第13話 慌てた人間が迷わず帰れるとでも?(初めてのお着替え)

 安全な場所で休息する為、私は上層の隠し部屋に向かっていた。


「って思ったら帰れないいいいいい!」


「グォォォウ!!」


 なんという事でしょう。上の階層へ上がるべく来た道を戻っていた私は、階段まであと少しというところで、魔物とばったり鉢合わせしてしまったのです。


「ぬぉぉぉぉぉっ!!」


 未だに魔法が使える感じがしないことから、エアウォークで引き離す事も出来ず私はただただ全力で走っていた。


「「ぐぁぉぉぉぉう!!」」


「なんか数が増えてるぅぅぅぅっ!!」


 複数の吼え声から明らかに敵が増えてるのを感じる。

 

「マズイマズイマズイ! 足の速いのだったら絶対死ぬ!!」


 幸い? にも魔物が追いついてくる気配は感じない為、足の速い魔物はいなさそうだ。

 でもこのままだと間違いなく足の速い魔物も合流する気がする。


「最悪、正面でかち合ったら死ぬ……」


 どうかかち合いませんようにと思ったら、はい、正面に居ました。

 しかも足の速かった奴が。

 更に私が騒がしくしていた所為で、向こうも速攻でこっちに気付いた。


「終わったぁっ!!」


 異世界に転生して一ヶ月と経たずに死亡確定!!

 しかし捨てる神あれば拾う神あり。

 正面から向かってくる魔物と私との間に、右側に抜ける横道が見えたのだ。


「うぉぉぉぉっ! 一か八かぁ!」


 なんとかあの魔物とかち合う前にあの通路に入る!

 挟み撃ちにされるよりは追いかけられる方が多分マシじゃーっ!


 私が走る、正面の魔物が向かってくる、後ろの魔物達が追って来る。


 正面の魔物が私に襲い掛かろうと体を深く沈み込ませる。


 私は転がる様に地面に滑り込む。


 魔物達が追って来る。


 正面の魔物が私目掛けて跳躍して襲い掛かって来る。


 肩に痛みが走る。


 体が床を転がる。


 魔物の後ろに出る。


 後ろの魔物が戸惑う音が聞こえる。


 床に手をついて這いつくばる様に立ち上がると、横道に駆け込む。


「小柄でよかったぁぁぁぁ!」


 今だけは子供の体にしてくれてありがとう女神様!!

 正面に居た魔物はまだ追ってこない。


 横道を駆ける。


 けれど……


 そこは行き止まりだった。

 それに気付くのが数秒遅れ、私は危うく壁にぶつかりそうになって壁にバンと手を突く。

 

「……はっ?」


 そしてようやく状況を把握する。

 絶望、逃げ場のない袋小路、後ろから今にも顔を見せようとしている敵。


「~~~っ」


 どうにもできない状況、助かる方法など微塵も思いつかない絶望、そんな中で私は何かが無いかと周囲を見回した時、ソレに気付いて飛び込んだ。


 ◆


 ドンドンと背中に衝撃が走る。


「っ!」


 自分の体をつっかえ棒にして、必死で後ろから響いてくる衝撃に耐える。

 そして何十分経っただろうか、あるいはほんの数分だっただろうか。

 ようやく諦めたのか、音と衝撃は起きなくなった。


「……」


 けれどまだ安心はできない。


 ドン!


