第32話 うちのメイド

「……やばい」


 貯水タンクの上に陣取り、体育座りの膝の間に顔を突っ込む。


(……顔バレしてしまった)


 素顔を晒せば否応なく目立ってしまう。

 自意識過剰かもしれないけど、スジローでの一件は例外とは思えない。

 ……どうすべきか?


「せっかくバレたわけだし、この機会に素顔を晒せばよいのではないか?」


「嫌だよ、さっきだって話したこともない女子が話しかけようとしていたし……、ほんのちょっと素顔を晒しただけなのに、目敏く見つけられて……おっ、恐ろしい!!」


「強い雄を見つけるのは雌の本能のようなものぢゃからの~」


「見た目で強い弱いがわかるの?」


「人は目が利くからの~、犬が鼻で相手の善し悪しがわかるようなものぢゃ」


「おっ、恐るべし……女の子!!」


「何よりお主は遺伝子的には優良物件ぢゃからな。おなごは放っておかんよ」


「そ、そうなの?」


「子には活性化したネフェリム因子が確実に受け継がれるから、確実に英雄や勇者の類となる。一族の栄達は約束されたようなものぢゃ。子をなさん理由はない」


「そんな、種馬じゃあるまいし……」


「……それは困りましたね。ライバルの大量生産は望むところではないのに」


「……、……ん?」


「……しかし、春空がヤリチンになれば日常的にお情けがいただけるかもしれません。独占できないのは寂しくありますが」


 顔を上げると、ぼくの隣でメイド服姿の美國が正座でお茶を啜っていた。

 美國の隣には、いつの間に顕現したのか、セシルちゃん妖精の姿。


「美國、……授業は?」


「四時限目はとっくに終わりました。春空は腹痛で早引きしたことにしておきましたのであしからず」


「あ、そうなんだ。……ありがとう」


「礼には及びません。あと、これも持ってきました」


 と、美國は教室に置き去りにしていたぼくの鞄を置いた。


「持ってきてくれたんだ。助かる~」


「あと、これも」


 と、続いて取り出したのは、下駄箱にあるはずのぼくの靴。


「なんで靴まで?」


「もちろん下駄箱で女子が待ち伏せているからです」


「――え!?」


 何が「もちろん」なのかは、さておき。


「待ち伏せ?!」


「ええ。あと、数名の女子グループが絶賛捜索中です」


「――なっ?!」


 なんのために、と言った言葉は声にはならず、ぱくぱく口を開閉しただけだった。


「もちろん、身の程も知らずに春空とお近づきになるためです」


「そこまで?!」


「現在、校舎裏や体育館、使われていないトイレにはすでに捜索の魔の手が及び、ここに向かう輩も見かけましたが、私が先んじて『いなかった』と嘯いておきました」


「さ、流石、助かる~」


「ええ、私はできるメイドなので」


「しかし明日からどうすればいいのやら……」


「開き直ってハーレムでも築いては?」


 ずずずっ、と美國は呑気にお茶を啜った。


「その末席にでも加えてもらえれば幸いです」


「ぼくにそんなコミュ力はない!!」


「大声て言うことではないと思いますが……ハーレムは男児の夢と聞きます。今こそコミュ障を克服する頑張り時なのでは?」


「いやいやいや、知らない人で築かれたハーレムって普通に地獄だよ?」


 ハーレムは確かに世界共通の男の夢だ。


 だが、想像して欲しい。


 知らない女性で構成されたハーレムというものを。

 諸兄の中には「穴さえあれば構わん」という強者もいるかもしれない。


 けど、ぼくはダメな類の人間だ。


 コミュ障だから何を話せばいいのかもわからない。

 人間不信だから何を考えているのかもわからない。

 経験がないからどう扱えばいいのかもわからない。


 雄ライオン1匹に、複数の雌ライオンという構図がまさにハーレムの最たるものだ。

 だが、ぼくの場合は、雄ライオンにはなり得ない。

 雌ライオンの群に迷い込んだインパラ……それが、ぼくなのだ。


 雌ライオンに美味しく食べられるとわかっていて、むざむざ雌ライオンの群の中に足を踏み入れるインパラがいるだろうか? いや、いない!


「とにかく知らない相手とはそう言う関係にはなれないよ」


「つまり知っている私ならよいと?」


「え? 今なんて?」


「いきなり難聴になるのは辞めてください」


 ずずず~、と美國はお茶を啜る。

 ……そういえばお昼をまだ食べてなかったな。


「……まあいいです。私はできるメイドなので春空の意向には従います。しかし現実問題として春空の正体はバレたわけですから、どうしましょうかね」


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