第39話 最奥の秘密

「いつもならぱんぴ~がなんやかんやとうやむやにするから、あそこまでみっともないことにはならんのに……ぱんぴ~、ぱんぴ~はどこにいったんぢゃ?」


 ナビ妖精がきょろきょろと辺りを探し出す。


「ぱんぴ~は?」


 にぶるを後ろから抱き抱えながら春空はそう問いかけた。


「あ、っち、いた、――で、す!」


 と、大穴を指差すにぶる。


「美味しそうな匂いがするって行っちまったゾ」


 と、にぶると競うように大穴を指差すむすぺる。


「あっちに行っただぁ~?」


 また喧嘩が始まろうとしたところで春空はにぶるを持ったまま穴の中を覗き込んだ。

 どれだけの階層と回廊を貫いたのか、まるであみだくじの中に迷い込んだようだった。


「ダンジョンで迷子って……洒落にならんのだが」


「だが置いていくわけにもいくまい。オークに喰われてしまうぞ」


「……しかしどうやって探せば?」


「足跡を辿るしかあるまい。土の微精霊濃度高い足跡を辿るのぢゃ」


 むぅ~、とその難解さにひとつ唸り、春空は人差し指と親指で丸を作ると、その間に魔力のレンズを張り、「土微精霊探知能力」を附与した。


「どうしました?」


 黄金が聞いてくる。


「いや、ちょっと忘れ物を――」


 レンズを覗くと、穴の奥底に向かう小さな足跡がハイライトで見えた。

 幽霊の足跡めいた不気味さだが、間違いない、ぱんぴ~の足跡だ。


「忘れ物? 一緒に探しますよ?」


「いや、大丈夫。――悪いけど、今日はここで解散で」


 とりあえず追跡を開始し、足跡を追って穴の奥底に向かう。

 そうして、10分ほど歩くと、T字路の突き当たりに行き着く。

 そこで、ぱんぴ~の足跡はぱったりと途絶えた。


「……なぜ?」


 春空はあまりの不可解さに首を傾げた。


 ぱんぴ~の足跡は真っ直ぐにT字路の突き当たりに向かっている。行き着く先にあるのは、ただの壁だ。右にも左にも曲がらずに、爪先は真っ直ぐに壁に向かっているのだ。


「消えた……」


 春空が愕然としていると、その横をひょいと通り過ぎる影があった。


「この壁、ちょっとおかしいです」


 黄金である。


「おかしい?」


 黄金がまだいたことに驚くより先に、春空はそう問いかけた。


「地層の模様が不自然です」


 黄金はそう言うが、春空には同じ岩壁にしか見えない。


「ほら、ここなんか――」


 要領を得ない春空に、黄金は懇切丁寧に説明しようとして、件の岩壁に触れた――瞬間、黄金の指先が壁の中に消えた。


「――え?」


「あれ、この壁……幻影ですよ?!」


 黄金は恐れ知らずにも今度は顔を突っ込んでみせた。


「奥に通路が続いてます」


「……まじで?」


 春空は恐る恐る壁に近づき、手を触れてみた。

 本当なら岩壁の冷たい感触が指先に触れるはず。

 だが、指先はただただ空を切った。


「うわ、本当に幻影だ……」


 害はないと見て、春空は顔を突っ込む。奥に通路が続いているのが見えた。

 魔力レンズを覗いてみると、ぱんぴ~の足跡もそちらに向かっている。


「何か嫌な予感……」


「おおむね、正解ぢゃな」


 と、これはセシルちゃん。


「幻影で通路を隠すなど、ただ事ではないぞ」


「きっとお宝でも隠してるんですよ。行ってみましょう」


 あっ、と春空が言う間に、黄金は先に進んでしまった。


「なんでポジティブ……」


「あれをポジティブと呼んで良いのやら……」


 とりあえず黄金を追いかけ、一本道の回廊を5分ほど下ると、開けた空間に出た。


「――ここは?」


 春空には見慣れない設備が整然と並んでいる。何かの作業場のようだが……。


「鍛冶場ですね」


 黄金が答えを持ってきた。


「鍛冶場?」


「大型の金敷に、大容量の溶鉱炉が、ひぃ、ふぅ、みぃ……ダース単位で置いてあります。どうやら武器工場みたいです」


「武器工場って……オークが?」


「おそらく」


「冗談、……でしょ?」


 春空は笑い出したいのを懸命に堪えながら問いかける。


 オークが鍛冶仕事など、兎と亀が徒競走したり、子蟹が猿に復讐を企んだり、犬猿雉を家来に鬼退治するのと同列の、御伽噺みたいだ、と思ったのだ。


 セシルちゃん――ナビ妖精はやれやれと肩を竦めた。


「いやいや、オークは元来、勤勉で器用だから人間にできることなら大概はやってのけるぞ?」


「……まじで?」


「実は知能もさほど低くない。下位種はただの野蛮人のようだが、それは単に教養が足りないだけで、教養が足りた上位種などの個体は立派に脅威たり得るぞ?」


「や、やばいじゃん……」


