第35話 決着
「なんかこっちに向かってくるんだけどぉ?!」
「ぱんぴ~に繋がっている魔力バイパスを逆行して、魔力源流であるお主に気づいたようぢゃな。だが、舐められてものぢゃ。ぱんぴ~より御しやすいとでも思うたか?」
「……ふむ」
舐められるのには慣れている。今も昔もよく舐められたものだ。そのたびに愛想笑いを浮かべてやり過ぎしてきたが、心中が平気だったことは一度だってない。
悔しくて悔しくて、でも見返すことができなくて、情けなくて、また悔しくて。
だが、今は違う。無能オークと呼ばせない、頼りになる仲間がいる、圧倒的な力がある。
「にぶる! むすぺる!」
「で、す!」「おう、だゾ!」
「……殺すな」
言葉少ない号令を出し、M/Mに素早く指を走らせる。
「春空、ご命令を」
背後で、美國が膝を折る。
春空は振り返りもせずに、ただひと言を放った。
「……逃がすな」
「――はっ!」
飛び掛かるぱんぴ~たちを文字通り蹴散らし、魔王が戦斧を振り上げる。
超重量物を、その質量に任せて、ただ叩き付けようという攻撃だ。
しかし春空は回避も防御も選ばない。
魔王はそんな春空の様子に憤った。戦きこそが魔王に対する敬意であるのに、まるでそんな様子はない。夕立にでもあったかのような立ち姿に、魔王の腕により力が入る。
魔王は憤りのまま戦斧を振り下ろした。速度も威力も雷に等しい一撃。
戦斧は春空の脳天をかち割り、臓物をまき散らしながら股下を抜け、大地を真っ二つにたたき割る――少なくとも魔王はそのつもりだった。そのつもりで戦斧を振り下ろした。
「……ぶふぉ?」
だが、実際に思い描いた軌道をなぞったのは、魔王の右腕の肘から上のみであった。
肝心要の右腕の肘から下は、戦斧に握ったまま吹き飛ばされ、今――ざしゅん! と地面に突き立った。右腕が、というより、原型を残さない、真っ黒焦げの消し炭が。
むすぺるである――むすぺるの尻尾から発射された《ファイアー・ボール》が、攻撃途中にあった魔王の右腕の肘から下を戦斧ごと吹き飛ばしたのである。
「ぶ、ぶふぉ?!」
右腕をなくした動揺を一息に沈め、魔王は残った左腕で殴りかかった。死に物狂いのようだが、すでに眼前にいる春空の顔面に大穴を穿つには十二分な威力があった。
だが、魔王の一撃はまたしても空振りに終わった。
魔王には自分の一撃が春空を通り抜けたように見えた。
もちろん、実際はそうではない。春空にそのような高等技術はない。
通り抜けたように見えたのは、直撃の寸前に魔王の左腕がなくなったから――にぶるの《ウォーター・カッター》が直撃の寸前に魔王の左腕を切り飛ばしたからだ。
「ぶっ、ぶふぉ!?」
魔王があとづさる。両腕という高すぎる授業料を払い、ようやく春空という脅威を認識したのだろう。だが、すでに遅かった。魔王の巨体が、支えを失い、忽然と沈む。
魔王は転倒を免れようと四苦八苦するが……その途中で目の当たりにしたのは、履き捨てられたブーツのように地面に直立している、自分の足だった。
魔王はこのときになって自分の膝から下がなくなっていることに気がついた。
恐るべき事に気づいた今となっても痛みも出血もなかった。
ただ、なくなっていた。
「這って逃げることもできないようにできますが?」
あやとりするように手を動かし、美國が聞いてくる。その指先には光の加減でかろうじてわかる糸のようなものがあった。糸状にまで超圧縮された魔力である。
これによって美國は逃がさないように魔王の両足をただ切断しただけではなく、血管や神経を治療し、命令に反して殺してしまわないように手心を加えたのだ。
「いや、十分だ――」
春空は、達磨となって地面を転がろうとした魔王の首を掴み取った。
「……舐めるな」
報復のひと言を吐き捨て、魔力を込める――『破裂』の魔力だ。
伊達に、と言われたので、派手に吹っ飛ばすことにした。
魔王は飛び出さんばかりに目を見開き、血のあぶくを吐きながら、苦しげに息を継ぐ。
「「「「……」」」」
と、ぱんぴ~たちが駆け寄ってきた。
ご飯時の子猫のように目を輝かせて春空を見つめてくる。
「……まあいいか」
ド派手に、と言えば、間違いではない。春空は魔王をぱんぴ~たちに放り投げた。
たちまち、ぱんぴ~たちは魔王に殺到した。
投げ込まれたエサに群がる池の鯉みたいだな、と春空は思った。
だが、すぐに自分の浅慮を後悔することになる。
「祝勝会は肉が良いな、焼き肉で良いか? ホルモンとか食べたい」
惨たらしく変わっていく魔王の様を見て、ナビ妖精はじゅるりと涎を垂らす。
同じものを見て春空はげんなりした。
「……いや、ちょっと今日は焼き肉は食べられそうにないよ」
かくして、学校をダンジョン化しようともくろんだ魔王の野望は潰えたのだった。
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