第16話 協会長は懸念を抱く(マジで困る)

 ◆ダンジョン協会会長アーク・トライアルド◆


 俺の名はアーク・トライアルド。

 約200年前に突如としてこの世界に現れたダンジョンと、それに挑む探索者達を管理する公的団体の会長である。


 まぁ会長といっても、ダンジョン利権を狙う各国と企業、そして人には言えない危険な団体などのエゴ丸出しの自分勝手な要求に胃を痛めながら諸々の調整するのが仕事なんだが。


 ……はぁ、俺はもともとただの一探索者だったのに、ちょっと上位ランクに居続けたせいで、引退するときに『上位ランカーとして、ダンジョンをわがものにせんと企む輩に睨みを効かせて後輩たちを守ってあげてください!』って言われて会長に祭り上げられたんだよな。

 うん、完全にお飾りです。

 そんな俺は、実質的な会長である副会長から、奇妙な報告を受けていた。


「ダンジョンの妖精だと?」


「はい、とあるダンジョンで探索者がさまよっていたら、突然見知らぬ少女が現れて望む素材を売ってくれたという噂が一部の地域の探索者の間で広まっています」


「……あー、今日は何かの良い事でもあったのか?」


人一倍真面目な副会長の口から発せられた訳の分からない報告に一瞬、いやかなり驚いたが、おそらくこれはジョークなのだと気付く。


あれか、誰かにお前は堅物過ぎてユーモアがないとか言われたのか?

それでそんなことはないと証明するために俺にジョークを?

だとすれば大失敗だろう。せめてコメディ番組をいくつか見て勉強するべきだと言ってやるべきか。


 そんな風にどうこの生真面目な男のメンツを潰さないようにアドバイスをしようかと考えていたのだが、副会長は首を横に振る。


「いいえ、ジョークではありません。実際にそのような噂が流れているのです」


「……バカバカしい、そんなものは噂だ」


 そんな都合の良い話があるものか。

 ダンジョンは弱肉強食の野生の世界。出てくるのはこちらを殺そうと牙をむいてくる魔物だけだ。人を助けてくれる妖精などおとぎ話の世界にしかいない。


「そもそも望む素材を売ってくれるとはなんだ、頼めばドラゴンの牙でもくれるのか?」


「ドラゴンの牙はわかりませんが、希少個体を複数体、丸ごと提供されたという話があります」


「希少個体を複数体?」


 ますますあり得ない。一般にレアモンなどと呼ばれている希少個体は強さもさることながら、単純に遭遇率が低い。


「ならば何故自分で討伐した希少個体を協会に納品しないのだ。探索者ランクが上がらなくなるだけだろ」


 魔物の納品は、ただ金を稼げるだけでなく、探索者の実績につながる。

 希少な魔物を納品すると探索者にはポイントが割り振られ、ポイントが高くなるほど探索者ランクが上がる。

それによって全世界に公開されている探索者ランクングが変動するのだ。

 ランクが上がれば注目されるし、国や企業から指名依頼も貰えるようになる。

わざわざ手柄を他人に譲る意味がないのだ。


「確認したところでは、どうもこの少女は相場の数倍の値段で希少個体をはじめとした素材を売っているようです」


「金か、しかしそんな暴利で買う者がいるのか?」


「違約金が原因のようです」


「っ! またそれか」


 探索者が手に入れた素材は基本的には探索者協会が買い取り、それを各国の企業や研究施設に販売することになっている。

 しかし企業としても目当ての素材が入るまで悠長に待っていられないこともあった。


 そのため協会に有償で必要とする素材を依頼するのだ。

 探索者はその依頼を受けて、素材を狩ってくることで、素材代に加えて依頼料も手に入れることが出来る。

 だが、この依頼が原因でトラブルが起きることも少なくなかった。


「違約金に関しては早く何らかの制限をしないとな」


 基本的に違約金とは、探索者が依頼の期日までに品物を納品させる為の縛りだ。

 誰でもダンジョンに潜ることが出来るようになった昨今、仕事として依頼を受けることを軽く考える者も多くなってしまったからだ。

 それに失敗したことで高い違約金を支払わなければならなくなると分かれば、自分の実力を鑑みて依頼を受けるか慎重に考えるようになる利点もあった。


「依頼詐欺も横行しておりますからね」


 副会長の言う通り、問題は依頼をわざと失敗させて慰謝料をせしめようという悪辣な詐欺師が出てきたことだ。

 そうした連中の被害にあった探索者も少なくはなく、我々としても早くなんとかしたいのだが、腰の重い国や企業と癒着している政治家の反対もあって、なかなか違約金に関する問題は解決できないでいた。


「それでその妖精とかいうのに素材を融通してもらうことで、慰謝料の支払いを回避しようという事か」


 なるほど確かにそういう理由なら妖精とやらから法外な価格で素材を買う者もいるだろう。

 本当にそんな都合よく素材を用意できる人間が実在しているなら、だがな。


「で、副会長はその妖精を信じているのか?」


「実物を見た事が無いので何とも言えませんが、曰く、どう見ても小さな女の子。顔はフードで隠しているのでよくわからない。身にまとっている装備もどのブランドの服でもないそうで、どこかの企業の新商品アピールとも思えないそうです」


