第27話 変化①
魔王討伐から3日が過ぎた。
その間、春空の身の回りで変化したことが三つある。
一つは、新たな精霊の誕生。
地球の神代に存在したと謳われる炎の国から「むすぺる」と名付けられた火の精霊は、例によってちびっ子だった。
キャミソールとペチパンツが一体となった――俗に「テデイ」と呼ばれる下着姿で、赤と橙と黄のグラデーションが眩しい、くせっ毛を短くまとめた、ボーイッシュな女の子だ。
ぱんぴ~とにぶるの例に漏れず、その顔はとんでもなく可愛いく、男役の女優のように凜としていて、猫目がちな目の奥には、紅玉のような瞳がらんらんと輝いてある。
最初のふたりと比べれば、一見、見た目がよいだけの普通の少女のようだ。
が、よく見るとやはり普通ではない。
耳はわずかに尖り、額と前髪の境には触れないとわからない程度の角が生え、お尻にはペチパンツを押しのけるようにして、魔人族の、黒い線みたいな尻尾が生えていたのだ。
しかも、先端に火がつき、むすぺるの感情によって燃え盛ったり消沈している。
(鬼人? それとも魔人?)
どっちの合いの子のような精霊だが、それよりも春空には気になったことがあった。
にぶるのときも感じたものだ。そのときは、たまたまだと思って伏せていた。
だが、流石に三度連続となると、ただの偶然ではないような気がした。
そこで、春空はかねてよりの疑問を聞いてみた。
「ねぇ、セシルちゃん……どうしてうちの精霊はみんな下着姿なの?」
ぱんぴ~しかり、にぶるしかり、挙げ句の果てにむすぺるまで、どこに出しても恥ずかしい下着姿で作成されたのだ。これはもうただの偶然とは思えなかった。
「そりゃお前さん、無防備な姿の方が、お前さんは付き合いやすかろう?」
セシルちゃんの答えは簡単だった。
「――んがっ!」
思わず春空は鼻で変な答え方をしてしまった。
「ソ、ソンナコトナイヨ?」
「無防備なら、いきなり背中を打たれて、無理矢理、囮にされることもないからの」
「――ぐぅ!」
楽しげに古傷を抉ってくる。
「人間不信の表れが精霊の姿に影響された結果ぢゃろて」
「――も、もうひとついい?」
春空はもうひとつ、かねてよりの疑問を聞いてみることにした。
「なんでみんな……その、ちびっこ?」
春空の質問に、セシルちゃんの顔から表情と呼べるものが消えた。あとには、阿呆を見る目と半開きになった口が呆れの極致を物語る。
「わからんか?」
「わからん」
「わしの口から聞きたいか?」
「きき、たい」
答えに一瞬戸惑い、それでも好奇心には抗えなかった。
セシルちゃんは「う~む」と小首を傾げ、特等席の五段重ねの座布団の上で腕を組んだ。
「本当は自分で気づくのが一番ダメージが少なくてよいのだがの……」
「――?」
「まあ一種の成長痛だと思えば、よい、……か?」
「もったいぶらないで教えてよ」
「よかろう、とくと聞け」
ごきゅん、と春空の喉が鳴る。
「お前――」
「うん」
「家族以外ぢゃ、幼女としかしかまともに話せんではないか」
「――!!!!」
今度は変な答え方はでなかった。ただただ、頭の上に雷が落ちたかのようだった。
「そんな……馬鹿なっ! ぼくを馬鹿にしすぎ!」
泡を食って言い返す。それが、図星であることを物語るのに。
「せいぜい、美國くらいか? それ以外だと同年代はもちろん、上や下相手でも、きょどるわ、どもるわ、見ているこっちの方が恥ずかしくなるわ。コミュ障もいい加減にせい!」
それが、3日前の出来事だった。
「コミュ障でもないし……」
ぶつくさ言いながら何ともなしに周囲を眺める。
場所は、学校の屋上。
タイルとの闘争に敗れたぱんぴ~は、にぶるが作った水たまりをきゃっきゃ笑いながら踏み荒らし、大波のような水飛沫から、にぶるがきゃきゃと笑いながら逃げ回っている。
