第6話 異世界の町並み(普通に見える方がやばい)

 ダンジョンの階段を上がっていた私は、その先にオレンジ色の空を見つけた。

 間違いなく空の色だ!


「っ!!」


 ようやく安全な場所にやってきたという安堵から、我知らず足が速くなる。

 そして最後の一段を登り切った私は、遂に外の世界に足を踏み入れた。

 その世界は……


「……なにこれ」


 全てが私よりも大きな、巨人の町だった。

 人も、ガードレールも、道行く乗り物も、何もかもが私よりも大きかったのだ。

 

「え、ええ!? どういう事!?」


 その声にちらりと視線を向けてきたおばさんは、見た目こそ普通のおばさんだけれど、明らかにその身長は3mはあった。

 おばさんだけじゃない、スーツを着たおじさんは4m近く、女子高生らしき女の子すら、3m以上ある。


「異世界人でっか……」


 そういえば、さっき助けた女の子も薄暗い場所でへたり込んでいたのと、緊急事態だから気づかなったけど、よく考えると結構大きかった気がする……


 え? こんなデカい人達のいる世界で私世界を救うの!?

 この人達が戦った方がよくない? サイズが大きいだけで戦いは有利になるよ、巨大ロボットだって巨大だから強いんだよ!? 


「まさか異世界がこんな巨人の世界だったとは……」


 予想外の光景に私は困惑せずにはいられなかった。

 この世界、見た目は私もよく知ってる現代日本にそっくりなんだけど、とにかくサイズがおかしい。

 まるで自分が子供になったかのような気分だ。


「それに周りの格好が……」


 道行く人達を見ると、先ほどすれ違った人達のように、どこにでもいそうな洋服やスーツ、それに制服とデザインこそ違うものの、自分の記憶とほぼ大差ない格好をした人達。


 けれどそんな人達に交じって、鎧やローブを着こみ、手には巨大な斧や槍、それに杖などを手にした人達も歩いてる。

 リアルとファンタジーが入り混じっていて、なんというか脳がバグりそうな光景だ。

 それでいてコスプレのような浮いた感じがしないのは、きっと彼らの装備が実際に使っているものだからだろう。

 長く使った事で生じる使用感や汚れ。

 それに素材自体が実用性重視のちゃんとした素材なのもあるんだろうね。


「まぁそれを言ったら私もそうか」


 うん、私もいかにもファンタジーな装備してるもんね。

 違うのは、道行くファンタジーな女の子達は、私の武骨な鎧と違って、いかにもマンガに出てきそうなデザインをしていたことくらいか。


「女神様なんで私にはああいうのくれなかったんだろ」


 ちょっぴり、ちょっぴりだけ装備の質を気にしてしまう私。

 うん、さっきからチラチラと人が見てくるのって、私が明らかに彼らより小さいだけじゃなく、周りの女の子とは違う格好だからなんだろうな。


「……」


 その事に気づいてしまうと、何となくこの場にとどまり続ける事に抵抗を感じてしまう。


「うん、場所を変えよう」


 ◆


 ダンジョンの入り口から逃げるように場所を変えた私は、たまたま見つけた公園のベンチに腰掛けていた。


「さて、これからどうしようか」


 地上に出るという目的は達成したから、次にすることは……


「やっぱ寝床の確保だよね」


 うん、空はもうオレンジ色から薄暗くなってる。

 このままだと夜から、どこか寝る場所を確保したいんだけど……


「そもそも私に家って無いよね?」


 そうだ、女神様によって異世界に転生した私だけど、どこかの家庭の子供として生まれたわけじゃない。

 ポンと育った状態の人間がこの世界に突然ポップしたことになるんだよね。

 ってことは家族がいないってことで、家もない事になる。


「そうなるとホテルか何かに泊まらないといけないか」


 私は背負っていたリュックを下ろし、改めて中身を確認する。


「やっぱ中身はこれだけかぁ」


 はい、ジャムパンと飲みかけの天然水の入ったペットボトル。

 ツナマヨおにぎりは食べちゃいました。


「せめて少しでいいからお金も入れておいてほしかったなぁ……」


 不味い、ホテルに泊まれないってことは、野宿確定じゃん。

 こうなったら警察に頼んでお金貸してもらう?

 確か財布を無くした時とかに、帰りの電車賃とか貸してもらえるって言うし……


「いや待て」


 そこで私はある重要な事実に気付く。


「そういう場合って、免許証とか電話番号とかを書類に書くよね」


 詐欺対策に借りたお金を確実に回収する為には必須だからね。

 でも、私は免許証もスマホも持っていない。

 それどころか家もない。

 つまりそれって……


「私……不法滞在者と思われない!?」


 そうじゃん! 今の私って明らかに戸籍がないじゃん!

 や、やばい! 不法滞在者となったら警察に犯罪者として捕まっちゃうじゃん!

 そしたらどこの国から来たのかって尋問されちゃうよ!

 最悪、刑務所に入れられちゃうかも!


「不味い不味い」


 更にもう一つ不味い事に気付いてしまった。

 何が不味いって、犯罪歴がついちゃうのもそうなんだけど、捕まったらダンジョンに潜ることが出来なくなっちゃうじゃん。


 でも女神様は言っていた。このままだと大神達の戦いに巻き込まれて、世界が滅びるって。

 それを警察の人に言う? 異世界から転生してきたから戸籍が無いんです。このままだと世界が滅びるからダンジョンの攻略をさせてくださいって。


「はい無理ーっ!! 絶対無理! どう考えても頭おかしい人です!」


 うん、無理だ。刑務所だけじゃなく病院にも入れられかねない。


「どどどどうしよう」


 警察にも頼れないってことは、国の保護を受けることが出来ないって事だ。

 ってことは誰にも頼れない。自分で何とかしないといけない。


「うおお、ハードモード過ぎる!!」


 っていうかこんなに文明が進んでたのなら、もっとしっかりフォローしてよ女神様!!

 そんな私の体を、冷たい風が撫でる。


「っ!!」


 ブルリと体が震える。

 体感的に冬ってほどじゃないけど、ここで野宿はキツそう。

 あと……


「えーと……」


 私は公園をキョロキョロと見回してあるものを探す。


「あった!」


 小さな建物を見つけた私はその中に駆け込むと、小さな扉を開いて中に飛び込む。     

 そして……

 ジャー……


「ふぅ、スッキリ」


 うん、寒いと色々近くなるよね。


「それにしてもいろいろ大きいから使いにくかったなぁ」


 うん、巨人の世界はトイレも大きかったです。


「あっ、でも洗面台は小さいのがある」


 よかった、これはこの世界の子供用の洗面台かな?

 背を伸ばして蛇口を開き、手を洗う。

 すると正面の鏡の中に、小さな女の子の姿が見えた。


「あら可愛い」


 鏡に映っていたのは、すっごく可愛い女の子だ。

 サラサラの長い髪にシミ一つない真っ白な肌。

 パッチリしたおめめにまつ毛長くてまるでお人形さんの様。

 ただなんか誰かに雰囲気が似てる気もするんだけど、誰だっけ。


「っと、ごめんね。はいどうぞ」


 私は後ろに並んでいた女の子に場所を譲ろうと体を半身ずらして振り返ると、そこには誰もいなかった。


「え!?」


 そう、誰もいなかったのだ。

 日が陰ってきたとはいえ、自動的に照明が付いたトイレの中で人を一人見失う事はあり得ない。

 なのに誰の姿もない。


「ま、まさか……お化け?」


 いやいやいや、さすがにそれは……そう言いかけた私だったけれど、よく考えたらこの世界はダンジョンやモンスターが存在する異世界。

 幽霊が至ってまったくおかしくない。


「は、はは……そんなまさかね。何かの見間違い……」


 そう、もの凄く可愛い女の子は見間違い、いや、きっと私自身の可愛さをうっかり他人と見間違えたとかでしょ! 薄暗かったしさ!


 何もいないんだから鏡に映ったのも何かの勘違いだと考えた私は、それを確認する為に鏡を再度確認する。

 するとそこには知らない美少女の姿があった。


「っ!?」


 その姿は間違いなく私じゃない。髪の色も顔つきも雰囲気も何よりどう見ても子供だ。


「っっっ!!」


 慌てて振り向けば、そこにはやはり誰の姿もなった。


「誰! 誰かいるの!?」


 もし相手は本当に幽霊なのだとしたら、何のために姿を見せたの!? 単純に私を驚かせて遊ぶため!? それとも憑りついて殺すため!?