 少しの間をおいて、強い衝撃が走った。

 心臓が飛び出そうになる。

 警戒しててよかった。でなきゃ驚きのあまり漏らすところだった。

 全身に力を込めて、扉にもたれかかるように体重をかける。


 それからさらに数分後、漸く扉の近くから離れる音と共に、気配のようなものは消えた。


「……っ、はぁ~」


 今度こそ助かった、と口からため息が出る。

 全身の力が抜ける。


「死ぬかと思ったぁ~」


 まさか帰り道で魔物に遭遇するなんて……

 階段の近くで戦ってたから、まず魔物に遭遇する心配はないと思ってたのに。


「しかも滅茶苦茶走ったからなぁ……道、分かんなくなっちゃった」


 正直それが一番不味い。

 今の私は完全に迷子だ。この状況で再び魔物に遭遇せずに上の階層に戻るのは不可能と言って良いだろう。


「……とにかく回復しないと」


 最後に喰らった攻撃で肩が痛い。

 見れば革鎧の肩の部分はズタズタに裂けていて、もう鎧として機能しそうにはなかった。


「っていうか肩だけじゃないよね」


 肩どころか、胴体の部分もボロボロだ。

無事な部分もあるけど、同じ部分に当たったら何の役にも立たずに私の体は引き裂かれることだろう。


「これ、もう捨てた方がいいかもね」


 ここまで壊れたらもう防具として役に立たないどころか、ただの動きにくい重りでしかない。

 私はポーションを飲んで傷を治すと、革鎧を脱ぎ捨てる。


「うわっ、服もズタズタだ」


 よく考えたら当然か。体が怪我したんだから、当然服も破れちゃうよね。


「こっちも酷いなぁ」


 うん、見た目が痛々しいのもさることながら、見えちゃいけない部分が見えちゃってる。

 人が居なくて良かったよ。


「っていうか、これじゃ人に助けを求める事も出来ないや」


 いかに小さくなっちゃったと言えど、私は女の子なのです。男の人に裸を見られる訳にはいかないのだよ。


「あっ、そうだ。確かお婆ちゃん達に貰った物の中に……」


 私は魔法の袋からお婆ちゃん達に貰った荷物を取りだす。


「あった!」


 魔法の袋から取り出したのは、一着の服だった。


「お、おお、何ていうか、凄いなコレ……」


 なんというかお婆ちゃん達がくれた服は、とてもファンタジーだった。

 以前ダンジョンで出会った女の子を覚えているだろうか。

 そう、あの時の子が来ていたようなファンタジー感マシマシの可愛い系衣装なのだ。

 しかもちょっと魔法少女っぽい。


「こ、これを私が着る……のか?」


 確かに可愛い。とても絶妙なバランスで作られたこの服にはコスプレ衣装のようななんちゃって感がないのだ。


「そう言えば、防具としても使えるように、良い布を使ってるって言ってたっけ」


 わざとらしさが無いのは、実戦で使える程良い素材を使っている事も理由なのかもしれない。

 正直そこは救いだった……のだけれど。


「でも私がこれを……」


 何だろう、こう、いや小さい頃なら良いんだよ。

テレビの魔法少女に憧れて玩具コーナーで売ってる魔法少女コスを買って貰うみたいな光景は微笑ましくて良いよね。

 でも私はもっとなんというか、中身が年上なんだよ!


「この世界の女の子はこういうのに違和感も忌避感もないんだろうけど、私は違うんだよ!」


 ォォォォォォン!


「っ!」


 その時、さほど離れていないであろう距離から魔物の遠吠えと思しき声が聞こえてきた。


「……っ、えり好みなんてしてられないか」


 遠吠えで現実を思い出した私は、ボロボロに破けた服を脱ぐ。


「そうだった、どのみちこのままじゃ外に出るのは無理だもんね」


脱いでボロ切れのようになった服を見たことで、漸く覚悟が決まる。

 ついでに下着もお婆ちゃん達から貰った物に着替える。


「うわぁ、最近の女児用の下着って可愛いっていうかセクシー。なんかブランド物みたい」


 そもそも今の私にブラジャーっているんだろうか?

