第11話 公園でお婆ちゃん達と錬金術講座(ままごとではない)
「それじゃあポーションの作り方を説明するわね」
お婆ちゃん達が魔法の袋に荷物を詰め終わると、タカムラさんは何事も無かったかのように錬金術教室の開始を宣言した。
いや、つい数十秒前まで魔法の袋の希少さと危険さで大騒ぎになってたのに、この切り替えの早さは何なんだろう。
これが年の功って奴なんだろうか?
「それじゃあお嬢さん……っていつまでもいうのも他人行儀よね。良かったら貴方のお名前を教えてもらえないかしら?」
「あ、はい。えっと……」
そう言えば色々流されるままで自己紹介もしてなかったっけ。
私は自分の名前を名乗る。
「私の名前は歩美、アユミです」
「アユミちゃん。良い名前ね」
「あはは……」
私の名前は美しく歩く、つまりお天道様に恥じない自分を誇れる生き方を出来ますようにという意味で付けられた……とお母さんは言っていたんだけれど、一度だけお父さんが酔っ払った時に言ってたんだよね。
『俺は鮎釣りが好きで鮎が好物だからお前の名前を鮎味にしたんだ。母さんも良い名前だって賛成してくれてたんだけど、何故か漢字を見せたらブン殴られて漢字の方は母さんが決める事になったんだよ』
その話を聞いた時、私は心からお母さんに感謝し、ついでにうっかり口を滑らせたお父さんはお母さんのお仕置きを喰らっていた。
お母さん、本当にありがとう……
「じゃあアユミちゃん、まずは初心者キットを開封しましょうか。はい、テープはこれで切ってね」
タカムラさんの声に我に返った私は、手渡されたナイフで蓋を止めていたテープをカットし、中身を取りだす。
「それは貴方にあげるわ。錬金術には素材を刃物で加工する工程が多いから、常に清潔にするようにね。キットに入ってる道具の洗浄剤は別売りしてるから、使い切ったら自分で買うようにね」
「はい! ありがとうございます!」
やったー! 待望のナイフゲットだぁー!
これで作業が楽になるよー!
「じゃあ道具の説明をするわね」
タカムラさんは、取りだした錬金術初級キットの名前と用途、使い方を教えてくれる。
「昔はビーカーにアルコールランプみたいなので調合してたんだけど、最近は電気ケトルみたいに一体型になってるから、技術の進歩って凄いわよねぇ」
事実、タカムラさんのくれた錬金素材を入れる小型の鍋は、電気屋さんに売っている電気ケトルかコーヒーを入れる電気式のサイフォンのような一体型の形状をしていた。
「それも魔石が電池やバッテリーの代わりになったおかげだね。見てごらん、ここに魔石を入れると、動くようになるから」
オタケさんが指さした場所を見ると、初級キットの下部側面に、引き出し式の電池ボックスならぬ魔石ボックスがあるのを確認する。
「ほら、コイツを入れてごらん」
同梱されていた小さな魔石を魔石ボックスに入れると、初級キットのランプが緑に発光する。
「じゃあ実際に調合を始めるわね。使う材料はライフリーフと水よ」
「え? ライフリーフって薬になるんですか!?」
「ええ、そうよ。傷を治すポーションの材料になるからライフリーフ」
なんと、ご飯になるからその名前だと思ってました。
「ライフリーフの大きな二枚の葉っぱ。これが薬の材料になるわ」
それ、料理を乗せるお皿に使ってました。
そうか、君は薬の材料だったんだね……
自分がかなり勿体ない使い方をしていたと気づき、ちょっとだけライフリーフの大きな葉っぱに申し訳なさを感じる。
「まずはライフリーフの葉の表面を薄く切ってみて。はいピーラー」
「え?」
さらっと差し出されるピーラー。
私知ってる、これ大根とかニンジンの皮を剥く奴だ。
「えっとこういうの使って良いんですか?」
「便利よねピーラーって。色んな素材の加工に使えるのよ。あっ、これは100円ショップで買ったものだから気軽に貰ってね」
わぉ、錬金術って100均の道具で出来るんだ。
この時の私は知らなかったんだけど、実はこの世界、100均で売ってる物だけで錬金術を実践する動画とかあったりしたんだよね。
それを見せて貰った時は『異世界人もやる事変わんないんだなぁ』と良く分からない感慨に浸ってしまったのだった。
ともあれ、私はピーラーでライフリーフの葉っぱの表面を剥ぐ。
肉厚の葉っぱなので、意外とスムーズに皮が剥ける。
でもナイフでやったら微妙な厚みで割と苦労したかも。
主婦の知恵だなぁ。
「できました!」
皮剥きが終わった事を告げると、タカムラさんがニッコリと笑みを浮かべる。
「綺麗に剥けたわね。ライフリーフの葉の表面には渋みがあるから、剥いておかないと渋みが調合の邪魔をしちゃうのよ。そしたら次は水で洗って剥いた時に染み出た渋みを洗い流しましょう」
私は公園の水飲み場についていた水道でライフリーフの葉を洗う。
「で、キッチンペーパーで水気を拭きとったら、ナイフでだいたい1㎝の厚みでカットしていきます」
さらっとまた100均アイテムが出てくる。
100均のアイテム便利だなぁ。
「手を怪我しない様にニャンコの手で怪我をしない様に切りましょうね」
タカムラさんが私の手に指を添えて、手の形と切り方を指南してくれる。
なんだか本当に子供みたいに扱われてるなぁ。
「できました!」
きっちり1㎝にカットし終えると、お婆ちゃん達が拍手してくれる。
「綺麗に切れたわねぇ」
「偉いわぁ」
「まぁまぁだね」
いや、初級キットに備え付けの薄い携帯まな板に目盛りが付いてますから。
なんならタカムラさんからこれを目印に切る様にって言われたし。
「そしたらカットした葉っぱを五枚錬金鍋に入れて、これは葉っぱのサイズで数が変わるから、この量を覚えておいてね」
「はい」
私がライフリーフの葉っぱを入れると、タカムラさんが水の入った計量カップを差し出してくる。
「鍋に入れたライフリーフの葉っぱの三倍の量の綺麗な水を入れてね」
言われた通り、水をだいたい三倍の量そそぐ。
「これで準備完了。後はこのPと書かれたスイッチを押せば自動でポーションが完成するまで煮込んでくれるわ」
「簡単すぎでは!?」
スイッチ一つでポーションが出来ちゃうの!?
