ってきたみたいな空気じゃないですよね!?
「こりゃあ次の品は奮発しないとね!」
「ええ、ええ、ウチで開発中の新商品をアユミちゃんの為に持って来るわ!」
「いやアンタは引退したんだろ? 勝手に会社の製品を持ち出したら大問題だろ」
「モニターよモニター。現役の購買層に実際の使い心地を試して貰うって言えば、あの子達も文句は言わないわよ!」
「それじゃあ私は……」
「ちょっ、待って待って!!」
お婆ちゃん達がとんでもない事を言い出したので、私は慌てて止める。
「お礼なんて良いですから! っていうかこれは私からのお礼なんですから、お礼のお礼なんて貰ったら意味なくなっちゃうよ!」
「「「「ええー」」」」
お礼は要らないという私の言葉に、お婆ちゃん達が不満の声をあげる。
いやマジでこのままだとお礼の無限ループに入りかねないからね。
「お婆ちゃん達に貰った物のおかげで助かったんだから、普通に受け取ってよ」
事実、お婆ちゃん達から貰った品や情報、技術が無かったら本当に危なかったんだから。
「しょうがないねぇ、そういう事なら今回は大人しく受け取っておくことにするよ」
「そうねぇ」
「アユミちゃんを困らせる訳にはいかないものね」
何とか納得してくれたお婆ちゃん達は素直にお礼を受け取ってくれた。
ふぅ、良かったよ。
「それじゃあお話も済んだ事だし、今日の錬金術のお勉強をしましょうか」
と、話が一段落した事で、タカムラさんが錬金術講座の開始を宣言する。
「前回はポーションを作ったから、今日は毒消しの調合をお勉強しましょうか」
おお、毒消し! 確かに毒ってゲームとかだと毒消しを飲むまでずっとダメージを受け続けて危険だもんね。
「まず毒ですが、蛇などが持つ体内に入る事で影響を与える神経毒や、触れるだけで肌から染み込んで悪影響を与える毒があるわ。カエンタケなどの毒キノコがそれに当たるわね。それに毒ガスのように空気に混ざって吸い込む事で体に悪影響を与えるものもあるのよ」
改めて教わると、毒って色んな種類があるんだなぁ。
「また毒には強い毒と弱い毒があるとされるけど、弱い毒でも大量に摂取したり、濃縮されたものを摂取すると、十分に強い毒になるわ。気を付けてね」
「どんな毒でも油断しちゃ駄目って事ですね」
「ええ、その通りよ。だから探索者にとって毒消しは必須のアイテムなの。常に切らさない様に注意してね」
「はい!」
毒消しを常備する際の心得を教わると、今度はダンジョンで獲れる素材から作る毒消しポーションのレシピについての話になる。
「ダンジョンの素材で作った毒消しは、さっき説明した毒の種類に関係なく効果を発揮するわ。神経毒も、触れるだけで危険な毒も、毒ガスにも全部に効果があるの」
「全部ですか!? 普通ハブの毒みたいに毒の種類によって血清とかが必要になるんじゃないんですか?」
「それがダンジョン産の素材でできた薬の不思議なところね。ダンジョンが出現した事で、人類は多くの被害を受けたけれど、恩恵も大きかったの。最も優れたエネルギーを産み出す魔石は言うに及ばず、ポーションや毒消しといった薬による医療面での恩恵も素晴らしいものだったのよ」
ほえー、ダンジョンの薬って本当に凄いんだね。
「だからダンジョンの毒は種類じゃなく、毒の濃度で分類されるの。弱毒、並毒、強毒、猛毒」
「なんか並毒だけ食べ物っぽいですね」
「こーら、茶化さないの」
叱られてしまった。
「でも仕方ないのよ。普通の濃度の毒を普通に毒って呼んだら、強いのか弱いのか分からないから、ちょっと聞きなれなくてもちゃんと濃度をはっきりさせる必要があるのよ」
そして私が教わったレシピは、弱毒を治す毒消しの作り方だった。
「上層なら弱毒用の毒消しで十分よ。というか、それ以上の薬を作ろうとすると、材料を求めてそれだけ深い階層に潜らないといけないからね」
だから今はこれで十分。その前にもっと他に覚えないといけない薬のレシピがあるとタカムラさんは教えてくれた。
「そういえばこういう薬のレシピって誰が考えてるんですか? やっぱり製薬会社の人なんですか?」
ふとこういうのって誰が最初に調合を試したのか気になった。
と言うか、どうやってポーションが出来たと分かったんだろう?
