第4-3話 vsオーク

 案の定、見知った豚顔がわらわらと顔を出す。

 白い奴、黒い奴、茶色い奴……、極めつけに黒色で頭ふたつ分デカい奴。


「……あれって」


 惚けてみせるけど、このダンジョンを狩り場にしている以上、知らないはずがない。

 このダンジョンのオークを統率する魔王……オーク・サージェントだ。


「う、うそだろ……オーク・サージェントまで……」


 出会わないように細心の注意を払っていた。

 出会ったら最後、ぼくでは手も足も出ない、絶望が豚の顔をしたような存在だからだ。


「――くっ!」


 一か八か、魔力を全力でぶっ放す。


 これで、さっきはゴブリンの同士討ちを誘えた。オークもゴブリンも同じようなものから、今度はオークの同士討ちを誘えて、楽に魔王を倒せる……はず、が!


「なん、だと……?!」


 ぼくの小狡い思惑を完全無視して、オークが、オーク共が躍りかかってきた!!


「――ひぃ!」


 夢とは言え、鬼気迫るオークの形相に怖くなった、ぼくは咄嗟に小さくなって頭を守った。

 その瞬間。


 ――がちぃぃぃぃん!


「――ふぇ?!」


 ビルにトラックが激突したかのような凄まじい衝撃音と共に、躍りかかってきたオーク共が壁にぶち当たったボールのように吹っ飛んだ。


「な、にが?」


 意味がわからない。

 瞬き1回分の一瞬で、躍りかかってきたオーク共が仲良く地面に転がっているのだ。

 何かをしたわけでもないのに……。


「魔力障壁ぢゃ」


 答えたのは、セシルちゃん妖精だ。


「魔力障壁? 魔法使いの人が防御の時に使う?」


「別に魔法使いに限らずに使うが……お主のは別格ぢゃな。おおよそ認識できる物理攻撃なら、あらゆる攻撃を防げるのではないか? 通用するのは巨人の拳骨くらいかの」


「そんな、まさか……あっ!」


 ふとあることに気が付いて、ぼくは自分の頬をつねってみた。

 ……痛っ! おお! 痛いぞ! やっぱりそうだ!

 さっき壁に頭突きしても痛くなかったのは……魔力障壁を張っていたからだ!


「夢じゃなかった。よかっ……よくない!!」


 夢でないなら、オークの魔王とその手下は……。


「ひぃぃ~、これ現実?!」


 夢で見るならちょっとした悪夢で済むが、現実ならもはや絶望でしかない。


「ど、どうしよ? さっきのゴブリンは魔力を全開にしただけで勝手に自滅してくれたのに、なんでオークは襲いかかってくるん?」


「脅威と見なせば、ゴブリンは生き残るための裏切りも辞さぬが、オークにそんな狡賢さはないからの。恐怖に駆られるまま襲いかかってきたのぢゃろう」


「逆効果だった、ってことか……」


 同士討ちを狙えない、となると、はてさてどうすべきか?

 まあゴブリンの頭部を貫いた馬鹿力で殴る蹴るしかないのだけれど。


「ひとつ、魔力の賢い使い方を教えてやろう。とはいえ、さきほどから阿呆のように魔力を放出していたから、ただひと言を魔力に命じれば良いだけぢゃがな」


「阿呆って……」


 否定はできないけど、阿呆って……


「お主、確か花火は好きぢゃったよな?」


「え? なに、いきなり……そりゃ嫌いじゃないけどさ」


「ならよし」


 と、セシルちゃん妖精は満面の笑みで頷いて、


「任意の1匹に向けて指を鳴らし、ただひと言――」


「……う、うん?」


 やってみた。

 ちょうど、目が合ったオーク・サージェントに「ぱちぃん!」と指を鳴らして、


「――『爆ぜろ』ぢゃ」


「爆ぜろ……?」


 言葉の意味に小首を傾げながら、ただひと言を放った、その瞬間。


「ぶひひひっ!」


 オーク・サージェントの黒々とした肥満体が突如として風船のように膨らみ、本当に風船みたいに浮き上がった、次の瞬間だった。


「なっ!?」


 言葉通りに「爆ぜ」た。


「――なあああっ?!


 太陽のように閃光が煌めき、すべての色彩と輪郭を光に溶けて消える。

 爆音が耳をつんざいたのは、その直後。


 爆風に体を揺らされながら、ぼくはその場に立ち竦んだ。


 正直、ちびるかと思った。


 白い閃光の中で、自分の存在までも消え去るんじゃないか、と本気で恐怖した。


 やがて真っ白だった視界に色と輪郭が戻り、ほっと一息……を呑み込んだ。


 ぼく自身、魔力障壁のおかげか、閃光に目を潰されることも、爆熱に体を焼かれることも、爆風に吹っ飛ばされることもなかったけど、あたりは散々な有様だった。


 あれだけいたオークがどこにもいない。


 逃げた? もしくは吹っ飛んだ? 


 ――否だ。


 地面にオークの形をした黒い焦げ跡が無数に残されている。

 そう、奴らは影だけを残して、跡形もなく焼き尽くされたのだ。

 骨どころか、消し炭さえ残さずに。

 上位の炎魔法だって焼死体くらい残るのに……。


「なかなかに派手な花火ぢゃったな~♪」


 セシルちゃん妖精は上機嫌で言うけど、ぼくははしゃぐ気にはならない。


「な、なにが?」


「爆ぜた。爆ぜるものとなっての」


「そんな、まさかっ……いやいや、その言い方だとぼくがオーク・サージェントを爆弾に変えたみたいに聞こえるんだけど、言葉のあやだよね」


 そんなことができるはずがない、と確信を持ってぼくは問いかけた。


「いや、あやではない。言葉通りぢゃよ?」


 ところがセシルちゃん妖精の答えはあっけらかんとぼくの確信を否定した。


「そんな――」


 もっと言おうとしたところで、がくぅん、と膝が折れた。

 あれ? と思った頃にはその場に跪いてしまう。


「な、なんか……すっごく、疲れた!?」


 どこが、と問われれば、魔力だ。

 魔力が疲れる、ってぼく自身、意味がわからないが、とにかく魔力が疲れた!


「量産型魔王とはいえ、存在を『爆弾』に書き換えるのは、今のお主の魔力では荷が重かったかの?」


 にしし、と笑うセシルちゃん妖精。これは……確信犯の笑いだ!


「わかってて……いや、存在を、書き換える?!」


「左様。魔力とは、文字通り『魔』の『力』ぢゃ。魔力抵抗力の低い相手ならその存在を書き換えることなど容易い事よ。まあ普通に倒した方が楽だからお勧めしないがの」


 ならやらせんな、と言いたいのに、ぜぇぜぇ息を吸って吐くだけで言葉にならない。

 まるでフルマラソンを走ったかのような疲労感。……走ったことないんだけどさ。


「しばらく休んでおれ」


 ……い、言われなくても動けんわ!


「ハイエルフ転生に、量産型とはいえ初陣で魔王二体討伐。ハロウィンとクリスマスと正月が一辺に来たかのようぢゃ。――そうそう、春空よ、帰る前にちゃんと微精霊を回収しておくんぢゃぞ?」


「微精霊?」

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