 でも前世の私とは欠片も縁の無さそうな高級感ある下着は、ちょっと大人の空気を感じさせて誇らしい気分になる。女児サイズだけど。


 そして覚悟を決めた私は、勢いよく貰った服を着た。


「よし、装着完了!」


 アジャスト用のバンドを締めて軽く体を動かすと、ヒラヒラした見た目に反して動きやすい事に驚く。


「おお、意外といける?」


 クルンと回ると、決して長くはない、けれど短くもない絶妙なバランスのスカートが翻る。

大きい鏡で確認できないのが残念だけど、意外と悪くない感じ。


「あっ、これフードになるんだ。結構ありがたいかも」


 セーラー服の襟みたいなパーツは、ボタンの付け外しでフードとしても使えるようだった。


「よし、着替えはおっけー。次は荷物の確認。ポーションは……残り3本」


錬金キットで追加のポーションを補充したいところだけど、のんきにポーションを作ってるところに魔物が侵入してきたら目も当てられない。

それにこの部屋が隠し部屋とは違い、魔物がポップする部屋の危険もある。


「なら、とにかく逃げることに専念して上への階段を探す」


 第二階層に戻れば、敵の強さは一気に下がる。

だからとにかく素早く、けれど見つからずに移動する。

 やるべきことを決めた私は、気合と共にドアを開けた。


「グギュ?」


 すると、扉の向こうに居た魔物が、存外に可愛い声で首をかしげてこちらを見た。


「って、何でぇぇぇぇ!!」


 慌てて扉を閉めようとするも、魔物が首を突っ込んで無理やりに体をねじ込ませてくる。

 それどころか口を大きく開けて、明らかにこちらに噛み付こうとしていた。


「っ!!」


 これ以上侵入されたら、その口が届いて嚙み殺されると感じた私は、即座に横に飛ぶ。

 瞬間、閉じる力から解放された魔物の体がはじき出されるように飛び出し、ブォンという風を頬に当てながら床に激突する。


「っ!!」


 すぐに小剣を構えて態勢を整えると、魔物もまた立ち上がってこちらを向く。

その口には、かみ砕いた床の一部と思しき石がこぼれていた。


「ひぇっ」


 噛まれたら絶対とんでもないことになると察した私は、何が何でも当たらない様に距離を取ろうとする。


「ギャウ!!」


 けれど魔物はそれすら許さず私に飛び込んでくる。


「こっ! のっ!」


 ギリギリで横っ飛びに躱した私は、すぐに体を動かして次の回避を行う。そしてわずかな間をおいて魔物が私の居た場所に攻撃を放つ。


「せぇい!」


 私は攻撃を放って伸びた魔物の体を切りつける。


「グギャア!」


 魔物が悲鳴と共に後ろ足で私を蹴りつける。


「痛いぅっ!!」


 跳んで避けたものの、完全に避けきれなかった私は攻撃を受けてしまう。

 けれど幸いにも後方に跳んだお陰か、大したダメージではなかった。


「もう一丁!!」


 再び魔物に攻撃を行う。


「ギャウ!」


 魔物の反撃を受けるも、今回も回避行動を行った事でダメージは最小限。


「このぉっ!!」


 攻撃を完全に回避できないけれど、この調子ならなんとか勝てる!

 私は回避する事を忘れないように攻撃を繰り返し、魔物に傷を負わせ続ける。

 すると蓄積したダメージが響いてきたか、魔物の攻撃が明らかに鈍りだし、回避が間に合うようになってきた。


「これで! 止めぇ!!」


 魔物に最後の一撃を放ち、漸く敵の体が崩れ落ちる……かに思われたその瞬間。

 魔物の目がカッと見開き、信じられない速度で私の脇腹に噛み付いて来た。


『死』


 その言葉が脳裏をよぎる。

 脇腹に軽い衝撃を感じる。

 そして私の体は……何ともなかった。


「あ、あれ?」


 何故か、魔物は私の脇腹を噛みちぎる事は出来ずに、アグアグと甘噛みを続ける。


「えっと、えい!」


 良く分からないままに止めの一撃を放つと、今度こそ力尽きたのか、魔物の体が崩れ落ちる。

 死にかけてて顎に力が入らなかったのかな?


ギャリッ!!


 なんて思った私だったけれど、地面に叩きつけられた魔物が最後の力で床石をかみ砕いた光景を見て、それは間違いだったと気付く。


「……」


 何が起きたのか分からない私は、倒れた魔物から目を逸らさない様に動きつつ、そっと扉を閉める。

 そしてもしかしたら食いちぎられていたかもしれない脇腹を見るも、服には歯形一つついてはいなかった。


「もしかして、この服のお陰?」


 そういえば、防具としても使えるって言ってたっけ。


「でもそれって、どれだけ高性能って事なの?」


 これ、もしかしてかなりお高い品なのでは?

 地上に戻ったら、絶対お礼を言わないといけないなぁ……


「それにしても」


 ゲームとかでよく聞く『手に入れた装備はすぐに装備しろ』ってセリフ、本当だったんだね……。


 ◆図書館の老婆達◆


 ダンジョンでアユミが死にそうな目に遭いながら戦っていた頃、タカムラ達はいつものように図書館横の公園でとりとめのない話を繰り広げていた。


「そういえばアンタがあの子にあげた服さ、アレ、リアフルの新商品だろ? それもかなり良いグレードのヤツ」


セガワが問うと、話題を向けられた老婆達の一人であるフルタがニコリと笑みを浮かべる。


「会議に通った品じゃないわよ。裕福な家庭をターゲットにした子供用高級ブラントのプレゼン用試作として作ったんだけど、素材が高すぎたことと、縫製が複雑だったことから子供に高級品を与えたい一般のご家庭の親御さんにはちょっと手が届かないお値段になっちゃってね。何より、本当のお金持ちなら既製品を買わずオーダーメイドで最高の品を用意させるじゃない。だから廃案になったのよ。でもデザインは気に入ってたし、使った素材が素材だけに捨てるのももったいなくてね。でもあの子なら活用してくれそうだからプレゼントする事にしたのよ」


「早口で良くしゃべる口だこと。デザイナー様は手だけでなく口も良く動くみたいだね。一緒にやってた下着も女子向け冒険ブランドの高級品ぽかったしねぇ」


「小さくても女の子ですもの。綺麗な衣装の方が気分がアガるでしょ? あと、『元』よ」


 と、リアフル社元代表デザイナー、ア『リア』=『フル』タは楽しそうに微笑んだ。


「きっと似合うわよぉ」


 謎の老婆達は、今日も図書館で出会った少女の話題に華を咲かせていた。

 自分達の贈り物が、少女の命を紙一重で救っていた事にも気付かずに。

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