第14話 安全な場所って素晴らしい(静かに書に耽る幸せ)

「グァオウ!!」


 一瞬のスキを突いて魔物が私の足に食いついてくる。

 けれどその牙は私の履くソックスを食い破る事は出来ず、ちょっとチクッとしたかな程度のダメージとも言えないダメージ。


「ふん!」


 そんな魔物の首目掛けて、私は小剣を突き立てると、魔物は音もなく崩れ落ちた。


「ホントに凄い性能だなぁこの服。靴下すらコレなんて」


 ゲームとかやってて、どれだけ高性能でも布の服で敵の攻撃から身を護るの無理でしょ、なんて思ってたけど、現実に布の服に守られると、その性能の凄さに驚きを隠せない。


「もっと早く着替えてればよかったなぁ」


 デザインがちょっととか考えて恥ずかしがったりしていなければ、命の危険に襲われる事は無かっただろう。

 まぁ本当に普通の服だと思ってたからなんだけどね。

 異世界の服=防具とは思ってもいなかったよ。


 本当、ゲームとかでも登場人物に言われる通り、新しい装備を手に入れたらすぐに装備しないと駄目だね。


 でも、そのおかげで私は格上の敵が相手でも安全に上層に戻る事が出来たのでした。


 ◆


「ふぇー、つっかれたーっ!」


 たった数時間ぶりながらも、隠し部屋に戻ってきた私は、まるで実家に帰ってきたかのような安心感に包まれていた。

 もうすっかりここが私の家になってるみたい。


「はー……」


 ダンジョンの堅い床に寝転ぶと、途端に眠気が襲ってくる。


「あー、お風呂入らないと……」


 しかし眠気は私の心を精神の布団にそっと運び込み、成す術もなく眠りに誘うのだった。


 ◆


「ふぁ~」


 翌朝? 目が覚めると爽快な気分で私は起きる。


「はー、頭もスッキリだわ」


 魔法を使えなくなってからの倦怠感も無くなっている。


「『水よ 我が渇きを癒したまえ クリエイトウォーター』」


 試しに水の魔法を使ってみたら、今度はちゃんと発動してくれた。

 折角なので、この水で顔を洗うと、お婆ちゃん達から貰ったボディーソープで体を洗う事にする。


「んー、スポンジかタオルが欲しいなぁ」


 体を洗うモノが無いので、ボディーソープで泡立てた手で体を撫でる様に洗う。


「あっ、そうだ」


 そこである事を思いついた私は、魔法の袋からポップシープの毛皮を取りだすと、毛の束を掴んでナイフで切り取り、毛の束を固結びにする。


「よし簡易スポンジ完成!」


 縛った毛の束をスポンジ代わりに体を磨くと、良い感じに石鹸で滑って汚れが落ちる。


「うん、良い感じ」


次いで、シャンプーとリンスで髪も綺麗にする。


「『火花より生まれし者よ 我が敵を焼き尽くせ ファイアブリッド』」


 火の魔法でライフリーフの枝に火をつけると、温まりながら濡れた髪をタオルで拭いて焚火の熱で乾かす。


「あー、すっきり」


 出来ればお風呂に入りたいところだけど、これでもかなりすっきりしたよ。


「魔法でお湯やドライヤーも出来ないかなぁ」


 お金が手に入れば、魔石で動くドライヤーとか買えると思うんだけどなぁ。

 こんどショッピングモールの家電コーナーに行ってお値段チェックしてみようかな。


「お金と言えば……」


 私は魔法の袋から三層で倒した魔物の死骸を取りだす。


「今回はちゃんと回収してきたんだよね」


 回収できたのは最初に倒した魔物と、ドアを開けた時に遭遇した魔物、それに帰り道で倒した魔物だ。


「えっと、大きな犬が三匹と、イノシシっぽいのが4匹か。あとなんか犬の色が違うけど、犬種が違うのかな?」


 犬の魔物は見た目は一緒で色が違う。でも犬や猫って体毛の色や模様が違うのも珍しくないし、レア個体なのかそうでないのかいまいちわからないんだよね。


「これは図書館で情報収集と行きますか」


 ◆


 という訳でやってきました図書館。

 慣れた私はお目当ての本を確保すると、読書スペースを探す……んだけど、あれ? 読書スペースが無くなってる?


「お客様」


 そんな私に図書館の司書さんが話しかけてくる。


「読書スペースでしたら、先日配置換えを行ったので向こうにありますよ」


「あっ、そうなんですね。わざわざありがとうございます」


「っ!!」


 司書さんにペコリと頭を下げてお礼を言うと、何故か顔を上げた時に司書さんは上を向いて顔を手で覆ってプルプルと震えていた。

 なんだろう、異世界特有の仕草なのかな?


