第38話 異音

 坑道構造のダンジョンをひたすら進む。


 2人パーティなので、1人は先導役で進行方向を警戒し、もう1人は背後を警戒しながら、

 会話も最低限、足音も最低限で、慎重に慎重を期して進む。


 これが教本に基づく2人パーティの基本、……だった。


「中間試験はオークライトの採集だったのですが、初日にひとつ、オークライトを採集してからというもの、オークライトの特性を調べるのにドハマリしてしまいまして、中間試験の期間中、ず~とオークライトを研究していたんです――」


「へ、へ~……それで、何かわかったの?」


「わかりました! いや~、びっくりです! なんとなんと! オークライトは見た目が綺麗な以外は何の取り柄もない、糞屑石だったのです!」


「は、はぁ……」


 黄金はけらけら笑うが、一緒になって笑って良いものかどうか、コミュ障の春空にはわからなかったので、ただただ苦笑いでやり過ごす。


(教本とは……)


 黄金とは公園を散歩するかのような二列で進み、後ろどころか前を警戒することもない。それどころか、足音どころか、声を潜めることなく、挙げ句に談笑する始末。

 生産職科とは教科書が違うのかな? と春空は本気で心配したほどだ。


 幸い、未だに会敵していないものの、ひょっとしたらすでに発見されていて、虎視眈々と隙を狙われているのではないか、と春空は怖くなって途中で何度も後ろを振り返った。


 そのたびに、灯りの届かない薄闇の中にオークの豚顔が見えたような気がしたが、すべては春空の恐怖心が見せる幻だった。オークの鼻息どころか足音さえ未だに聞いていない。


「あっ、止まってください」


 ふと黄金は足を止め、ささっと壁に背を預けた。


「200メートル先にオークです」


「わかるの?」


「うちはこう見えてドワーフなので、坑道内の音には敏感なのです」


「ふ~……、――ん? ドワーフ?」


「曾婆ちゃんがヒューマンですが、あとはみんなドワーフです」


 場を和ませるための冗談だろうか、と春空は思った。

 ドワーフと言えば、背丈が低く、寸胴短足で、赤茶けた体色をしているものだが、黄金の体はエルフほどに均整がとれ、肌は陽の光を知らないかのように真っ白なのだ。


「……あ~、もしかして笑えばいいのかな?」


「来ます」


 押し黙ること数十秒――。

 のっしのっしと鈍重な足音を鳴らして2匹のオークが通り過ぎる。

 壁際に隠れる春空たちに気づいた様子はない。


「あれが、……オーク?」


 ごきゅん、と春空の喉が鳴る。


「……つ、強そうだ」


 オークといえば、腰布に、棍棒という原始人スタイルが、春空の中では一般的だった。

 だが、目の前のオークはどうしたことか。

 鉄の兜を被り、鉄の鎧を着て、鉄の斧を腰にぶら下げてるではないか。

 装備だけを見れば初級の冒険者と遜色ない。戦闘能力では、おそらくそれ以上か。


「こっちに気づいていない、……やっちまいましょう」


 戦鎚の長柄を両手で握りしめ、息巻く黄金。


「ほっ、本当に?」


「オーク・ソルジャー……このダンジョンでは最下級のオークです」


「あれで最下級?!」


「動きを止めますから、魔法でとどめを刺してください」


 春空が何か言うより先に、黄金が壁際から飛び出す。

 同時に、オーク2匹がこちらに気づく。慌てて鉄斧を取り出そうとして、


「――うりゃあああ!」


 黄金のロケットのようなドロップキックに2匹は重なり合うようにして吹っ飛んだ。


「んなっ、無茶苦茶な!?」


「しかし、今時のJkは凄いの!! あの無駄に重たいオークを二体同時に吹っ飛ばすとは!?」


「言っている場合か!」


 壁際を飛び出し、M/Mを起動。悠長に選んでいる暇などないので、一番最初に目についた魔法を選択。発動――むすぺるが唾を吐くように火炎弾をぺっ、ぺっ、ぺっ、と三連射。


「ぶふぉ?!」


 1発目は、ちょうど起き上がろうとしたオークの顔面を直撃。

 2発目は、四つん這いで起き上がろうとしたオークの尻を撃ち、


「ぶふぉぉ!?」


 激痛のあまり飛び上がったところで3発目がその背中で爆ぜ、衝撃で、――べちぃん! と強かに壁に叩きけられた。


(……あ、あれ?)


 うぅ、うぃ~ん、とM/Mの冷却機能が異音めいた音を鳴らして稼働し、装着下の地肌がほんのりと熱を持つ。


「流石、御珠殿! 瞬殺とはお見事です!」


「ああ、うん、ありがとう……」


 ほどなくしてM/Mから落ち着かない駆動音は消え、地肌の熱も引いていく。


(……何事?)