 私は剣を抜いて周囲に視線を巡らせる。

 幽霊が剣で倒せるか分からないけれど、ここは異世界だ。

 気合を入れれば幽霊でも切れるかもしれない。


 しかし幽霊の姿は見当たらない。

 鏡には映るのに、肉眼では見えない。


「……」


 私は、幽霊が本当にいるのならと、彼女がどこにいるのかを確認する為に鏡に視線を向ける。

 正直言って幽霊なんて見たくないけれど、相手がどこにいるのか確認しなきゃどうしようもない。


 ちらりと鏡を見れば、幽霊は……剣を持っていた。


「っ!?」


 思わず振り返って剣を突き付けるも、はやりそこには誰の姿も見えない。

 ならばと振り返り、鏡の中の幽霊に向けて剣を向ける。


「戦うつもりなら受けて立つよ!」


 はい無理です! 幽霊の倒し方なんて知りません!

 でもハッタリでもなんでもして相手を警戒させなきゃ!


 私が剣を構えて睨むと、鏡の中の幽霊も剣を構えて私を睨みつけてくる。

 うわぁ! 絶対やる気だぁ!


「っ!!」


 幽霊がどう動いてくるかわからず、私は相手の動きを見極めるために動くことが出来ない。

 ただ、幽霊もすぐに攻撃してくる気はないのか、じっとこちらを見つめてくるばかりだった。


「……」


 この幽霊、一体何を考えているんだろう。

 武器を突き付けて睨んでくるくらいだから、敵意はあるんだろうに、攻撃してこない。


 それに……めっちゃ可愛いなぁこの子。

 そうなのだ、この幽霊、幽霊なのにもの凄く可愛いのである。

 いや、もしかしたら幽霊だからこんなに人間離れした可愛さなんだろうか?

 肌の白さも幽霊と言われれば納得できる。

 いやいや、幽霊に美貌で負けてるとは思ってないからね!

 ほら、鏡に映った私だって全然負けてないで……


「あれ?」


 そこである事に気付く。


「私が居ない?」


 そう、鏡の中には私の姿がなかったのだ。


「え? どういう事?」


 鏡の中にいたのは、幽霊の女の子だけ。

 私の姿はどこにもない。


「え? どうして?」


 私が困惑していると、鏡の中の幽霊の女の子も困惑したように剣を下ろす。

 その光景に、私は何とも言えない違和感を感じる。


「えっと、貴女が何かしたの?」


 すると全く同時に鏡の中の幽霊が私に何か話しかけてくる。

 しかし彼女の声は私には届かない。


 むむむ、一体どういう事?

 私が鏡の中の彼女に手を伸ばすと、鏡の中の彼女もまた私に手を伸ばしてくる。

 けれど幽霊の彼女が私の背に触れる感触はない。

 幽霊だから、私に触れることはできないって事?


「ってことは、最悪の事態になることはないってことかぁ」


 戦いにならずに済みそうとわかり、私は安堵とともに無意識に髪の毛をかき上げる。

 すると、目の前の幽霊もまた安堵したような表情で髪をかき上げた。


「え?」


 なぜか、幽霊は私と全く同じ行動をしたのだ。


「……」


 私は、そっと右腕を真横に伸ばす。

 すると幽霊は左腕を真横に伸ばした。

 今度は左足を上にあげると、幽霊も左足を上に上げた。

 左腕を上に上げるふりをして下におろすと幽霊も右腕を上に上げるふりをして下におろした。


「……いやまさかそんな」


 その後も私は様々な動きを緩急フェイントを混ぜて行うも、幽霊は鏡合わせに私と同じ行動を繰り返す。


「……これって」


 ここまで来たらもう答えは一つしかない。

 何故かは知らないが、とにかくそういう事だったのだ。


「私、子供になってるぅーーーーーっ!!」


 異世界に転生した私は、子供の姿になっていたのだった。

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