第7話 夜更かしとダンジョン散歩(不意打ち対策)
「わ、私、子供になってるぅーーーーーー!!」
なんという事だろう。幽霊に出会ったと思ったら、私は子供になっていた。
しかもただ子供に戻ったんじゃない。まったくの別人になっていたのだ。
「ど、どういう事!?」
鏡の前で、知らない女の子があわあわと動揺する。
いや動揺してるのは私だ。
「落ち着け私、こういう時は羊を数えってそれは眠れない時だぁー!」
手のひらに人ですらないよ!!
などと馬鹿をやっていたら多少は落ち着いて来た私は、何故こんな事になったのかを考える事にする。
「って、言うまでもなく女神様が原因だよね」
女神様は私を転生させるって言った。
生き返らせるとは言わなかった以上、私は別人として生まれ変わったっていう事なんだろう。
「オーケー、そういう事ね。完全に理解した」
それはそれとしてちゃんと説明して欲しかったところです。
って言うか、子供になるなら猶更戸籍や保護者が必要じゃね?
「でも、子供ならワンチャン国に保護して貰え……いや施設に入れられてすぐにダンジョンに潜れるか怪しいか」
将来的には自立する為に施設から出る事になるだろけど、この見た目の私がダンジョンに潜りたいと言って行かせて貰えるかと言うと怪しい。
それに保護して貰うとしたら、記憶喪失とかなんかそんな感じで素性を誤魔化す必要がある。
そうなると警察も親が探していると考えて保護の形になるだろうから、危険なダンジョンに行かせてくれるわけがない。
少なくとも私を探している親がいないと完全に分かるまでは。
「で、世界の崩壊がどのくらいの速さで来るかも分かんないんだね」
施設に入れられたらまずはその施設に慣れるまで自由らしい自由なんてないだろうし、ダンジョンに潜らせて貰えるのはどれだけ先になる事やら。
最悪の場合、大人になるまで潜らせてもらえないかもしれない。
「……一旦保留かな」
はぁ、いつまでもトイレに居る訳にもいかないし、外に出るか。
「さて、これからどうしたもんか」
外に出ると、ビューッと冷たい風が襲ってくる。
ひぇっ、暗くなったから空気が寒くなってる。
この体がどれだけ健康か分かんないけど、ここで寝たら風邪を引いちゃいそう。
「もっと温かい場所を探さないと」
最悪、夜は温かい場所で徹夜をして、夜が明けたら公園で寝る事も考えた方がいいだろう。
そんな訳で公園を出た私だったのだけれど、悪い事は重なった。
なんと雨が降ってきたのである。
「ひぇっ! 避難避難!」
私は慌てて雨宿りできる場所を探して走る。
この寒さで雨に濡れたら風邪を引いちゃうよ!
「あっ、あそこ!」
幸いにも、地下鉄の階段らしきものを見つけた私は、そこに駆け込んでゆく。
地下鉄ならある程度暖房も効いてるだろうし、終電までは寒さを凌げる筈!
「筈! ……だったんだけどなぁ」
しかし、階段を降りた先には自動券売所も改札口も見つからなかった。
代わりにあったのは、薄暗く長く伸びる道だった。
「……これ、ダンジョンだよね」
そう、私はダンジョンに戻ってきてしまったのだ。
「うーん、雨に濡れないだけマシ……かな? それにあんまり寒くない」
幸いにも、ダンジョンの中は外よりは温かかった。
「仕方ない。取り合えずダンジョンの中で夜を明かそう」
他に選択肢も無いので、私はダンジョンの壁に寄りかかる。
「流石に寝るのは……怖いか。徹夜して朝になったら公園で寝るかな」
となれば体力を消耗しない為にじっとしていよう。
動き回って疲れたら、途中で寝ちゃうかもしれないしね。
「……」
じっとしていると、音が殆ど聞こえない。
時折自分が身じろぎして服の衣擦れの音や剣を収めた鞘が床にこすれる音がするだけだ。
「…………」
周囲は薄暗いせいであまり遠くは見えない。
いつどこから魔物がやって来るか分からないのはちょっと怖い。
いやあの羊が来ても全然怖くないけど、殺る気満々で襲ってくるゴブリン相手だと流石にね。
「………………」
……………………
「ちょっと、ちょっとだけ周囲の様子見をしに行こうかな」
近くに魔物が居たら危ないしね。
安全確認の為に近場を見て回ろう。
……はい、退屈に負けました。
だってこんな何もない所でじっとしてる何て無理だって!
