第24話 失敗
上手くいくはずだった。上手くいくはずの雰囲気だった。
何が悪かったのか? もちろん、全部だ。
最速で魔王を倒そうと道中の魔物をすべて無視した。
おかげで、魔王戦のときに魔物に乱入され、隊列がぐちゃぐちゃになった。
作戦会議の時、「魔王戦で乱入されたらどうするの?」と問い詰めると、陽キャグループのひとりはしたり顔でこう言った。
――魔物が乱入する前に魔王を倒せばいい。
魔王を舐めすぎじゃない? 低級のダンジョンでも魔王は魔王なのよ?
そもそも、魔王を倒せる前提で話が進んでいること自体おかしいのに、陽キャグループが大きな声で賛同すると、もうクラスで反対の声を上げるものはいなくなった。
……結果は、散々だ。
乱入してきた魔物の対処に前衛が裂かれ、一番注意しなければならない魔王の抑えに回ったのは私のパーティと陰キャグループの有志数名というていたらく。
これでどう後衛を守れというのか。
やすやすと前衛は抜かれ、後衛は大被害。後衛を立て直すために回復のリソースを裂いたために、今度は前衛の回復が遅れて、こちらも大被害。
もはや立て直し困難な戦況に、私は撤退を命じた。
我ながら実に、冴えた判断だ。
ところが、ここでも問題が起きた。
前衛の大半を担っていた陽キャグループが率先して遁走を始めたのだ。
彼らにしてみれば包囲網を貫き、退路を確保したつもりなのだろう。
前衛が残って包囲網の穴を維持してくれたのなら、まさに英断と言える。
作戦会議での失策は拭えないが、こればかりは褒めてやってもいい。
だが、陽キャグループは包囲網から抜け出すとそのままどこかに行ってしまったのだ。
これには流石の私も呆れた。しかし呆れてばかりもいられない。
遁走した前衛の代わりを後衛職でも比較的装備の厚い者や、サポーターが予備の盾を持って担い、ぎりぎりの撤退戦が続いた。
もはや魔王討伐どころか生きてダンジョンから脱出できるかどうかの瀬戸際だ。
何故か後方から魔物が現れないので怪我人をそこから逃がし、左右を即席の前衛で固め、魔王とその配下を私のパーティで受け持った。
あとは、誰かが警備の冒険者を連れてきてくれれば、勝利はなくとも敗北もない。
……そのはずだった。
次の瞬間、太陽のような魔王サンライズウィルオウィプスが燦然と輝きを発した。
それは、《オキシジェン・デストロイヤー》と呼ばれるスキル発動の兆候だった。
即座に、私はクラスメイトに酸素カプセルを飲むように指示を出した。
事前に《オキシジェン・デストロイヤー》が「一定範囲の酸素を燃やし尽くす」スキルであることは調査済みだった。準備は万端、対応に抜かりはない。
「……え?」
気がつけば、私は地面に片膝をついていた。
周りには昏倒している仲間の姿が見える。私のパーティメンバーだけではない。左右を固めていたクラスメイトも等しく地面に伏している。
「まさか……」
……迂闊だ。
酸素を燃やし尽くされるのなら、酸素カプセルで即座に補給すれば良い、一時、酸素がなくなっても、これで呼吸は確保できる、と安直に考え、高をくくっていた。
それが、まさか「一定範囲」に自分の体内の酸素も含まれるとは……。
これでは呼吸する生き物はすべからく全滅だ。
なんてデタラメ……いや、違うわね。これは当然の帰結だ。
相手は魔王なのだ。こっちの常識など構うはずがない。
「失敗ね……」
剣を杖にして立ち上がり、へっぴり腰で盾を構える。
直後、魔王サンライズウィルオウィプスは二度三度と明滅を繰り返した。
(……ああ)
これも知っている兆候だ。《インフェルノ・フラッシュ》と呼ばれるスキルの兆候で、発動すれば「周囲一帯を燃やし尽くす」と聞きかじっている。
明滅の感覚が1秒を切った瞬間に灼熱の熱波が周囲一帯を燃やし尽くすという。
まだ明滅の感覚は2秒かそこら。逃げるだけの猶予はある。
(逃げちゃおうか?)
盾から杭を突き出し、地面にしっかり固定する。
これで全員は無理だが、後ろにいる数人は直撃を免れるはずだ。
「やれやれだわ……」
この盾も、このスキルも……、彼のために用意していたのに。
もうため息もでない。
これは私の本願ではない。珠城美國の本願は他にある。
だが同時に、仲間を見捨てるという選択肢はない。
珠城家の本願のため、という大義名分があろうと、仲間を見捨てるそんな自分を彼が好きになるはずはないのだから。
「無念だわ」
サンライズウィルオウィプスの明滅がいよいよ早まる。終わりの時は近い。
眼球を焼くその光を直視しながら私は光の中に愛しい彼の顔を見た。
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