第41話 不正解の不正解
話は前日に遡る。
「あまり厳しくしない方がよろしいのではないでしょうか?」
春空が職員室から退室するのを見計らい、国語教諭の木村がそう切り出した。
「いやいや、この程度で躓くようでは冒険者など務まりませんよ」
「ですが……」
木村は急に言葉を潜めた。
「どうしました?」
「……ご存じありませんか?」
「――何をですか?」
「生徒たちの噂ですよ」
「噂?」
「御珠春空は……その、オーク・ロードの生まれ変わり、だとか……」
「……ははっ、ご冗談を」
「しかし、東高の例もありますし……」
愉快に笑い飛ばそうとしたところで「東校」の名を上げられ、老教師は笑顔で固まった。
「まっ、まさか……あれは希有な例でしょ? 魔物が人間に転生するなんて――」
「でも、共通するところは少なくありませんよ? 東校は『ゴブリン・ヒーロー』の転生者ですが、御珠と同じで、いじめられっ子の劣等生だと言うではありませんか」
「そ、それは……」
「東校同様の傷害事件が起きてからでは遅いのでは?」
「む、むぅ~」
木村のもっともな意見に老教師は唸るほかない。
仮に御珠春空が噂通りに「オーク・ロード」の転生者で、何らかの理由で覚醒し、苛めっ子に手酷い復讐を果たしたと仮定すると、担当教諭の責任は軽くはない。
むしろ、東校の例があるのに、対応を後手に回したとなれば、担当教諭の責任は重大だ。
「由々しき事態ですな……」
と、老教師が腕を組み、背もたれに体を預けて、思案の海に旅立とうとしたところで、職員室に体育教諭の小林が入ってきた。
「小林先生」
老教諭はすぐさま小林を呼び止めた。
「どうしました? 古田先生」
かくかくしかじか、と木村を交えて先の話を説明すると、小林は顔に乾いた笑みを張り付かせた。内心の動揺を隠すための虚勢の笑みであることは明らかだった。
「はははっ、よっ、与太話ですよ。御珠に限って……そんな、あり得ない!」
「ですが、東高の生徒の例もありますし、何らかの対策……というか、予防策は必要だと思うのですよ」
とりあえず何かやっておけば怠慢と誹られることはなくなる。噂が本当で、御珠が「オーク・ロード」に覚醒しても、自分達なりに最善は尽くした、と言い訳はつく。
老教師と木村がそう説明すると、小林は「わかりました」と低く応えた。
「御珠はしばらく私が監視します。万が一、と言うこともありますからな」
心の中では「そんなわけないだろうが! 何言ってんだ、この老害と年増はっ!」と毒づきながらも小林は快諾した。
そして次の日、さっそく春空を尾行して、
「――んがっ?!」
小林は見てしまったのだ。春空が魔法でダンジョンをぶち抜くところを。
「まっ、まさか、本当に……おっ、オーク・ロードの転生体?!
驚きより先に恐怖が先立った。
――御珠に復讐される!
何せ、それだけの酷い行いをやってきた自覚がある。
冷静さを完全に失い、お得の保身に走った小林の行動力は目覚ましかった。
何の躊躇も思慮も遠慮もなしに統括冒険者ギルドに一報を入れたのだ。
こうして、本来なら悪戯として聞き捨てられるところを「ゴブリン・ヒーロー」の件もあり、とりあえず確認だけしておこう、ということでギルドの職員が派遣されたのだが、春空の目の前に最悪のタイミングで現れた2人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます