第31話 英雄と愚者

 3日後、授業が再開された。


 だが、クラスの雰囲気はお世辞にも良いとは言い難い。


 普通、クラスが一丸となって難事に取り組めば、否が応でも一体感が生まれるものだが、ちょうどその反対で、クラスはいくつかのグループに分かれてギスギスしている。


 具体的には、美國びくにを中心とした優等生と、陰キャ。

 対するのは、陽キャとその取り巻きの男女。


 原因はもちろん、魔王退治の一件だ。


 美國を中心に最後まで戦ったグループは結束を固めたが、真っ先に逃げ出した陽キャとその取り巻きのグループとは、修復不能な溝をこさえてしまったのだ。


 ただの喧嘩なら謝れば済む話だが、仲間を見捨てて逃げ出すなど言語道断だ。

 冒険者の卵でも許される行為ではない。


 陽キャは警備担当の冒険者を連れて戻ったことを大手柄であるかのように吹聴するけど、反応は冷ややかだ。同調するのは取り巻きの男女くらい。


 ……そりゃそうだよ。

 クラスメイトがピンチに陥ったそもそもの原因は彼らが逃げ出したことなのだから。


 今や陽キャグループの権威は目に見えて失墜し、誰もが寛容ではなくなった。


 冗談を言っても笑うのは同じグループか取り巻きの連中だけ。

 大声で話せば「うるさい!」と普通に注意された。

 誰かの席を占拠すれば「邪魔だ!」と普通に退かされた。

 大笑いしようと興味をそそられるものもいない。誰もが馬鹿を見る目で見た。


 陽キャという特権で許されていたセクハラは、ただの痴漢と見なされ、陽キャという特権で許されていた暴力は、ただの暴力に成り下がった。


 陽キャという権力を笠にした、だるい絡みに恭順するものもいない。


 彼らはたった一日で見事にクラスで孤立した。


 それでも人気者であるかのように振る舞う彼らは、売れない芸人が無理に笑いを取ろうとしているようで、哀れなようでもあり、滑稽なようでもあった。


 反対に、美國の株はストップ高を更新し続けた。


 クラスメイトを守りながら最後まで一人で戦い抜き、見事魔王を倒した美國は、……ふむふむ、なるほど、見惚れるほどの英雄っぷりだ。


 真実は、まあ闇の中に置いておくとして、そんな美國を誰もが放っておかなかった。


 朝から武勇伝を聞きに誰かしらが美國の元を訪れた。

 朝方などごった返した群衆で、なかなか教室に入れなかったほどだ。


 授業が始まってからも美國の苦労は終わらなかった。

 今度は先生方が放っておかなかったからだ。


 歴史の授業は、美國の活躍になぞらえた歴史上の英雄の話に費やされた。

 体育の授業は、美國指導の下、魔王討伐の再現を小林の前で披露した。

 国語の授業は、先生からの興味本位な質問を永遠と美國が答えて終わった。


 美國は何の苦労もないように対応するけど、ぼくが同じ立場なら、あわあわするだけで、きっと酷い醜態をさらしたことだろう。


「……おい」


(何か労った方がいいだろうか?)


 ぼくの代わりに苦労を背負い込んでいるのだから、……ん?