そんな訳で私はダンジョンの中を探索する事にする。
なるべく戦闘は控えて体力の消耗を避けよう。
「プメー」
と、そこで羊のぬいぐるみ魔物と遭遇する。
相変わらずフワフワして脅威の欠片も感じない。
寧ろ抱き着いたらモフモフして温かそう。
「……狩るか?」
コイツならたいして苦労せずに倒せるし、毛皮をゲットすれば防寒具もゲット出来て一石二鳥だ。一体くらいなら戦っても大した体力の消耗も無い。
「よし! やろう!」
「プメッ!?」
全速で駆ける私の足音に気付いた羊のぬいぐるみ魔物、驚きの声をあげる。
「とりゃー!」
そして一撃で羊のぬいぐるみ魔物を切り裂いた。
「プメェ~」
情けない声を上げながら、羊のぬいぐるみ魔物が倒れる。
「よし、さっそく毛皮を剥ぐよー!」
えーと、毛皮と肉の間に剣を差し込んで……。
ズニュッ
「で、毛皮を破かない様に……」
ズッズッズッ
私は毛皮を破かないように慎重に剣を動かして……
ボタボタボタッ……
床に赤い液体がこぼれてゆく。
「……よっ、ととっ」
包丁より大きいからちょっと使いにくいな。
「とりあえずこのくらいでいいかな」
ある程度の大きさまで剥がした羊の毛皮を切り取る。
「よし、これで温かい夜を過ごせ……」
ベチャ、ボタボタ
「過ごせ……」
私は血まみれになった床と端が赤く染まった羊の魔物の毛皮を見つめる。
「うん、無理だわ」
これを被って寝るとか無理ゲーです。
「そっか、ゲームで簡単にアイテムをゲットしてたけど、現実はこうなっちゃうんだね」
そりゃそうか。魚とか料理する時だって、こうなるんだから。
うう、せっかく剥いだのに……
「とりあえず剥いだ毛皮は壁に貼り付けておこう。朝になって多少でも乾いたら、公園で洗って綺麗にすれば使えるでしょ」
残った天然水で手を洗うと私はその場を離れる。
「よし、気分を入れ替えて周辺のマップを埋めることにしよう!」
生憎と書くものがないから、完全に記憶力だよりだけど。
とりあえず来た方向に石で矢印を作っておこう。
そうしてダンジョン内を散策する私。
一番浅い階層だからか、私が予想した通り遭遇する敵は羊のぬいぐるみ魔物がメインで、ゴブリンはたまに出会うくらいだ。
そんなゴブリンも、レベルの上がった今の私にとっては大した相手じゃない。
「最初のゴブリンとの戦いで感じた罪悪感も、あの青いゴブリンとの戦いで吹っ切れた気がするしね」
あの女の子が襲われていた時の戦いで、私はやらなきゃやられるというのを実感として理解できた気がする。
そう考えるとあの女の子には感謝した方が良いのかなぁ。
「おっと行き止まり」
通路が行き止まりになったので、前の分岐に戻って反対側の道に進む。
「ふふっ、こうやって行ったり来たりしてると、ホントにゲームをやってる気分だよ」
出てくる敵も弱いし、良い眠気覚ましかもね。
「グギャ!!」
とそんな事を考えていたら、ゴブリンが出て来た。
しかも初めての二体同時の登場だ。
「二体同時か。ちょっと気合い入れないとね!」
私が剣を構えると、ゴブリン達は二人がかりで倒そうと向かってくる。
そりゃそうだ。わざわざ一体ずつで来る理由なんてないもんね。
よし、まずは誘おう。
「「グギャ!!」」
私はゴブリンに先手を譲り、後ろに小さく飛んで攻撃を回避する。
そうしてバランスを崩したゴブリンに一撃を加える。
「まずは右!」
「グギャア!」
攻撃を受けた右のゴブリンが悲鳴を上げる。
「グギャ!」
けれどすぐに左のゴブリンが態勢を立て直して再び攻撃してくる。
「おっと」
意外と次の攻撃が早い。
一対一の戦いと違って、緊張するなぁ。
そんな事を考えている間に、右のゴブリンが態勢を立て直して私に襲ってくる。
ぬいぐるみの様なプニプニボディに反して、その眼差しは敵意に満ちている。
「でも当たらないよ!」
鎧があるとはいえ、攻撃を喰らって無事で済む保証はない。
なるべく避けて避けて避ける戦い方をしないと。
「もひとつ!」
「グギャァァァァ!!」
さっきの青いゴブリンと違い、緑色のゴブリンはあっさりと倒れた。
「ギャギャ!?」
仲間が倒された事に動揺する左のゴブリン。
「素直に逃げるんなら見逃してあげるよ」
余計な体力を使わない様に、ゴブリンに逃げるなら見逃すと警告してやる。
「グ、グギャー!」
けれどゴブリンは逃げようとはせず、私に向かってきた。
「なら容赦しないよ!」
ゴブリンの攻撃を回避すると、私は死角からゴブリンに一撃を見舞う。
「グギャア!」