「ぢゃろ?」


「しかし、これだけの施設を揃えて何をするつもりなのか興味深いですね」


 と、溶鉱炉の中に覗きながら黄金。


「大方ろくでもないことぢゃよ」


「早くぱんぴ~を見つけて脱出しよう」


 逃げるとなると春空の行動は早い。魔力レンズを覗き、ぱんぴ~の足跡を辿る。

 辿り着いたのは武器工場からほど近い、倉庫と思しきところだった。

 棚の都合などお構いなしに壺や鉱石、金属の延べ棒が雑多に詰め込まれている。

 ぱんぴ~は……いた。ちっちゃな背中を向けて、棚と棚の間にうずくまっている。


「うまうまっ、うまうまっ」


「ぱんぴ~?」


 春空が呼びかけると、ぱんぴ~の背中がぴくぅんと揺れた。

 恐る恐るといった感じでぱんぴ~が振り返る。


「あっ、主ぃ~!」


 春空を見つけるや駆け寄ってきた。


「一体、何を――」


 春空は言いかけて言葉を失うほどにぎょっとした。

 ぱんぴ~のカボチャ頭は口元を中心に鈍色の液体でべちょべちょに濡れていたのだ。


 見方によってはチョコレートの食べ方が下手で、顔をチョコまみれにする幼子のようだが、汚す物体が鈍色となると、流石に春空とて鼻白んでしまう。


 目を離した隙に「何かヤバい物体を食べてしまったんじゃないか」と怖くなる。


「いや、本当に何してたの?!」


「これ、美味しいから主も食べるのだ~」


 と、ご機嫌に差し出されたのは――金属の板……だったものだ。

 鈍色をしていて、板チョコのような形状だが、途中から溶けてなくなっていた。


「これを……食べたの?」


 何から突っ込めば良いのか、頭がこんがらがりそうになる春空だったが、まず思い浮かんだのは「どうやって?」という素朴な疑問だった。


 触った感じはまさに金属という硬さだ。到底かみ切れそうにない。

 とはいえ、舐めたところで飴細工のように蕩けるようなものでもなさそうだ。


「美味いのだ」


 ぱんぴ~がちっちゃな舌で掬うように金属を舐める。

 同年代のお子様を持つ母親なら「ばっちいから辞めなさい」と止めるところだが……。


「――は?」


 ぱんぴ~が舐めると金属は飴細工のように蕩け、鈍色の糸を引いて口の中に消えた。

 まるでトロトロのチーズを食べているかのようだった。


「……この子の唾液は硫酸かなにかなの?」


「いや、土の精霊だからぢゃろ? こやつらは土属性由来の物質なら菓子のように喰らうからの。家ではセリアが嫌がって喰わせてなかったようぢゃがの」


「そう、だったのか……」


 春空には何となく母親の気持ちがわかった。とんでもなく可愛い子が金属を美味そうに喰らう姿は……あまりに残念すぎるものがあったからだ。


「これ、デミアダマンタイトですね」


 黄金がぱんぴ~が食するのとは別の金属の板を手に取って言った。


「アダマンタイトの粉を他の金属に混ぜて作る劣化アダマンタイトです」


「凄い奴なの?」


「いえ、凄くはないです。中級冒険者の標準装備ではありふれた素材です」


「へ~、――あ、あれ? ちょっと待ってちょっと待って! それってつまり……ここのオークの武具は中級冒険者の標準装備並ってこと?」


「あ~、なるほど! 裏を返すとそういう見方もできますね!」


「やっ、やばくない?」


「でも、さっき倒したオークはありふれた鉄製でしたよ? オーク・サージェントの方はわかりませんけど」


「誰かさんが跡形もなく吹っ飛ばしたからのぉ」


 と、意地悪く笑いながらセシルちゃん。春空は「ぐぅ~」と唸る。


「武器工場を隠しているくらいぢゃ、武具の品質を誤魔化すくらいのことはするぢゃろうが、はてさて、何やらきな臭くなってきたのぉ」


「ぱんぴ~も見つかったし、帰ろう!」


 言うが早いか、ぱんぴ~を小脇に抱える春空。


「待ってください。何か聞こえませんか?」


 黄金に言われ、春空は耳を澄ます。


 じゅる、べり、ごきゅん、じゅる、ぺろ、ぺろ、ごきゅん――


 不気味な音に、何の音か、と春空は怖くなったが、何て事はない。

 小脇に抱えたぱんぴ~が金属を喰らう音だ。


「お祭り? いえ、集会でしょうか? 複数の話し声……ざわめき……息づかい……」


「こんなところで?」


「こんなところだからぢゃろ?」と意味深にセシルちゃん。


「行ってみましょう」


「あっ――」


 と、春空が言う間に黄金は行ってしまった。


「好奇心は猫をも殺す、ってやつぢゃな」


「縁起でもない!」


 見捨てるわけにも行かず、春空は慌てて追いかけた。

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