「い、いえ、それでですね、よろしければ長時間読書に専念したい方向けのスペースをご案内いたしますよ」


「そんなスペースがあるんですか?」


「ええ、小さい子は読書が苦手ですぐに遊んでしまいますし、学生さんはノートを取る音がしますから、お客様の要望に合わせて読書コーナーも利用者に会わせて配置を変えてみたんです」


 おお、それはありがたいね。

 静かに読書に専念できる場所があると私としても周囲の目を気にしなくていいから、安心して本を読めるよ。


 何しろ私は戸籍が無い住所不定無職だし、お婆ちゃん達に貰った服に着替えてから、妙に視線が気になるようになっちゃったんだよねぇ。

 いや、気にし過ぎだとは思うんだけどさ。


「こちらです」


 司書さんに案内された場所は、まるで隠れ家の様な個別スペースだった。

 周囲に他の人の席はなく、とても贅沢な空間の使い方だ。


「ごゆっくり」


 それだけ言うと、司書さんは私が読書に専念できるように去って行った。

 余計なお喋りをせず、己の仕事を終えたら静かに立ち去るとは、プロの仕草だね。


「それじゃあお言葉に甘えてお勉強タイムと行きますか」


 最初に読んだのは魔法の本だ。

 先日の戦いで魔法が使えなくなった理由を確認しないとね。

 その結果、私の予想通り魔法を使い過ぎると体内の魔力が切れて魔法が使えなくなることが分かった。


 消費した魔力は一晩寝る事で回復できる。

 逆に言えば、眠らないと回復しないというものでもあった。

 例えば、8時間睡眠で魔力が完全回復する人の場合、8時間横になって安静にしていても、起きている限り魔力は回復しないんだそうな。


 更に悩み事などに悩まされていて心身が非常に疲れている場合、十分な睡眠をとっていたとしても魔力は完全に回復しないとも書かれてあった。

 その場合は普段以上に眠る必要があるんだとか。


 結論として、魔法を使う人間は常に心身を健康な状態に保ち、毎日十分な睡眠をとる必要がある事が分かった。

 

 魔法が使えなくなるほど魔力を消耗すると、意識が朦朧としてきて体に力が入らなくなり、最悪の場合意識を失ってしまうんだって。


「あの時に気絶しなくて良かったぁ……」


 一応、緊急時には魔力回復ポーションを飲むという方法もあるらしいんだけど、それはあまり良い方法ではないらしく後々しっぺ返しがあるんだとか。


「万が一の為に魔力回復ポーションは欲しいけど、お高いみたいだし、お金もないから今は無理かなぁ」


 とりあえず、現状で最大何発魔法が使えるのか調べておいた方がいいね。

 必要な情報を得たら、今度は魔物図鑑で狩った魔物の素材になる部位を確認する。


「四足獣タイプの魔物素材の基本は毛皮、爪、牙、肉、魔石かぁ」


 まぁ予想通りだね。

 これが熊系の魔物だと、手ごわくなる代わりに肝がかなり良い薬の素材になるらしい。


「ん? これはあの黒い犬……じゃなくて狼だったんだね」


 どうも私が犬と思っていた魔物は狼だったみたい。

 そして茶色いのはブラウンウルフという魔物で三層の一般的な魔物、黒い方はダークウルフという本来一層につき二種しかいない魔物の例外、通称レアモンと呼ばれる滅多に遭遇しない魔物との事だった。


「私、そのレアなのに食い殺されそうになったんだ……」


 ただ、レアモンは滅多に遭遇しないことから滅茶苦茶強い代わりに、素材はとても高値で売れるんだって。

 そういう事情もあって、レアモンを倒した人達は、名誉とお金を一気に手に入れる事が出来るもんだから、あえて下層に潜らずレアモンを求めて同じフロアをさ迷う人達もいるみたい。


「ふむ、ダークウルフの素材はとっておいた方が良さそうだね」


 お婆ちゃん達に貰った装備なら、ダークウルフの攻撃にも耐えられる事が分かってたし、ポーションを準備する事が前提だけど、レベル上げだけじゃなく、レアモン狙いで三層に籠るのもありかもだね。


「まぁ、やるなら階段待機が必須だけどね」


 防具のお陰で耐えられるのは分かったけれど、それでも逃げ道は確保したいもんね。

 その後、新しい魔法を覚えた私はお婆さん達を見つけると、服やポーションのお礼を伝えてダンジョンへの帰路に……つこうとしたんだけど、そのままお婆さん達に捕まってしまい、服が似合って可愛いとベタ褒めされたり、ダンジョンでの冒険を巧みに聞き出され、危うく死にかけた事がバレて物凄く心配されたりしたのだった。