そしてゴブリンがこちらに振り向く前に追撃を放つと、ゴブリンは再び私の顔を見る前に死んだ。
「……ふぅ」
ゴブリン達を倒した事で緊張の糸が切れるかのように息が漏れる。
戦う事に慣れたとはいえ、緊張しない訳じゃないからね。
しかも今回は初の2体同時戦闘だったし。
「それじゃ早くここを離れるかな。死んだゴブリンの死体を狙って他の魔物がくるかもしれないし」
魔物の生態は良く分からないけれど、野生の動物は他の生き物が倒した獲物を横取りしたり、食べ残しを狙ってやって来るっていうから、きっと魔物も似たような事をするのがいるだろう。
そんな訳で私はゴブリン達の死体の横を通ってその奥へと向かう。
「……ここも行き止まりかぁ」
ゴブリンを倒した先にやってきた私だったのだけれど、残念なことにここも外れだった。
「そろそろ部屋があると思ったんだけどなぁ」
このダンジョン、ダンジョンって言う割には道ばかりで部屋が無いんだよね。
なんなら下の階に行くまでに一個も見当たらなかったくらいだし。
「そういうダンジョンなのかなぁ?」
そんな事を考えながらコンコンと壁を叩きつつ来た道を戻っていくと、ふと壁の音に違和感を感じた。
「あれ? なんか変な音がしたような」
何かを感じた私は、周辺の壁を叩く。
そして違和感を感じた辺りを叩いた時にその正体に気付いた。
「ここ、音が違う」
そうだ、この辺りを叩いた時だけ音が変わる。
もしかしてと思って壁を色々触ってみると、音の変わった部分の壁がゴゴゴと低い音を立てて動いたのだ。
「おおおっ!?」
動いたのは、床からだいたい1/6くらいの高さの壁だった。
今の私でもしゃがんで入らないといけないくらいの高さしかない。
「こ、これってもしかして隠し扉!?」
興奮を抑えきれない私は、ワクワクしながら中へと入っていく。
するとそこには小さな部屋があった。
「か、隠し部屋だぁー!!」
まさかの隠し部屋の存在に思わず興奮する。
もしかして未発見のお宝があるかも!!
「いやいやいや、ダンジョン入ってすぐの地下一階だし、とっくに見つかってお宝も回収されてるよね」
流石にそんな美味い話は無いだろうと気持ちを落ち着かせ、部屋の中を見回す。
何もない空っぽの部屋。
あるのは精々部屋の奥に鎮座する宝箱くらいのもので……
「って、宝箱!?」
おいおいおいマジですか!? マジで宝箱!? ホントに未発見の部屋だったの!?」
「落ち着け私。どうせ中身は空っぽだって」
そうそう、こんな所の隠し部屋何て見つかってるに決まってる。期待するだけ無駄無駄無駄ぁ!
カチャ。
一応、一応念の為に蓋をあけて中を確認しておく。
ほら、中に魔物が隠れてるかもしれないからね。
部屋を出ようとして背を向けたら馬鹿め! 油断したな! って襲われるかもしれないじゃん。
だから確認。あくまで確認です。
「……うん、やっぱりお宝なんてないね」
箱の中身は空っぽだった。
武器もお金も宝石も入っていない。
あるのは小さな袋が一つきりだ。
「中身のお宝だけ抜かれたのかな」
袋は革製で、いかにもゲームとかに出て来そうなデザインをしていた。
「しょっぼいお宝だなぁ」
私は宝箱から袋を取り出すと、念のため中身を確認する。
うん、やっぱり何も入ってない。
「けどま、ダンジョンで初めて見つけたお宝には違いないかな」
何せ宝箱に入っていたからね。
折角見つけた訳だし、私はこれを戦利品として持ち帰ることにした。
まぁ何か小さなものを入れる役には立つでしょ。
「あっ、そうだ。ここなら隠し扉を閉めれば魔物も入ってこれないし、休憩できそう。ちょっと休んでこ!」
ここがゲームみたいな世界なら、この部屋の中に突然魔物が出現する可能性もあるけど、その時は戦えばいいだけだしね。
「でもま、お宝を取られて空っぽになった部屋にやって来る暇人も居ないだろうから、魔物が出てくる心配もないかな」
もし魔物が倒しても倒しても現れるゲーム仕様なら、人の来ない部屋の魔物はずっとここに待機してるはず。
それなのに魔物と遭遇しなかったって事は、きっとここには魔物が出ないんだろう。
うん、そう信じよう。油断し過ぎない程度に。
「ふあっ、やっぱ歩き回って疲れてたのかも。でも寝ちゃだめ。ちょっと横になるだけぇ……。すぅ」
こうして、うっかり横になるだけのつもりだった私は、ガッツリ朝まで眠ってしまったのだった。
だってしょうがないよね。この体は子供なんだもん。
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