楽しげなふたりを余所に、むすぺるは背中を春空に寄せて、熊のぬいぐるみと遊んでいた。
「にんちしてくれないのですか? おなかの子はあなたの子なのに」
すると、熊のぬいぐるみが身振り手振りで何かを訴えかけた。
「バカをいうな、しってるんだぜ、そいつは、やおやの子なんだろう?」
むすぺるが舌足らずな声でそう通訳する。
「ちがいます、あなたの子です」
むすぺるの訴えに、熊のぬいぐるみはぷいっと顔を逸らす。
「りこんしてくれ、もちろん、いしゃりょうは払わんがな」
自分で通訳しながら、むすぺるはさも絶望的な顔をして、
「そんな、酷い……この子とふたりでどうやって生きろと」
よよよっ、と泣く振りをする、むすぺる。
熊のぬいぐるみは葉巻を吸う振りをしてふんぞり返る。
(酷い、昼ドラだ……)
魔王退治した翌日は、春空のクラスは特別に休みだった。
恩賞で休日になった、というより、怪我人が多くて授業にならなかったからだ。
おかげで春空は家で1日ゴロゴロしていたのだが、そのとき精霊の世話をしたのは,春空の母親だった。
ぱんぴ~とにぶるは早々に母親の拘束から抜け出したようだが、春空の知るかぎり、むすぺるは、ずっと母親と一緒だった。猫可愛がりされるままだった。
大方、そのときにでも、母親の趣味の昼ドラマでも見てしまったのだろう。
「どうか、どうか、にんちしくください」
熊のぬいぐるみにすがりつく、むすぺる。それを足蹴にする熊。
「ええ~い、しつこいぞ!」
見守る春空は、内容も内容だが、熊のぬいぐるみの一挙手一投足を通訳しながら、自分も演技するむすぺるの器用さに呆れるしかない。なかなかの役者である。
ちなみに、このぬいぐるみに見える熊も、今回作成した火の精霊の――1匹だ。
一見すると、赤毛のテ○ィベアのようだが、よく見ると体の表面を覆っているのは赤毛ではない。火だ。ゆらゆらと静かに燃える火が、体毛のように表面を覆っているのである。
熊は、セシルちゃんに「すると」と名付けられた。
炎の国「ムスペル」に住む、炎の巨人の名前なのだとか。
今回、火の精霊を一度に二体も作成したのは、魔王とその配下から獲得した火の微精霊がそれほど膨大な量だったからだ。ことによると初めから中級の精霊が作れるくらい。
だが、わざわざ二体にしたのはセシルちゃんの意向だった。
「全部使って、いきなり中級じゃダメなの?」
春空が聞くと、
「火の精霊は二体でひと組が基本ぢゃ、二体いれば炎の精霊になれるからの」
春空はさらに聞いてみた。
「初めから炎の精霊を作ればよいのでは?」
「複合精霊は汎用性に欠ける。基本精霊を状況に応じて組み合わせ、複合精霊にした方が利便性は遙かに高い。ちぇ~んじ、なんとか~、って感じぢゃ」
その例えは、いまいち響かなかったが、春空は「基本精霊が多くいた方が戦術の幅が広がるのだろう」ということで理解しておいた。
ちなみに、完全に折半すると、ぱんぴ~やにぶるを作成したときの微精霊量にも劣り、中途半端な精霊が生まれるだけだったので、むすぺるに大多数の微精霊が使用されている。
具体的には、ぎりぎり低級で収まる最大量でむすぺるを、ぎりぎり低級に収まる最低量でするとを。するとが熊型で、人の言葉をしゃべることもできないのは、このためだ。
「……むぅ」
するとにすがりついた格好で、むすぺるは一点をじっと見つめたまま動きを止めた。その視線の先には、にぶるの姿。
むすぺるはやおら立ち上がると、にぶるに向けて歩き出した。
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