 今誰かに声をかけられたような気がしたけど、気のせい……ではなかった。


 いつの間にかぼくの目の前に陽キャのひとりが立っていた。


 目の前に来るまで気がつかなかったのは美國を眺めていたからだ。

 あと一時間で今日の授業は終わりだからか、より多くの群衆が美國を囲んでいた。


「おい、聞いてんのか?」


「……」


 周りの生徒の視線が、ぼくと陽キャに集まる

 冒険者の卵でも、このただならぬ雰囲気を察したのだろう。


「――何か?」


「何か、じゃねーよ、ああ~ん?」


 巻き舌で恫喝するように言われた。

 ちょっと前のぼくだったら股間のあたりがキュッとしたことだろう。

 だが、今のぼくには何でもない。

 巻き舌の変声に吹き出しそうになったほどだ。それに、


「なんなのだ?」「……ゾゾ?」「――で、す!」


 ぱんぴ~、むすぺる、にぶるの3人が陽キャを取り囲み、気が気でなかった。


「埋めるか~?」「燃やすゾ!」「沈める、――で、す!」


 陽キャの敵意を察して戦闘態勢を取る3人。

 陽キャは見えない人なのか自分のピンチに気づいた様子もない。


「おい、御珠~、お前、なんで参加しなかった~?」


 ねちっこい声でそう問い詰められた。


 ――なんで?


 阿呆か。美國が誘ってくれたのに、お前らが、拒否ったからではないか。人死にが出るとどうとか言ってさ。開いた口が塞がらないとはこのことだ。


 理不尽だ。何でこんな目に、……ああ、わかった。


 ぼくを人身御供にするつもりなのだ。


 参加しなかったぼくを生け贄にすることで、自分たちへの非難を逸らし、責められる側から責める側に取って代わろうという腹づもりなのだろう。


「おう、なんとか言ってみろよ」


 ぺちぃん、と頬を張られた。

 魔法障壁のおかげでノーダメージだ。少なくとも肉体的には。

 それよりも……何やら殺気を感じるのだが。


(――ひぇ!)


 美國だ。

 しっかり群衆を相手しながらも顔はこっちを向いていて、殺気が! 殺意が! 凄い! ギラギラに赤く輝き、今にも目からレーザーとなって発射されそうだ!


「そ、それは、きっ、きみたちが――」


「言い訳すんなや」


 ぺちぃん、ともう一発。

 陽キャの恫喝より、美國の方が気が気でない。

 群衆を吹っ飛ばして今にも飛びかかってきそう。


「こんなご大層な包帯なんて巻いてよぉ~、ロックかよ!」


「――あっ」


 布を裂く嫌な音が耳をつんざく。

 散り散りになった包帯が余所事のように宙を舞う。

 ……顔の包帯が破かれた!


 一瞬の沈黙が、次の瞬間には、驚嘆と歓声と悲鳴が入り混じった声に打ち破られた。


(ま、まずい……)


 慌てて包帯の残骸をつなぎ合わせて顔を隠す。


「お、お前、その顔……」


 陽キャがよろよろと後ずさり、震える指先でぼくを指差す。

 なにか恐ろしいものを見てしまったかのように……まあ似たようなものか。


「え、え~っと……」


 いつもの愛想笑いでやり過ごそうとしたけど、すっかり熱を持った周りの反応は、その程度のことでは冷めてはくれなかった。


 陽キャはこの世の絶望を見たような顔をした。

 反対に、周りの生徒はこの世の至宝を見つけたかのように顔をほころばせた。


 熱に浮かされたかのように呆然とするもの、素直な感情のままに黄色い声を上げるもの、ただただ愕然として口を半開きにしているもの……、多種多様な反応があった。


(に、逃げた方が良さそうだ……)


 しかし、体が動かない。周囲の視線に雁字搦めにされてしまったかのようだ。

 然もありなん、コミュ障のぼくは人に見られると動けなくなってしまうのだ。


 勇気ある女子のひとりから話しかけようという気配が滲む。


 いかん! 今女子に話しかけられたら……何が起こるんだ?! 

 だが、直感的に「不味い!」って気がする。 


 ――どっ、がぁぁぁぁん!


 そのとき、教室に破砕音が鳴り響いた。

 見れば、――美國だ。

 美國が教室のドアを素手で真っ二つにしていた。

 突然のことにクラスメイトの視線が、一気にそちらに雪崩れ込む。


(ちゃ、ちゃ~んす!)


 美國が作ってくれた隙に、ぼくは遠慮なく逃げ出した。

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