第33話 道化のススメ

「――美國びくにはここにいて大丈夫なの?」


 鞄からお弁当を取り出し、包みをほどく。


「屋上の扉は施錠し、『立ち入り禁止』の立て札を掛けておきましたが? せっかくの逢瀬おうせを邪魔されるのも業腹なので、ついでに階段に対人地雷でも仕掛けておきましょうか?」


「いや、そういうんじゃなくて……ご飯は?」


「昼休みになったらすぐに春空はるくを探したかったので四時限目にこっそりいただきました」


「は~、美國ほどの優等生でも早弁ってやるんだね」


 呆れたやら関心したやら微妙な心持ちだ。


「メイドの嗜みです」


「いつもの子と一緒にご飯食べなくてよかったの? ほら、同じパーティの」


「彼女たちはしばらくダンジョンには潜らないそうなので当分は別行動です」


「ふ~ん……」


 学校の課題が達成できていれば、あとの冒険実習は自由行動が認められている。


 レベル上げをするもよし、新しい魔法を習得するもよし……、ダンジョンに潜らなくても良い、という理屈はないと思うのだが、まあ美國のパーティは優等生揃いだからな。


 そういうこともある、……か?


「いえ、死にかけたことでPTSDを患ったそうで、ここ最近は神聖教会のカウンセリングに通っているそうです」


「え! それは大変だ!」


 というか、今口に出してなかったんだけど……なぜわかった?


「メイドの嗜みです」


「……左様か」


 しかしPTSD――心的外傷後ストレス障害に患うとは難儀なことだ。

 とはいえ、冒険者がPTSDをわずらうのは珍しいことではない。


 死にかけたとき、圧倒的な強者で出会したとき、経験の浅い冒険者ほど、よくPTSDを患う。それはもう「冒険者の麻疹」と言われるくらいの頻度で。


 しかし、PTSDの克服は、一流の冒険者になるための通過儀礼のようなものだ。

 逆を言えば、克服できなければ、冒険者人生もそれまでということだ。


 かく言うぼくもPTSDを患ったことがある。


 高校1年のときだ。


 オーク3匹とソロで戦い、両腕と肋の骨を折られて、もう戦えない、というときに上級生のパーティに助けられたが、以来ダンジョンに潜るのが恐ろしくなった。


 確か、あのときはどうやって克服したんだっけか。

 ……ああ、思い出した。婆ちゃんだ。


「どうしました?」


「……何が?」


「『可愛がっていたチワワに突然関西弁のおっさんの声で話しかけられた飼い主』みたいな顔をしてましたよ?」


「どんな状況!?」


「ものの例えです」


「そ、そう……」


 あのときは、婆ちゃんに「オークより恐ろしいものを教えてやる」と言われて、死ぬほど鍛えられたのだ。おかげでPTSDは克服し、大概の状況では絶望しなくなったけど……。


「あまり人にお勧められる方法じゃないわな……」


「そのようですね」


 ずずず~、とお茶を啜る美國。

 ……むぅ、飲み物がないせいか、余計に美味そう。


「……ぼくには?」


「湯飲みがひとつしかありません。――はっ! 失策でした。先に春空に飲ませるべきでしたね!」


「だろうね!」


 一応、ご主人様なんだから、ぼくを優先すべき――


「そうすれば間接キスで春空の唾液をいただくことができましたのに!」


「……美國ってそんな人だっけ?」


「ふと気づいたのですが。転生後の冒険者カードはどうなってるんですか?」


「藪から槍衾だね……」


「ステータスが凄いことになってるはずですよね?」


「少なく見えるようにセシルちゃんに認識阻害の魔法をかけて貰ってるんだ」


「それを顔にかければよいのでは?」


「――あっ!」


 目から鱗……いや、目から逆鱗だ!