もしかして、人体実……
「それは錬金書のお陰よ」
「錬金書?」
また知らない単語が出てきました。
「ダンジョンは素材だけでなく、魔法の呪文が書かれた魔法書、そして錬金術の素材の調合法が書かれた錬金書が見つかるの。私達はそれを読んで錬金アイテムを作るのよ」
へぇ、そんな本まであったんだね。
「ただし、ただ錬金書を読んだだけじゃポーションは作れないよ。指南書を読んだだけの人間が全員プロのスポーツ選手や学者になれる訳じゃないのと一緒だよ。どれだけ失敗しても、何度でも諦めず、愚直なまでに繰り返して成功させるセンスと努力、それが無きゃ誰も一流にはなれないんだよ」
セガワさんの言う通りだ。教科書を読んだからって誰もが100点満点を取れるもんじゃないからね。
「はい、お喋りはそこまで。大事な調合のお勉強なんだから、集中しなさい!」
「はい!」
「とはいえ、今は錬金キットが自動で温度や攪拌をやってくれるから、最初の分量を間違えない限りまず失敗する事はないんだけどね」
そう言えばそうだった。
この世界は文明が発達してるから、ポーションとかも半自動で調合しちゃうんだよね。
事実、材料の下準備をして錬金キットに入れ、スイッチを押して数分で毒消しポーションは完成した。
うーん楽ちん。
「うん、良い出来ね」
錬金キットのお陰でこんなに簡単に出来たけど、一から作ってたらきっと物凄く大変だっただろうなぁ。
「それじゃあ、せっかくだし別のレシピで作ってみましょうか」
「え? 別のレシピ? それって別の薬を作るって事ですか?」
「いいえ、同じ毒消しよ。毒消しは複数の材料の組み合わせてでも作れるの」
なんでわざわざ別のレシピで作るんだろう? と疑問に思っていたら、タカムラさんが幾つかの薬草を取りだして私に語る。
「薬草や素材はいつでも必要な物が手に入る訳じゃないわ。持ち込みの素材が尽きた時、他の素材しか手に入らなかった時、手持ちの素材で作れるようになる必要があるの」
それは確かにそうかもしれない。
人の命を預かる回復役が、材料が足りないから無理だと言っても、助けを求める人はその瞬間にも命の危機に陥っているんだから。
「そういったメジャーではない素材を使った調薬レシピは、高級な錬金キットでないと記録されていないわ。だから普通の人がやろうとすると、一から十まで全部自分でやらないといけないの。大変だと思うけど、経験しておいて損は無いわよ」
そこまで勧められると、さすがに断りにくい。
何より、錬金キットに記録されていないような貴重なレシピを教えてくれるというのなら、全力で学ばせてもらうべきだろう。
「わかりました、お願いします!」
「じゃあ、ちょっと厳しくいくわよ」
「はい!」
結論から言うと、ぜんぜんちょっとじゃありませんでした。
「うーん、これとこれとこれとこれは駄目ね、これは及第点ね」
「5個中4個失敗……」
「さ、次を作りましょうか」
全てを自分で行う調合は非常に難しく、更に計量カップなども使わせてもらえないので、細かい部分は完全に目分量だ。
「便利な道具がいつでも使える訳じゃないから、感覚で覚えるようにね」
そしてわずかでも質が悪かったら、容赦なく作り直し。
何せわずかな分量のズレですぐ駄目になっちゃうし、温度、湿度、煮込み時間も相当にシビアだった。
これならお高い錬金キットを買った方が絶対に楽だよ!
「材料はたくさんあるから、体に作り方を叩き込むつもりで頑張ってね」
「は、はいーっ!」
こうして、タカムラさんの鑑定眼に耐えられるクオリティの品を作り続けた私は、ようやく3個に2個は合格を貰えるようになった。
「うん、良くできました。後は数を作って失敗作の数を減らしましょうね」
「あ、ありがとうございました……」
や、やっと終わったぁ。
ずっと調合をつづ続けていたから、もう腕がパンパンだよ。
タカムラさん、実は意外とスパルタだったみたいです。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、お土産ありがとうね、そうそう、この調合レシピを渡しておくわ。私のところに来ない日もこれを見て練習するのよ」
「は、はいぃ~」
こうして、ひたすらにポーションを作り続ける一日を終えた私は、分厚い宿題を抱えてダンジョンの隠し部屋へ帰るのだった。
◆図書館の老婆達◆
「やれやれ何が別レシピだい」
ダンジョンに帰るアユミの背中を見ながら、セガワが呆れた声を上げる。
「何の事かしら?」
「さっきあの子にやらせてた調合、ありゃ弱毒じゃなくて並毒の解毒レシピだろ」
セガワの問いに無言の笑みで返すタカムラ。
「あら、そうだったの?」
それを聞いたオタケが驚いた顔を見せ、フルタはどういう事だとタカムラに鋭い視線を送る。
「多分だけど、あの子にはなるべく早くより高度な薬の知識を教えておいた方が良いと思ったのよ」
「何か確信があるのかい?」
セガワの問いに、タカムラは静かに頷いた。
「近頃探索者協会が騒がしいのよ」
「協会があの子に何の用があるってんだい? あの子は子供だよ?」
「直接関係があるかは分からないわ。でもダンジョンで何か起きるとしたら、間違いなくあの子も巻き込まれるでしょうね。だからもしもの時の為の備えはしておくべきでしょ」
「その為に本来あの子のランクには不必要な高難易度レシピと、錬金キットに頼らない昔ながらの調合技術を教えたのかい」
明らかにやりすぎだろう、と思った老婆達だったが、こういう時のタカムラの勘が外れた事は無い。
それを長い付き合いだった彼女達はよくわかっていた為に、それ以上レシピの件についていう事は無かった。代わりに……
「だったら、私達もあの子の為に色々使えそうなものを用意してやるべきだったね」
自分達もアユミの役にたつ物を用意しなければという使命感に燃えていた。
「やっぱり私、試作品をなんとしてでも持ち出してくるわ!」
「ウチの店にあるものであの子が使えそうなものを見繕ってこようかしら」
「戦うばかりが探索者じゃないよ。日常生活を補助する便利な品も必要さね」
老婆達は、誰が言うともなしに行動を開始する。
けれど、彼女達がそれらの品をアユミに渡す事が出来るのは、この日から随分と後になってからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます