第39話 ぼくの作戦

 ぼくの作戦は、こうだ。


 まず、ぱんぴ~用に設えていた魔法を、にぶる用に書き換え、学校中の水という水をにぶるにして洪水を起こし、学校に侵入した魔物を残らず押し流す。


 にぶるの洪水を校庭に排出すれば、校庭にいる魔物もいくらかは倒せる。

 一石二鳥……だが、問題があった。校庭で教諭や生徒が未だに戦闘中だった。

 このままではにぶるの洪水に巻き込んでしまう。


 そこで役に立ったのが、セシルちゃんのハッキングだ。


 常日頃はぼくのM/Mに勝手にアプリをインストールすることしか役に立たないハッキング能力で、校庭で戦う教諭や生徒のM/Mに統括冒険者ギルド名義で警告文を流した。


 効果はてきめんだ。

 校庭で戦っていた教諭と生徒は校舎に逃れ、にぶるの洪水に巻き込まれることはなかった。


 次に、むすぺる、するとの《爆熱砲撃》を校庭にぶっぱなした。


 正直、《爆熱砲撃》の直撃は期待していなかった。


 本命は、にぶるの洪水で出来た水たまりを高温の水蒸気に変えることだったからだ。


 目論見は大筋で上手くいった。


 魔王とその側近が生き残ったのは予想の範疇だ。

 ……まあ、ついでに死んでくれないかな~、とは思ってたけど。


 誤算だったのは、むすぺる、するとの火の精霊ズだ。


 魔王とその側近が生き残っていたら、安心安全な屋上から《爆熱砲撃》のおかわりをくらわせてやろうと思っていたのだが、


「はらへったぞ~」「く、ま~」


 ぼくの背中には精も根も尽き果て、甘えるように寄りかかるむすぺると、足下には捨てられたぬいぐるみのように転がる、するとの姿があった。


 2人とも先ほどの《爆熱砲弾》で手持ちの燃料を使い果たしてしまったのだ。


「ほれ、さっさと喰わんか!」


 セシルちゃん妖精が薪をむすぺるの口に突っ込むが、水を飲むだけのにぶるとは違い、咀嚼し、呑み込み、けぷっ、とげっぷをしてようやく1本というスロースペース。


 威力は折り紙付きなのに、補給に時間がかかるとは……なかなか上手くいかないものだ。


 前日のM/Mの不調で2人の力を試せなかったのが不味かったな。


 と、そのとき。


 辛抱強く2人の補給を待っていると、魔王が戦斧を振りかぶるのが見えた。


「――やばっ!」


 小林は……勝手に死ねばいい。

 だが、後ろの養護教諭や名も知れぬ先輩方まで見捨てる理由はない。


 ぼくは咄嗟にむすぺるを小脇に抱えると、貯水タンクの上から校庭に向かって飛び降りた。


 あいきゃんふら~い! って感じに。


 もちろん飛べないので、格好良く落ちていくだけだ。


 途中、M/Mを操作して装備を変更。

 悠長に選んでいる余裕なんてないので前のエセ紳士装備を選択。

 身バレは嫌なので、火の玉洞窟の時に作ったカボチャの被り物を、いーん!


 ……うわ、そうこうしている間に地面ががんがん近づいてくる。


 多分、今のぼくの能力値なら足さえ挫かず着地できるだろうけど、怖いものは怖い。


「むすぺる! ――【火炎推進ファイア・ブースター】!」


 M/Mをぴっぴと操作し、魔法を発動。

 小脇に抱えたむすぺるの足の裏から炎が噴き出し、一時、落下速度が緩む。


「くぬぅぅぅぅ~!」


 ……あくまで一時だが。

 むすぺるの気合も虚しく、ぷすぅん、と気の抜けた音を鳴らして足の裏の炎が止んだ。

 落下速度が元に戻り、地面に激突――より先に、足がつく。


「たっ、助かっ――」


 ず、どぉぉん! と爆発めいた衝撃波がほとばしる。


 咄嗟に何かを受け止めたのだが、実はぼくにもそれが何かわかっていなかった。


 見るにぼくはいつの間にか巨大な戦斧を握っていた。さっき魔王が投げつけたやつだ。


「――お、お前は?!」


 聞きたくもない声に振り返ると、衝撃の余波で、垂れに垂れた鼻水を右へ左へぷらんぷらんさせる小林の間抜け面があった。


 スクショを取りたいが……残念、今はそれどころではなさそうだ。


 魔王とその側近の殺意の穂先がぼくを指向するのが超感覚でわかった。


「結構、残ってんじゃん……」


 と、ぼくに寄り添うように水蒸気が集まり、にぶるを形作った。


「もう、いちど、や、る、――で、す!」


 やる気満々の、にぶる。


「オレもやんゾ! まだまだやってやんゾ!」


 ぼくから下り、ふんっ、ふんっ、と鼻息荒くする、むすぺる。


「……」


 大胸筋を見せつけるボディビルダーみたいなポーズで全身の炎を滾らせる、すると。


「よりどりみどりぢゃな~♪」


 いつの間にか、ぼくのカボチャ頭に腰掛けてセシルちゃん妖精は上機嫌に言った。

 ……冗談じゃない!

 ぼくはさっさと退治して、さっさと帰りたいのだ。

 陰キャのぼくが注目を浴びるなど、虫眼鏡で焼かれるアリンコのようなものだ。


「ぱんぴ~!」


「おう! なのだ!」


 ぱんぴ~が元気よく躍り出る。


「やるぞ!」


「やるのだ!」


 M/Mの画面から魔法を発動。

 予てから、ぱんぴ~用に準備していた、ぱんぴ~専用の魔法だ。


「ぱんぴ~、遊んでこい! ――《1000ぱんぴ~》!」

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