第40話 場違いな客人
「……あれ?」
春空は気がつけば石造りの回廊を進んでいた。
「どうした?」
ナビ妖精が振り返る。
「いや、いつの間にか別のダンジョンに入った?」
「ん? あ~、そう言えばそうぢゃな」
「何か既視感があるんだけど……」
「これは……城のようぢゃな。大方、ゲームとか映画で見たのではないか?」
「ああ~、なるほど! ……って、なんで城? ここ地下だよね?」
「何も不思議なことはない。ダンジョンの奥底に城があることなど、よくある話ぢゃ」
「よくはないと思うけど……」
とにかく先に進むと開けた空間に出た。
「……ここは?」
かまぼこ型の空間で、春空の第一印象は「体育館」だった。
春空たちは「体育館」で言うところの「ギャラリー」があるような高所に位置し、バスケットコートやバレーコートとして使われる床面を見下ろすと、そこには――。
「――?!」
オークだ――何十、何百という重武装のオークが朝礼で集められた学生よろしく整然と並んでいたのだ。
「おお! 今日の晩飯はトンカツが食べたくなる光景ぢゃな!」
場違いなことを言うセシルちゃん……もとい、ナビ妖精をむんずと掴み、身を低くする。
「言っている場合?!」
「やや! そこにいるのは――」
と、ナビ妖精が熱視線を向けるのは、整然と並んだ武装オークの視線の先――1段も2段と高くなった壇上で、王座のような立派な椅子に座る1匹のオークだった。
「あれは?」
「オーク・キングぢゃ」
「……え?」
春空は頭の中でその言葉を何度か反芻した。
何やら偉そうな名前だ。……実際、偉いのだろう。
武装オークの体躯を凌駕するほどの肥満体で、頭には偉そうに王冠を被り、鼻には豪奢な装飾品をつけ、前垂れ以外はほぼ真っ裸で、絨毯のようなマントを羽織っている。
「やっ、やばいやつ?」
一縷の望みを掛けて聞いてみた。
大したことないぞ、と何でもないように言われるのを期待して。
「大したことないぞ」
「――え?」
「ただのオークの上位種ぢゃ」
「ほっ、本当に?」
「うむ、最上位種であるオーク・ロードの数ある下僕の1匹ぢゃよ」
「え? え~っと、それって……オーク種で上から二番目ってことなんじゃ……」
「正確には、オーク・ロードの上には、オーク・ハイロードがいるから三番目ぢゃな」
「三番目っ――」
と、春空は叫び掛けて、咄嗟に自分で自分の口に手で蓋をした。
「よし、今日はあれを狩って帰るぞ! トンカツぢゃ!」
「冗談じゃない」
ナビ妖精に背を向け、春空はそそくさと逃げ準備を始めた。
まず黄金に逃げる旨をジェスチャーで伝え、速やかに実行に移した彼女の後ろをにぶるとむすぺるに追いかけさせる。あとは、小脇に抱えたぱんぴ~と音もなく立ち去れば――。
「……あっ!」
ぱんぴ~のため息のような声。
直後、――かんっ! と甲高い音が鳴り響く。
「あぅ~、落っことしてしまったのだ~」
――かんっ、かんっ、か~ん!
甲高い音は連続し、そして遠ざかる。春空の足下より下――その先へと。
春空は頭が真っ白になった。何が起きたのか、理解するのは簡単だった。
ぱんぴ~が舐めていた金属片が眼下のオーク共の片隅に落っこちたのだ。
甲高い音に、眼下のオークが、ぎろっ! と音を鳴らすかのように一斉に振り返る。
そのうちの何体かが春空と目が合った。オーク・キングもそのうちの1体だった。
「あるじ~、拾ってきて欲し――」
「は~はっはっはっは~、今日のところは気が進まんから見逃してやんよ!」
見つかったならば捨て台詞のひとつでも吐かねば済まされない。
ハイエルが敵を前に無様に逃げ出すなど、流儀の1つ「優雅であれ」に抵触するからだ。逆を言えば、それさえ守ればさっさと逃げてもいいわけで。
「――さらばだ! 豚共!」
マントでもあれば颯爽と翻っていたであろう案配で春空は脱兎のごとく逃げ出した。
「ぶおおおおおおお~!」
背中から大音量の濁声が迫ってくる。
春空は見逃すつもりでも、相手にそのつもりはないらしい。
「追いかけてくるぞ! 迎え撃て!」
春空の頭にナビ妖精をしがみつかせながらセシルちゃんが言ってくる。
「は~っはっはっは! ――やなこったっ!」
「トンカツ~!!」
あっという間に黄金に追いつく。
「大発見ですね! まさかこんなダンジョンの奥に隠し通路があって、まさかまさかオーク・キングがいるなんて! この情報だけで単位は十分な戦果ですよ!」
黄金が興奮気味に言ってくる。
「それは何より!」
隠し通路の壁を抜ける。
このまま《ウォーター・カッター》で開けた縦穴を登り切れば地上はすぐそこ、
「おい! ちょっと待て!」
……のはずだったが、隠し通路を抜けてから10歩も行かずに呼び止められた。
「はぃ?」
春空は足踏みしながら声の方を振り返る。
ふたりの冒険者が驚いたような顔でこちらを見ていた。
揃いの板金鎧に、揃いの兜、揃いの盾を持った、仲良し冒険者……のようだが、盾に揃えた紋章に、春空は見覚えがあった。8本の根を持つ大樹――統括冒険者ギルドの紋章だ。
「アルメリアの下僕が何用ぢゃ?」
春空の頭の上で胡座をかき、ナビ妖精が首を傾げる。
春空は足踏みを辞め、警戒心むき出しで冒険者の次の言葉を待った。
ふたりの冒険者はしげしげと春空を眺め、得心いったように頷き、
「長身、痩せ、包帯顔……、一報で聞いた情報と間違いないようだ」
うむ、とひとりに頷く。
「君が、……御珠春空か?」
「……そ、そうですが?」
「わたしは、統括冒険者ギルドの査察官、佐々森佐月だ。こちらは部下の佐久間太郎」
「はぁ……」
「匿名の一報により、君にはオーク・ロードの転生体であるする疑いが浮上した」
「はぁ、――はぃ?」
「冒険中に申し訳ないが、統括冒険者ギルド本部までご足労願いたい」
「……誰が?」
「「お前」」
と、春空はふたりに指を差された。
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