「セシルちゃん!」


「――あん? じゃれ合いは終わったのか?」


 ホバリングで落ちる一方だった、セシルちゃん妖精の下降が止まる。

 顔に意思が宿り、いつもの小生意気な表情が戻った。


「顔に認識阻害の魔法をかけることってできる?」


「顔に直接か? 魔力で抵抗されるから直接は無理ぢゃ」


「そうなの?」


「装備品にならできるぞ?」


「眼鏡とか?」


 眼鏡を外したらイケメン登場とか、ちょっと格好いいかも。


「なるべく着脱の手間がない装飾品が望ましいの」


「ピアスとかですか?」と、これは美國。


「うむ、効果を付与した魔石をピアスにするという方法もあるが……」


 う~む、とセシルちゃん妖精は一気に100才は老け込んだような渋面で唸った。


 理由は、ぼくにもわかる。ぼくの母親のせいだ。母親は入れ墨やらピアスやらの肉体改造系のお洒落を是としない、ちょっと古いタイプの人間……いや、ハイエルフなのだ。


「入れ墨もピアスも歴史あるお洒落ぢゃが、誰の教育がよかったのか、セリアは良い顔をすまい。アレの不興を買うのは可能な限り避けたいところぢゃ」


 ……だろうね。

 母親の機嫌の良し悪しは、セシルちゃんの死活問題に直結する。

 その日のご飯もおやつも母親の気分次第だからだ。


 セシルちゃんの入れ知恵で、ぼくがピアスを開けたとなれば、きっとセシルちゃんの明日からおやつはプリンからピーナッツ3粒に格下げになるに違いない。


「イヤリングやネックレスに付与することもできるが……」


「イヤーカフなどはどうでしょうか?」と、美國。


「いや~、……かふ?」


 セシルちゃん妖精は渋面のまま可愛らしく首を傾げた。


「こういうのです――」


 美國は、すかさずM/Mの画面にイヤーカフを映し、セシルちゃん妖精に差し出した。


「肉体の改造を必要とすることなく、クリップタイプなら簡単に着脱できますし、戦闘中でもめったに外れることはないと思いますよ?」


「なるほど、最近はこのようなお洒落があるんぢゃな~」


 いや、昔からあったと思うよ? 耳に掛けるだけだし。


「もうこれでいいんじゃないか? ん?」


「んな、適当な……」


「包帯がベストチョイスぢゃが、毎朝毎晩、巻いたり取ったり大変ぢゃろ?」


「そりゃそうなんだけど……でも、前に『魔力濃度が高い人には認識阻害は効かない』みたいなこと言ってなかった? もしそんな人に見破られたら――」


「滅多におらんよ」


「そうなの?」


「……まあ学園では数名しかそのレベルの人間はいませんけどね」


 と、美國はお茶に手を伸ばそうとして、忍び寄ってきたの手をぱちぃん、とはたき落とした。


「あぅ、失敗、――で、す!」


 作戦(?)の失敗を悟り、一目散に逃げ出す、にぶる。


 ……今、何を?


 というか、今のにぶるは微精霊の濃度を薄くしていた、不可視モードだったのに。


「あっ、美國は見える人なんだ?」


「ええ、もちろんです。ドワーフの血もそれなりに入ってますから。ご用命とならば、人のお茶に毒を盛ろうとした悪ガキを躾けてきましょうか?」


「ははっ、そんな、まさか……」


 うちの可愛いにぶるに限って、そんな……美國のブラックジョークに違いない。

 なんでか二人ともバチバチに睨み合っているんだけど。


「でも、イヤーカフを買ってこなきゃだし……」


「こんなこともあろうかと用意しておきました」


 美國は小さな化粧箱を取り出し、ぼくに差し出した。

 立派な箱に気後れしながらも、丁重に受け取り、中を開けてみる。


 ……おお、悪くない!


 ギャル御用達のもっとゴテゴテしたものを想像していたけど、美國が選んでくれたのは、指輪型の装飾品で耳の軟骨部分を挟み込む、質素なものだった。


「イヤーカフをプレゼントする意味は『いつも一緒にいたい』だそうですよ?」


「へ~、……ん? ああ、そうなんだ。じゃあ、もう叶ってるね?」


 ぼくのたわいのないひと言に何故か、ぼぉぉん、と音を鳴らして美國は真っ赤になった。


「くっ、私を照れさせるとは……なかなかやりますね! 春空」


「……ん?」


 なんのこっちゃか、わけわからん。まあいい。


「セシルちゃん、これに認識阻害の魔法を付与してみてよ」


「構わんよ。ちょちょいのちょ~い」


「……、……、……できたの?」


 イヤーカフを装着みるけど、特に変わった様子はない。

 試しにM/Mの自撮りモードで撮影してみても、ぼくはぼくのままだ。


「うむ、ブサメンに見えるはずぢゃ。前に顔を見たものも見間違いと思うぢゃろう」


 う、う~む、とことんとんとん嘘臭い。いや、胡散臭いか。


 これで本当にブサメンに見えているのだろうか? 


 冒険者カードの時はちゃんと騙せていたようだけど、そもそも顔の見え方を変えただけで本能まで騙せるものなのだろうか?


「問題はないはずです」


 ずずず~、とお茶を啜って美國は言った。顔は、まだ仄かに赤かった。


「人が目で見て認識したものに本能が反応するわけですから、認識が阻害されれば、本能は反応することはありません。……多分」


「多分って言った!?」


「なんくるないなんくるない。この魔法をかけたネフェリムの男衆が街に下りても誰にも気づかれず平然と娘を物色できたほどぢゃ。効果は折り紙付きぢゃよ」


 セシルちゃん妖精はそう言うけど、不安は拭えない。

 冒険者カードと違い、バレたときのダメージがパないからだ。


 ……想像してみ?


 ブサメンを気取りながらも、周りからは自分の素顔が見えていたときのことを。

 まるでズボンをはいているつもりで、トランクス丸出しの阿呆ではないか!


「本当に大丈夫? バレてたら大変だよ?」


「うむ、血湧き肉躍るキャットファイトの末に血のゲリラ豪雨が降るぢゃろう」


「ダメじゃん!?」


「安心してください、春空」


 おお、美國! なにやら凄い自信だ!


「最後に勝つのは私ですから!」


「やっぱダメじゃん!?」


 おかげで明日学校に行くのがとことん怖くなった。

 ……サボっちまおか?



 次の日、学校に行ってみると女子全員にギョッとした顔をされたが、心配したようなことはなかった。どうやらイヤーカフの認識阻害魔法が上手く機能していたらしい。


 めでたしめでたし。

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