第36話 後の祭り

 春空の自己評価は極めて低い。

 世界にとってナメクジよりも役立たずで、自分の行いには特別なことは何一つなく、別に他の人がやっても大差なくて、むしろやらない方が世界のためとさえ思っている。

 ――だから。

 カボチャを被った変人が学校を襲撃した魔王を退治した――ただそれだけの話で、こんな変人の活躍など、世間様に鼻で笑われるだけの珍事でしかない、とそう決めつけていた。

 騒動の翌日、春空が学校に行く支度を終え、1階に下りると、居間のテレビに食いつくように集まる、ぱんぴ~たち精霊の姿があった。

 教育番組でも見ているのかな? と春空は思った。違った。


「主なのだ~!」「で、す! で、す!」「ほわわわ~!」


 テレビで流されていたのは、昨日の一戦だった。


「――は?」


 学校の2階か3階からの映像で、ミノタウロス・グレートと戦う、パンプキンXの勇姿が繰り返し流され、司会者に促されて専門家があーだこーだと討論している。


「なっ、なんじゃこりゃ~!」


「なんぢゃ、殉職する刑事みたいな声など上げおって!」


「だ、だって――」


 言いかけて、春空は開いた口が塞がらなくなった。

 専用のハイチェアに行事悪く腰掛けながらセシルちゃんは朝刊を読んでいたのだが、その朝刊の一面に、パンプキンXの横顔写真がでかでかと載っていたのである。


「なっ、なんでぇ?!」


「単身で学校を救ったのだ。当然の反応ぢゃろ?」


「いやいやいやいやいや、そんな大それた事じゃないよ? そもそも、ぼく……何もしてないよ?? とどめ刺したのだってぱんぴ~だしさ」


「下僕の手柄は主人の手柄ぢゃ。にぶるの洪水も、むすぺる、するとの《ファイアー・ボール》も、ぱんぴ~の土人形も、お主の魔力ありきの活躍ぢゃしな。十分に誇って良いぞ」


「大げさすぎでしょ?!」


「そうでもない。学校がダンジョン化されていたら、暗黒神側の一大拠点となり、この街全体が危機に陥っていた。十分に勲章ものぢゃよ。それで、――どうする?」


 新聞を折り畳み、セシルちゃんが聞いてくる。

 あまりに単刀直入すぎて春空は首を傾げた。


「何を?」


「もちろん、名乗り出るぢゃろ?」


「――は?」


「その気ならセンヴルに頼んで然りべき舞台を設けてやるぞ?」


「センヴルおばさんに?!」


 センヴルとは統括冒険者ギルドの支配人――ギルドマスターのことだ。

 冒険者ギルド主体でパンプキンXの正体お披露目会をやろうというのである。

 春空の脳裏には、なんとなく結婚報告などで記者に囲まれる芸能人の姿が思い浮かんだ。


「え? いや、ちょっと……」


 目立ちたくない、という性根が先立ち、言い訳を考える春空。

 テレビ画面では、パンプキンXの活躍が何度も繰り返され、今は、にぶるの洪水が校舎から魔物を流し出す場面が流されていた。よくできたCGみたいだ、と春空は思った。


「ほっ、ほら……学校の修繕費とか……請求されると大変だから」


 苦し紛れにそう言い放つ。なかなかに悪くない言い訳だ、と春空、自画自賛。


「そんなものお主の功績から差し引いても十分にお釣りが来るわ」


「で、でも~」


「名誉を挽回し、汚名を返上する絶好の機会だと思うがな?」


「名誉? 汚名?」


 前者は久しく縁のなかった言葉だが、後者は骨の髄まで知っている言葉だ。


「無能オーク――」


「――?!」


「今こそ皆を見返すときぢゃろ? 構わん構わん、ぎゃふんとやってしまえ!」


「ぎゃふん……」


 すでに死語のような気がするが、何とも魅力溢れる言葉に思えた。


「どうする?」


 最後通告のように聞いてくる。

 春空は大いに困った。見返したいが、目立ちたくない。目立ちたくないが、見返したい。判断の天秤がぐらぐら揺れている。ごきゅん、と生唾を呑み込み、


「じゃ、じゃあ――」


 春空は微妙な笑みを浮かべるのだった。

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