第40話 決着
魔王の拳骨をもろに顔面で受けてしまった。
ぼくが長男でなかったら泣いていただろう。
ピンポン球を思いっきり投げつけられたくらい痛い。
「ぶほぉ!?」
魔王は、牛面で「なぜ?!」と言わんとするほどに顔を歪めた。
……もしかして渾身の一撃だったのだろうか?
それは悪いことをした。ぼくの魔力障壁は、ぼくのびびりな性分を反映してか、とかく丈夫だからな。まあ罪悪感の欠片も感じてないけど。
「ぶふぉ! ぶふぉ! ――ぶふぉぉぉ!」
殴る、殴る、蹴る。
「痛っ、痛っ、痛い!」
蹴る、蹴る、殴る。
「痛っ、痛い、痛い! ――痛いっての!」
頭にきた。いい加減、反撃……と思ったら魔王の頭は随分高いところにあったので、やむを得ず目の前にあった八つに割れた腹筋に、ふんす! と一撃を加える。
「ぶふぉぉぉぉぉぉ!」
魔王のご立派な体躯が「つ」の字に折れ曲がる。
よしよし、頭部が良い高さまできた。これなら手が届くと、
「ぶふぉん!」
同じ事を思いっきりやり返され、ぼくの体が数ミリほど宙に浮かぶ。
――面白い!!
殴った。
「ぶふぉ!」
殴り返された。
「ふんっ!」
殴った。
「ぶっ、ぶふぉ!」
殴り返された。
「にゃろ!」
殴った。
「ぶ、ぶふぉ、ぶふぉん!」
殴り返された。
「こんにゃろ!」
殴った。
「ぶ、ぶふぉ、ぶふぉ、ぶふぉぉ……」
殴り……返してこない。
ずぅぅぅん! と地響きを鳴らして魔王の巨躯が崩れ、両膝が地面に落ちる。
魔王の顔面はもう酷い有様だった。
上顎と下顎はズレ、べろんと牛タンが飛び出し、左目は目玉のおやじに進化途中のように垂れ落ち、右角は根元からへし折れ、顔面の輪郭は膨れているか陥没しているかの二択。
一方のぼくは鼻血さえ垂らしていない。
……なんか、ごめん、って感じだ。
「ミノタウロス・グレートと殴り合いで勝っただと?!」
小林が後ろで何やら叫んでいる。
五月蠅い奴だ、とぼくの気が一瞬、魔王から離れた――その瞬間。
「ぶふぉぉぉぉ!」
魔王は、おそらく最後の力を振り絞り、――逃げ出した!?
「ちょ――」
慌てて追いかける。
何やら苛めっ子を追い回しているみたいで気が引けるけど、相手は魔王だ。
生かしておいたところで鶴のような恩返しの精神に目覚めるはずもない。
「――まてっ!」
もちろん「待て」と言って待ってくれていたら世話が……あっ、止まった。
というか、正確には「止められた」か。
ぱんぴ~たちが追いつき、逃げ出した魔王を通せんぼしたのだ。
当初の1000体よりは随分数を減らしたが、もう減らされることもなくなったので、見る間にその数は回復しつつある。もはや魔王とて強引に突破できるような数ではない。
「ぶふぉ!」
魔王がぼくを振り返る。
ミンチ確定のカボチャ畑に飛び込むくらいなら、ぼく一人を倒した方が、まだワンチャンあるとでも思ったか?
生憎、こうなるとぼくがまともに戦ってやる理由もない。
「さよなら」
片手に握ったままだった巨大戦斧の先っちょで魔王の腹を小突いてやった。
「ぶふぉぉぉ!?」
魔王は巨躯を「く」の字に曲げたまま、重力のくびきから逃れて一時、宙に浮き上がる。
「ぶふぉ! ぶふぉん! ぶぉ! ぶぉ!」
魔王は空中で手足をばたつかせ、何とか体勢を立て直そうと相当にがんばった。
甲斐あってか、片足の着地を成功させるが……。
「「「わああああ~!」」」
ぱんぴ~の団体が暴走特急となってその足を薙ぎ払ったのは、次の瞬間。
「ぶふぉん!?」
何となく「うそぉん?!」と言ったような気がしたが、魔物語のわからないぼくに正解を知る術はなく、魔王は背中からぱんぴ~のカボチャ畑にダイブして……。
「ぶふぉ! ぶ、ぶふぉ、ぶふぉぶふぉん! ぶふぉぶふぉ! ぶ、ぶぎぎぎぎっ!」
「……」
「ぶ、ぶぎぎぃ! ぶふぎぎぎぃぃ! ぐぶぎぶっ! ぐぶっ、ぐべっ、ぐべっ!」
「……」
……濁点、多いな。
「……なんとも肉が食べたくなる光景ぢゃな」
セシルちゃん妖精が出し抜けにそんなことを言った。
悪い冗談? と思ったけど、ナビ妖精は涎を垂らして、うっとりとした目差しで目の前の酸鼻を極めつつある光景を眺めていた。これが人生経験の差、というものか。
「ホルモンとか食べたいの。ハツ、ミノ、レバー、ハラミ……じゅるり、堪らんの!」
「ぼくは、ちょっと……しばらくお肉は食べられそうにないよ」
見るに堪えないので戦斧を魔王の頭部に投げつけた。
……魔王とは言え、慈悲の一つくらい与えても罰は当たるまい。
こうして、学校をダンジョン化しようともくろんだ魔王の野望は潰えたのだった。
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