「上手くなったの」


「――え?」


 春空が顔を上げると、頭にナビ妖精が止まった。


「魔力の扱いに慣れてきたか? 《ファイア・ボール》を使ったときは焦ったが、あの威力ならまさか『パンプキンX』と同一人物とは思うまい」


「ああ、そういう話、か……」


「なんぢゃ? 歯切れの悪い」


 う~ん、と春空は唸る。


 黄金が動かなくなったオークに駆け寄り、物品を漁っても動き出す気配はない。

 もう死んでいるようだ。

 だが、その死体は《ファイアー・ボール》を受けたにしては綺麗すぎた。


 かつて魔王の軍勢に痛打を与えたものなら死体さえ残らずに燃え尽きるのに、オークの死体は《ファイアー・ボール》を受けた箇所が黒焦げになっている程度なのである。


「手加減はしてないんだけどねぇ……」


 というか、咄嗟だったこともあり、遠慮会釈のない全力だったのだ。


(むすぺるの燃料不足……ってわけではなさそうだけど)


 むすぺるは「ぶ~」っと愛らしく頬を膨らませてオークの死体を睨み付けている。

 黒焦げにしかできなかったことが不服なのだろう。

 春空を振り返り「燃やし足りないゾ」と物騒なことを上目で訴えかけてくる。

 春空は苦笑いで却下して、


(魔力の通りが悪い?)


 セシルちゃんに一応、相談しようとした、そのとき。


「ありました~♪」


 死体を漁っていた黄金が何かを高々と掲げてみせた。


「――何?」


「オークライトです」


 ほぃ、と手渡されたそれは青いガラスのような石だった。縁日のおもちゃ屋の屋台に並べられている装飾品の玩具のようで一目で宝石ではないとわかる安っぽさがあった。


「これがオークライト……オークを倒すとオークライトが手に入るものなの?」


「ですです。オークにとっては貨幣みたいなものなので。本来は採掘で手に入れるべきなのですが、戦闘ができるならオークから略奪した方が早いです」


「なるほど、一石二鳥ってやつか」


「――あっ、敵増援です」


「増援?!」


 あっ、と春空は失策を悟った。《ファイアー・ボール》の爆音だ――坑道構造のダンジョンでは大きな音ほど際限なく木霊するため、爆音で敵を呼び寄せてしまったのだ。


「200メートル先からこっちに走ってきてます。数5匹!」


「多いっ、撤退を――」


「なんのなんの、うちと御珠殿なら朝飯前ですよ!」


「何その謎の信頼感、――あっ、何か作戦があるとか?」


「うちが突っ込みますから、御珠殿は後方から魔法をお願いします」


「さっきと同じじゃん?!」


 言う間にオーク5匹が坑道構造奥から顔を出す。

 2匹は、先ほど倒したオークと同程度の装備から、同じオークソルジャーだとわかる。

 もう2匹はさらに軽装で弓を持っている――オークアーチャーだ。


 だが、もう1匹はオークソルジャーよりもさらに重装だった。小型の盾のような肩当てに、片手には槍、片手には大盾を持ち、モヒカンのような意匠のついた兜を被っていた。


「ま、また強そうなのが……」


「気をつけてください、オークサージェントです。オークソルジャーの上官で、あいつらを群で操り、ピンチになると角笛で増援を――」


 黄金が説明する間に、オークサージェントは腰紐に佩いた角笛を手に取り、口に運ぼうとした。


「阻止~!」


 黄金が慌てて躍りかかるのに、春空は一拍遅れて魔法を起動させた。


「にぶる!」


 またしても余裕のない展開ではあったが、《ファイアー・ボール》はまずい、くらいの頭はあった。だから、今度の魔法は《ウォーター・カッター》を選択。そして発動。


「――でっ、す!」


 気合一発、にぶるが勢いよく、ぷいっ、と首を左から右に振り回す。

 にぶるの口から発射されたジャット水流がかつての魔王同様に――否!

