第28話 変化②
(……あっ)
春空はデジャブを見ているかのようだった。
するとが、そのちっぽけな体を総動員して、むすぺるを止めようとするのも見た気がする。
違うのは、にぶるが、はしゃぎ疲れて、しゃがんでいることくらいか。
むすぺるが、にぶるの背後に迫る。にぶるは気づかない。ぱんぴ~は位置的に気づいたようだが、何も言わない。悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
むすぺるが、あと一歩というところまで、にぶるの背中に近づく。そして、腰を下ろして、にぶると同じ目線の高さになると、何を思ったか、その背中に尻尾の先端を近づけた。
むすぺるの尻尾の先端は、常になく燃え盛る火――というより炎があった。
当然、そんなものを近づければ、水の精霊とはいえ、ただではすまない。
たちまち、にぶるのカッパから水気が失せ、乾いた側から熱が広がっていく。
放っておけば、にぶるのカッパは炎に溶かされ、無残なことになるだろう。
「ん? なん、――で、す?」
異常を察したのか、にぶるが後ろを振り返る。
「おまえ、びちゃびちゃだから、かぴかぴにしてやるんゾ」
良いことをしたとばかりに、むすぺるは得意になって言うが、返ってきたのは、にぶるの拳骨だった。しかも、グーパンチ――脳天を叩き付ける金槌のような一撃。
「やめ、ろ、――で、す!」
「――うぎゃん!」
熱せられたカッパにふ~ふ~と息を吹きかけながら、にぶるが慌てて距離を取る。
むすぺるを頭を抑えて、涙目だ。
「い、いてぇぇぇ! なにしやがるんだゾ!?」
本気で、叩かれる覚えがないとばかりに、むすぺる。
これには誰もが呆れた。
「きゃはははっ、むすぺるは鳥頭だなぁ~」
みんなを代表してぱんぴ~が言ってくれた。
――そう、ふたりのこのやり取りは今回が初めてではなかった。
作成された直後、その次の日、そして今日と、実に3回目のことだった。
「はん、げき、――で、す!」
にぶるが口に含んだ水で頬を一杯に膨らませて、むすぺるに狙いを定める。
逆襲という二文字は同じだが、1回目は手ですくった水、2回目は玩具の水鉄砲ときて、3日目は口から直なので、地味にグレードアップしている。
にぶるの怒りに比例してのことなのだろう。
「や、やめろぉぉぉ~!」
むすぺるは尻餅をつき、舌足らずな声で命乞いをする。
過去に二回と状況はまったく同じだ。逆襲を喰らうとわかっているのだから、何か対応策くらい練っていないのだろうか、と春空は呆れるほかない。
1回目の逆襲でこの世の終わりみたいに泣くものだから、2回目はついつい親心で助け船を出したが、今回は生暖かく見守ることにした。学習しないむすぺるが悪い。
「やめっ、やめろぉぉぉ~!」
ちらりちらりと春空を見てくる。が、無視無視。
そうして、にぶるの口から、いよいよ水流が発射された。
むすぺるは覚悟を決めて、ぎゅっと眼を閉じる。
直後、水流がむすぺるを直撃……しなかった。熊の形をした盾がむすぺるを庇った。
じゅ~、と全身から水蒸気を上げながら、うつ伏せに倒れる、すると。
哀れ、全身の火は消え失せ、毛を毟られたかのように地肌はむき出しで、何とも痛ましい。
むすぺるは、はっとして、するとに駆け寄った。
そして、濡れ鼠……もとい、濡れ熊となったするとを抱き起こした。
「お、おのれ~。よくも、するとを~!」
自業自得問い言葉を知らないのか。こうして4回目の布石は投げられたのだった。
(……まったく、なんで同じ事を繰り返すのかな)
気づかないように悪戯を工夫するとか、逆襲への対応策を練るとか、色々あるはずなのに、と、春空が軽くため息をつくと、手元に水筒の蓋を湯飲みにしたお茶が差し出された。
「ありがと」
受け取り、ずずずっ、と一口。
「衝動なんでしょうね」
「――衝動?」
「びちょびちょしたものが許せない、だから乾かした――その場の衝動で動くから、方法も、後先も、何も考えずに行動を起こして、結局は同じような結末を辿ってしまう」
「なるほど」
もう一口。ずずずずっ。
「火の精霊のどうしようもない性なのでしょう」
ぱんぴ~が土を見ると穴を掘らずにいられないのと似たようなものだろうか? と春空は結論づけて、空になった水筒の蓋にお茶を注いでくれる彼女を見る。
春空の周りで変わったことのひとつが彼女だ。なぜか専属のメイドさんがついた。
古式ゆかしい給仕服に身を包み、しかしその顔は真っ白なお面で覆われている。
正体を明かせない事情でもあるのだろう。が、春空には丸わかりだった。
「……びーちゃんは冒険実習の準備をしなくて良いの?」
「それが、パーティメンバーがPTSDを発症してしまいまして」
「ああ、それはお気の毒に」
ずずずず、とお茶を啜る。家にあるお茶よりも断然、良質なお茶だ。
「メンバー集めと、あと、しばらく冒険は控えようと言うことで」
「成績は――」
大丈夫? と言いかけて、春空はそれが愚問である事に気づく。成績優秀な美國のことだ、何日休んでも成績表に障らないくらいの戦果はすでにキープしているに違いない。
「暇なら、わざわざぼくのお世話なんてしなくていいのに」
「とんでもない! 春空にお仕えする以上に重要な用事などありはしません! 珠城家として――いいえ! 珠城美國個人として誠心誠意、お仕えさせていただきます!」
「大げさだな~」と、春空は苦笑い。
「別に敬語じゃなくてもいいんだよ?」
「主従をはっきりさせるためのけじめですので。もちろん、メイド服を脱いでいるときは『無能オーク』と呼ばせていただきますが」
「もちろんなんだ……」
「それで、今日のご予定は?」
「う~む……」
ひとつ唸って、春空は答えに困った。
本筋は「風の精霊作成のために風の微精霊集め」なのだが、正直な話、気が乗らない。スズメにボコられたトラウマにやる気を吸い上げられて、いまいち乗る気にならないのだ。
「来月からD級の上位ダンジョンでの冒険実習が始まりますね」
春空が答えに困っていると話題を変えてくれた。できるメイドである。
だが、その話題も春空にとっては頭の痛い問題を孕んでいた。
「パーティ必須だそうですけど……メンバーは集まってますか?」
「むぅ……」
「愚問でしたね」
呆れたように言って美國は自分の水筒の蓋にお茶を注ぐ。
「他のクラスの子を当たった方が賢明かもしれませんね」
「まあ、ね……」
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