「そもそも違反行為を行っている時点で商品アピールになどならないだろう」


 やはり眉唾か。


「ですが、一部の探索者には、明らかに達成した依頼内容とそぐわぬランキングの者達がいるそうです」


「何?」


「実力が足りないのですよ。よほど運が良ければ万が一にも達成できるかもしれませんが、それにしては達成した探索者の数が多いのです」


「それは……」


 確かに怪しい。ダンジョンでランクの足りない者が無理をすればまず末路は一つだ。

 それを成し遂げた者達が複数いるというのはあまりにも不自然だ。


「そしてその不自然な探索者達は、ある町を中心に活動している者達だけでした」


 それはつまり、その町で何らかの不正が行われている可能性が高いということだ。

 妖精云々はともかく、生真面目な副会長なら確かに気になるところだろうな。


「いいだろう。何かの偶然だとは思うが、調査隊を送ることを許可する」


「ありがとうございます。すでに調査隊は派遣済みですので、明日には行動を開始するでしょう」


「……事後承諾はやめてくれないかな」


「会長の腰が重いので事前準備をしておきました」


 いやそれが事後承諾って言わないか?

 生真面目なのに変なところでフットワークが軽いんだよなぁコイツ。


 はぁ、それにしても違反取引を行う少女とはまた胡散臭い話だ。

 しかし実際に怪しいところがあるのなら、調べないわけにもいかない。


「少なくとも、ランキングを荒らされることは避けねばならんからな」


 探索者ランキングは当時死者が出ることの多かった初期のダンジョン探索時に、探索者たちの自主的な生存確認のために行っていた制度だ。

 それが今では探索者の人気ランキングのようなものになってしまったが、それでも大雑把ではあるが正確な実力を測る目安になる為、企業からの依頼があった際、適正な探索者に割り振りやすいメリットがあった。


 それとネットで配信を行う探索者にとっても、自身のランクは宣伝のための重要なアピールポイントなのだとか。

 配信なんてない時代の元探索者だった俺には縁のない話だが。 


「できれば、妖精などただの噂であってほしいがな」


 本音を言うと9割方怪しい都市伝説の類だと高をくくっていた俺だったが、現地からの報告でそれが事実であるとあっさり判明してしまった。


「おいおい、本当に実在してたのかよ」


 ほんとに何を考えてるんだその妖精ってのは。

 普通にランキングをあげて真っ当に活躍した方が長期的に見れば儲かるだろうが。

 捕まったら重い罰則を喰らうんだぞ!?


「もしかしたら、真っ当な手段で素材を入手したのではないのかもしれませんね」


 深刻そうな顔でそう呟いたのは副会長だった。


「現地で実際に妖精から素材を買った探索者の情報を総合すると、少なくない数の希少な素材が取引されています。これを一人の少女が狩ったとは到底思えません」


「……裏で誰かが動いているという事か?」


「推測ですが、探索者を襲い、奪い取った素材を少女に命じて売っている可能性があります」


 あり得ない話ではなかった。

 事実ダンジョンは国の目が届かない為、犯罪行為に手を染める者も一定数いるのだ。


「無関係な子供を脅して販売役に仕立て上げたか」


「少なくとも件の町にそれだけの実力を持つ少女の探索者は居ません。おそらく外部から連れてこられたのかと」


 誘拐か、それが事実なら許されざる行為だ。

 子供がダンジョンに潜ることは決して推奨されることではないが、親を亡くした孤児達、親が育児放棄をした家庭など、子供が自分の力で糧を得る必要があるケースがある。

特に国の援助が期待出来ない土地ではダンジョンはまさに生命線といえるだろう。

 あそこなら、危険はあるが食材になる魔物もいるからな。


 しかしだ、それと子供に犯罪の片棒を担がせるのは別だ。


「副会長、分かっているな?」


「はい、部下には迅速な少女の保護を命じました。また少女に犯罪を命じている者達を発見したら即時捕縛、抵抗してきた場合は最悪魔物に襲われます」


 しれっとどさくさに紛れて始末すると告げる副会長。

 まぁ副会長には遅くなってから生まれた娘がいるからな。

 どうしても子供、それも女の子を利用した犯罪は許せんのだろう。


「ところで副会長、どうやって妖精の情報を得たんだ? 普通は違反行為がバレる事は避けると思うんだが」


 ふと疑問に思った事を問うと、副会長はニヤリと笑みを浮かべる。


「仲良くなれば共に酒を飲む機会があるものです。そして酒を飲みすぎれば、人は口が軽くなるものですよ」


 お酒の力怖ぁ……まさかと思うがこっそり自白剤とか混ぜてないよな?

 しかしそれを聞くのが怖かった俺は、そっとその質問を胸の内に隠しておくのだった。

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