 にぶるの口から噴出したのは、超圧縮された糸のような水流ではない。

 大瀑布だ――数千トンもの水を湛える大瀑布が横方向に噴出し、


「ひでぶっ!」


 まずオークサージェントが断末魔と足首だけを残して消し飛んだ。


「――は?」


 オークソルジャーやアークアーチャーにいたっては何も残らない。

 それでも大瀑布の噴出は数秒ほど続き、


「……けぷっ」


 にぶるの愛らしいげっぷで終わった。


「なん、だと……」


 大瀑布が収まると、壁には巨大な横穴ができていた。大瀑布が穿ったのだろう。

 横穴の果ての果てに光が見えるのは……地上の光だろうか。

 どうやらダンジョンに地上直通の大穴をぶち抜いてしまったらしい。


「うぉい!」 


 ぺちぃん、とナビ妖精の鋭いツッコミが春空のおでこを打ち据える。


「何しとんぢゃ!! これではバレバレではないか!?」


「いやいやいや、おかしいって! だって、にぶるがあんな大量の水を――」


 にぶるが溜めておける水量は、せいぜい、彼女のお腹に収まる程度。

 到底、大瀑布を噴出できるような水量は溜められるはずがない。

 となれば、何か予期せぬ事があった、と春空は言いたかったのだ。

 と、そのときだ。

 ういいい~ん、という異音が春空の耳をついた。――M/Mからだ。おかしな音をがなり立て、不規則に激しく振動し、装着下の地肌は汗ばむほどに熱くなっている。


「むぅ、いかんな……魔力暴走を起こしておる」


「じゃあ、さっきのにぶるのは?!」


「十中八九、M/Mの魔力暴走によるものぢゃろう」


「どうしよ?」


「どうもこうもあるまい。予備も持ってきておらんから、今日のところは撤収ぢゃな。期限にはまだ余裕があるのぢゃろ?」


「うん、まだ1日目だからね」


「問題は――」


 と、ふたり揃って黄金を見る。

 黄金は大瀑布に抉られた断面をまじまじと見つめ「ほ~」とか「ふ~」とか言っていた。


「何か上手いことを言って誤魔化してこい」


「……やってみる」


 春空は音もなく、そ~っと黄金に近づいた。

 傍目からは良からぬことを企む変質者のようだった。


「凄い……最新の掘削機でもこんな綺麗な断面になりませんよ……」


「あの~」


 春空が話しかけると、黄金は「ひゃ!」と変な声を上げて振り返った。


「おお、これはこれは御珠殿! さきほどのはもしや上級魔法ですか?!」


「――え?」


「魔法には詳しくないのでわかりませんが、《だいだる・うぇ~ぶ》ってやつですか?」


「いや――」


 言いかけて、あれ? と春空は不思議に思った。


(そういえばどうしてぼくが魔法を使えることを知ってるんだ?)


 思い返せば、最初のオークソルジャーの時からそうだった。

 春空が魔法を使えることを前提とした戦術だった。

 御珠春空といえば、武器も魔法も使えない、「無能オーク」として有名なのに。


「あの~、うちの顔に何かついてますか?」


「え? あ、違っ……うん、そう……《だいだる・うぇ~ぶ》! 《だいだる・うぇ~ぶ》だよ!」


「おおっ! 流石ですな!」


 本当は上級魔法どころか初級魔法なのだが、


(……どうしてぼくが上級魔法を使えると?!)


 使えて当たり前みたいに言われるのは、流石に違和感があった。


(この子、もしかして――)


 心臓が、どぐばぐっ、と嫌なビートを刻む。


(パンプキンXの正体を――)


「御珠殿! 御珠殿!」


(もしそうなら口封じを――)


「春空! 春空!」


(でも、どうやって?!)


「御珠殿、M/Mから煙が噴いてますよ!


「――はぃ?」


 我に返ると、左手に燃えるような激痛が走った。

 ……というか、実際に燃えていた。

 左手が――ではない。燃えているのは左手に装着したM/Mだ。


「燃え、ちょ、ちょ~!?」


 春空は慌てて魔力で水を作り出そうとして、


「よせ! 酸素を消すだけで良い!」


 セシルちゃんに言われて、慌てて魔力でM/M周りの酸素をかき消した。

 ほどなくして白煙を上げてM/Mから火が収まる。


「びっ、くりした~」


 ふぅ~、と一息。


「腕、大丈夫ですか?」


「腕? ああ、こんがり焼けたけど、放っておけば治るから大丈夫」


「そ、そうですか……」


 春空は無能オーク時代に培われた負の遺産としてあらゆる痛みに耐性があるのだ。


 新しく覚えた魔法の実験と称して丸焼きにされかけたときと比べれば、腕1本の重度の火傷くらい、春空にとって何て事はなかった。


「悪いんだけど、M/Mがこんな調子だから今日のところは撤収したいんだけど……」


「ええ、もちろん、構いません」


「ありがとう。じゃあ今日のところは帰ろう」


 帰るとなれば真っ先に精霊たちが動き出す。


「オレ、1ば~ん! 水っこは、2ば~ん!」


「ま、つ、――で、す!」


 むすぺるが駆け出し、にぶるがむきになって追いかける。

 ふたりの後を、するとがよちよちと追いかけて、


(――ん?)


 にぶるが投げつけた水球を、むすぺるは後頭部に受け、もんどり打つ。

 にぶるが飛び掛かり、むすぺるに馬乗りになる。


「や~! め~! ろ~!」


 にぶるの拳から滴る雫が、むすぺるの額を打つ。復讐と呼ぶには生温い報復のようだが、やられる方はまるで硫酸でも掛けられているかのように藻掻く、足掻く。


(――あれ?)


 春空の脳裏を違和感が過った。


(……なんか足りないような)


 そうこうしている間にも、にぶるとむすぺるの喧嘩は取っ組み合いに発展し、お互いに水やら火やらをぶっかけ合う、終わりなき泥仕合の様相を呈そうとしていた。


「何しておるんぢゃ、あやつらは……むぅ? ぱんぴ~はどうした?」


「――あっ!」


 セシルちゃんに言われて、春空はようやく気がついた。

 ――ぱんぴ~がいないのだ。

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