第29話 変化③
現在、春空のクラスは冷戦状態にある。
陽キャグループが、彼ら以外のクラス全員と対立関係にあるのだ。
原因は、魔王退治の一件だった。あのとき、陽キャグループが一目散に戦線を離脱したことが、クラス全員を危機に陥れたとして、問題視されているのである。
未だに表だった争いは起きていないが、スクールカースト上位を独占していた陽キャグループの権威は失墜し、逆に、ただでさえ盤石だった美國の権威は絶対的なものとなった。
ちまたでは美國が魔王を退治したことになっているからだ。
権威を失った陽キャグループは、クラスではただのやかましい問題児集団でしかなかった。
彼らの乗りに同調する者は仲間内以外にはおらず、不道徳な行いは当たり前にそしられ、あたかも世間を代表したかのような彼らの大声は冷ややかな目差しで迎えられる。
完全に孤立していた。とはいえ、クラスに数多あるコミュニティのひとつとして見れば、何の問題もない……はずであった。少なくとも彼らがその状況を容認できていれば。
彼らは自分たちの乗りを他者に強要しなければ気が済まないらしく生き物だった。
陽キャ同士で面白可笑しくやっていればいいものを、誰もが同じ乗りを謳い、自分達がその先駆でなければ気が済まなかったのである。権威はそのために必要だった。
そこで、矢面に立たされたのは春空だった。
ただひとり魔王討伐に参加していなかった春空を悪者に仕立て上げ、自分達の行いがまだマシだと、まだ許せるものだと、喧伝しようとしたのである。
「おい、御珠~、お前、なんで参加しなかった~?」
ねちっこい声でそう問い詰められた。
――なんで?
阿呆か、と春空は呆れた。びーちゃんが誘ってくれたのに、お前らが、拒否ったからではないか。人死にが出るとどうとか言ってさ。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「おう、なんとか言ってみろよ」
ぺちぃん、と春空の頬を張る。遠くで美國の殺気が増大するのがわかった。
「そ、それは、きっ、きみたちが――」
「言い訳すんなや」
ぺちぃん、ともう一発。
陽キャの恫喝より、美國の方が気が気でない。いつ手を出してもおかしくない殺気だ。
「こんなご大層な包帯なんて巻いてよぉ~」
その瞬間、美國に気を取られ、春空の反応が遅れた。
「――あっ」
布を裂く嫌な音が耳をつんざき、散り散りになった包帯が余所事のように宙を舞う。
一瞬の沈黙が、次の瞬間には、驚嘆と歓声と悲鳴が入り混じった声に打ち破られた。
(ま、まずい……)
慌てて包帯の残骸をつなぎ合わせて顔を隠そうとする春空。
「お、お前、その顔……」
陽キャのひとりが恐ろしいものを見てしまったかのように後ずさり、震える指先で春空を指差す。
「え、え~っと……」
春空はいつもの愛想笑いでやり過ごそうと思った。
いつもならこれでやり過ごせるはずだった。
ところがだ、春空の愛想笑いに陽キャはこの世の絶望を見たような顔をした。反対に、周りのクラスメイトたちはこの世の至宝を見つけたかのように顔をほころばせた。
どうにも様子がおかしい、と春空が気づく頃には、すでに遅かった。
熱に浮かされたかのように呆然とするもの、素直な感情のままに黄色い声を上げるもの、ただただ愕然として口を半開きにしているもの……、多種多様な反応があった。
(に、逃げた方が良さそうだ……)
しかし、体が動かない。周囲の視線に雁字搦めにされてしまったかのようだ。
然もありなん、コミュ障の春空は人に見られると動けなくなってしまうのだ。
勇気ある女子のひとりが、春空に話しかけようという気配を滲ませた、そのとき。
――どっ、がぁぁぁぁん!
教室に破砕音が鳴り響いた。
見れば、――美國だ。美國が自分の机を素手で真っ二つにしていた。
突然のことにクラスメイトの視線が、一気にそちらに雪崩れ込む。
(ちゃ、ちゃ~んす!)
美國が作ってくれた隙に、春空は遠慮なく逃げ出した。
これが、かれこれ2日前の出来事だ。
以来、春空のクラスでの立ち位置は劇的に変わった。
見るのも障るのも話しかけるのも憚られる腫れ物のような扱いが、見たい障りたい話しかけたい、でもどう接すれば良いのかわからない、珍獣のような扱いに変わったのである。
おかげで、授業間の休み時間は、春空にとってちょっとした拷問時間になった。
コミュ障故、話しかけられるだけでも困るのに、ハイエルフの超感覚は自分に接触を試みようという気配を鋭敏に拾ってしまうため、そのたびに恐々としてしまうのである。
(ライオンに狙われるインパラの気分だ……)
はぁ~あ、とため息。
「熱狂が収まるまで包帯は外さない方がいいかもしれませんね」
「そうだね、どんないちゃもんつけられるかわかったもんじゃないからね」
「――え?」
「――ん?」
「ああ、そういう理解ですか。流石、春空です。素敵にネガティブですね」
「どういう意味?」
「いえいえ、何も間違っていませんよ~、女の子は恐ろしい生き物ですからね~」
ずずずずっ、と大きな音を立ててお茶を啜る美國。
何を当たり前のことを? と春空は首を傾げるしかなかった。
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