 そして、沢山のお菓子を持たされて今度こそ隠し部屋に帰った頃には、すっかり外は暗くなっていたのだった。


 ◆とある司書◆


 最近、私の働く図書館に妖精が現れるようになった。

 不思議だったのは、その妖精はとても小さく、愛らしい容姿なのに、その身には武骨な鎧を纏い、飾り気のない剣を携えていたからだ。


 けれども鎧を脱いだ彼女の姿は、間違いなく本の世界に潜る文学少女、深窓の令嬢。

 何より見た目の年齢にそぐわぬ程、黙々と読書に集中するマナーの良さと愛らしい姿は、灰色の日々に癒しと潤いを与えてくれる存在として、私達司書の間で話題になっていた。


 ただ気になることもあった。

 それは彼女の身なりだ。

 彼女は毎日いつも同じ格好でやって来る。

 一応は洗っているようだが、服はヨレヨレ、髪はリンスも使っていないようでボサボサになってきている。


 それに栄養が足りていないのか彼女は日々痩せていっているようにも見えた。

 日に日にボロボロになっていくその姿に、親の育児放棄を疑ってしまうところだが、正直に言えばその理由は予想できた。


 おそらく彼女の親、それも両親とも探索者なのだろう。

 ダンジョンが当たり前となったこの時代、探索者として生計を立てている専業探索者は珍しくない。

 子供用の装備を身に着けているのも、幼いころからダンジョンでの活動になじめるようにと、ご両親が買い与えたからだと思う。


 けれど、そんな両親はダンジョンから帰ってこなくなった。

 恐らく遭難したのだろう。

 探索者がダンジョンで遭難するのは割とあることだ。


 そして探索者がダンジョンに潜って何日も音沙汰がなかった場合、事前に長期間ダンジョンに籠ると言っていなければその生存は絶望的だった。


 そんな風に親に先立たれた子供がすることと言ったら二つしかない。

 一つは親戚か警察を頼ること。

 しかし彼女の様子を見る限りそちらは選ばなかったようだ。


 ならば考えられる理由は一つ。

 彼女は自らがダンジョンに潜り、ご両親を救出しに行こうとしているのだろう。

 事実彼女はダンジョンに関する書物しか読んでいない。


 無謀、としか言いようのない行為だが、それを止めることは事実上不可能だった。

 警察や親戚に保護されてダンジョン探索を止められたとしても、その気になればいつでもダンジョンに入れてしまうからだ。


 そうならないようにダンジョンの出入りを制限するべきだと思う者もいるだろうが、それは無理な話だ。

 なぜならダンジョンの出入りを制限すると、なぜか必ず魔物がダンジョンから溢れ出て大災害を引き起こすからだ。


 これはもう何度も実際にあった出来事なので、疑いようもない。

 その結果、国はダンジョンの出入りで制限を行うことはやめ、代わりに何があってもダンジョンでは自己責任という責任逃れのための法律を作った程だ。


 とはいえ、さすがにこれ以上彼女が痛ましい姿になるのを見るのは忍びない。

 彼女が無理に気づいて音を上げるのを待っていたが、よほど強情なのか、その気配すら見せない。

 だが下手に手を出せば、彼女はダンジョン探索の邪魔をされると判断して、図書館に来ることを止めてしまうかもしれない。

 そうなれば彼女は貴重なダンジョン活動に必要な知識を得る機会すら失ってしまうだろう。非常に悩ましい状況だった。


 けれど一週間が経とうかという時期になると、さすがにそろそろ私達で保護するべきではないかという意見も出てきた。

 そんな風に私たちが彼女について相談していた時、先んじて動いた人達がいた。

 それはこの図書館の常連のお婆さん達だった。

 彼女達は言葉巧みに彼女を誘うと、上手いこと彼女に食事や生活に必要な様々なものを与えた。

 そして彼女がダンジョンに潜っても良いように、生き残るための知識も与えることにしたようである。


 正直言ってホッとした。

 けれど安心したのもつかの間、今度はそんな彼女に対し、不埒な視線を送る者達が現れたのだ。

 彼、彼女等は、遠巻きに少女に対して好奇の視線を送り、今にも話しかけたそうにしていた。


 そして私はその理由を察してもいた。


 それはあるダンジョン配信者の動画が原因だ。

 その動画では、危険なレアモンに襲われ危機に陥った配信者の前に幼い少女が現れ、瞬く間に魔物を倒して救ったのだ。

 その動画は凄まじい勢いで広がり、私のような動画にそこまで興味を持たない人間にまで届いていた。


 そしてその動画で活躍した人物こそ、私の視線の先で本を読みふけっている少女に間違いなかった。

 彼、彼女らが話しかけないのは、おそらく彼女が本当に本人なのか確証できないからだと思われる。

 何せ配信画像は、使っていた器材が微妙だったこととダンジョンの薄暗さもあって、はっきりとした映像ではなかったからだ。


 けれど、もし誰かが彼女に話しかけ、そして彼女もそれを認めたら、この静寂は破られるだろう。


 それだけは避けなければいけない。

 常連のお婆さん達に先を越されたこともあって、私達は迅速に行動を開始した。

 彼女が安心して読書に専念できるよう、邪魔者を排除するために新しい読書スペースを作るために本棚の配置換えを提案したのだ。


 最初は面倒な試みに渋る上司だったが、私達の鬼気迫るプレゼン攻勢によって、遂に首を縦に振ってくれたのだった。

 そうして完成した妖精専用の読書スペースは、誰からの視線からも彼女を守り、私達司書の位置からだけ見守ることのできる空間となったのである。


 ああ、どうか図書館の妖精に、読書の間だけでも心安らかな時があらんことを。

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