普通こういうのって、アクを取ったり、温度や中の液体の色を慎重に確認したりするものなのでは!?
「最近は調合の分量もはっきりしてるし、こういうキットはあらかじめ使う分量と時間が指定されてるからまず失敗せずに作れるのよ。上級者の作るポーションや未知のポーションを作る時はこんなに便利じゃないわよ」
「あとこういう初級キットで自動調理できるレシピのデータは少ないから、説明書に書いてないのは自分でやらないといけないよ。ただそう言うのは手間がかかるし失敗が怖いから、もっと調理レシピの多い良い錬金鍋を買うんだね」
わーお、もう電子レンジとかの調理ボタンと同じノリなんだ。
文明が発展し過ぎてるのも考え物だなぁ。
ただ、素人でも分量さえちゃんとしてればそうそう失敗は無いってのはありがたい話だよね。
「これだけ便利なものが誰でも手に入る様になると、私みたいなお婆ちゃん錬金調合師の仕事が無くなるのも納得だわ」
と、タカムラさんが自嘲気味にこぼす。
そっか、便利な道具が出来ると、それでお金を稼いでいた人が職にあぶれちゃうんだ。
やっぱ技術の進歩は良し悪しだなぁ。
「何ってんだい。アンタの腕で仕事を干される事なんてあるかい。素直に歳取って仕事がキツくなったから辞めたって白状しな!」
ありゃ、機械に仕事を盗られたからじゃなかったの?
「ふふ、全部が全部嘘じゃないわよ、難しい仕事ばかりだと気が抜けないでしょ。だから歳が原因で取り返しのつかない失敗をする前に辞めたのよ」
「車の免許を返納する爺ぃみたいなもんね」
「爺ぃの免許と言えば、ヤマデラの爺さんがねぇ」
と、仕事の話から免許の話に脱線するお婆さん達。
そんなお婆さん達の世間話を聞き流しながらコポコポと音を立てる錬金窯をを眺めていると、ポーンという音が鳴る。
「あら、もう出来たみたいね」
「もうですか!?」
うわー、ほんの数分でポーションが出来ちゃったよ。
タカムラさんは錬金窯の蓋を開けて中身を見ると、うんと頷く。
「ちゃんと出来てるわね。ほらアユミちゃん、これが貴方の作ったポーションよ」
と、タカムラさんは錬金窯の中身を私に見せてくる。
そこには、黄色い蛍光色の液体がキラキラと光りに反射して輝いていた。
「栄養ドリンクみたい」
もうそうとしか言いようのないケミカルな黄色さだ。
「まぁ似たようなもんよ。あれより効果が分かりやすいってだけだよ」
と、セガワさんが小さな瓶をいくつも取りだす。
「これに入れな。この線の所までだよ。それで一回分の分量になる」
そっか、入れ物が無いと使う時困るもんね。
「これは魔物素材を加工して作った容器で、ガラス瓶の保存性とペットボトルの強靭さと弾力性がある。間違ってもペットボトルを洗って使ったりするんじゃないよ。あと瓶は冒険中に持ち歩くと割れる危険があるから、使うなら家のなかでだけにしな」
成程、確かに戦闘中にガラス瓶だなんて危ないもんね。
「あの、ところでこの瓶の代金は……」
「こんな安物の金なんて取る訳ないだろ! ほら、さっさと入れな!」
「は、はい!」
どうやら意外と安いみたい。
まぁ冒険者が大量に使うんなら、安くなるように企業も色々開発するよね。
「それじゃあ次は毒消しを作りましょうか」
「はい!」
こうして、私の初めてのポーション作成は成功に終わった……のだけれど、後日錬金術の道具を売っているお店に行った際に、セガワさんのくれた瓶のお値段を見て目ん玉が飛び出る事になるのを私はまだ知らないのだった……って、最近知らないバッカだな私!
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