第22話 準備中

「200回忌の曾祖母の法事とやらには行かんで良いのかの?」


 セシルちゃんの皮肉に、春空は苦笑いで応えた。


「行かないよ、だって生きてるもん。今頃、ハッキングしたナビ妖精で、おやつのプリン片手にひ孫をストーキングしているはずさ」


「残念ッ! 今日のおやつはポテチぢゃ! コンソメ味ぢゃぞ! いいぢゃろ?」


「はいはい。ぼくはのり塩派だから」


 セシルちゃんを軽くあしらい、M/Mを起動させ、装備データを呼び出す。

 データ欄の上にある使用頻度の高い、いつもの装備を通り越し、下の方にある、使用頻度の低い、もしくは使用していない装備を敢えて選ぶ。


「真祖のタキシードに、夜叉王のマント……あとは――」


 由緒正しい吸血鬼の真祖が来ていたという、所々に金細工があしらわれた豪奢なタキシードに、返り血が変色して黒くなったという漆黒のマントを身に纏う。


「妙に洒落込むの? いめちぇんか?」


「うん、ちょっとね」


「魔力障壁があるから防御力を気にせずに特殊効果のある防具を選ぶと良いぞ」


「わかった、……ん~、顔を隠せる防具がないなぁ」


「なぜ、顔を隠す必要が――」


 言いかけて、セシルちゃんは何かを閃いたのか、ナビ妖精の顔が悪い顔になった。


「もう鉄の兜で良いかな?」


「主、主~!」


 ぱんぴ~に呼びかけられ、春空が生返事ついでにそちらを視界に入れると、ぱんぴ~はカボチャの被り物を、すぽぉん、と脱いで、差し出してきた。


「これを使うと良いのだ」


 満面の笑みで言ってくる。

 改めて見るぱんぴ~の素顔は、やはりとんでもなく可愛かった。どこぞのお姫様のようで、童謡を一生懸命に歌う姿をBTUBEに投稿したら、一財産築けるんじゃないか、と春空は本気で思えたほどだ。


「ありがとう。でも、これはぱんぴ~が使うといい」


 受け取ったカボチャの被り物を、すぽぉん、とぱんぴ~にかぶせてやる。


「いいのかぁ?」


「自分で造るよ」


 足下からひと掬いした土塊に魔力を込め、イメージ、イメージ。

 あれよあれよという間に、カボチャの被り物が出来上がる。


「お~、お揃いなのだ~!」春空を指差し、嬉々として言い放つぱんぴ~。


「ん~、そうだね」


 春空は苦笑い。カボチャの造形物である点では、確かにお揃いではあるが、ぱんぴ~のと比べると左右非対称で不格好だ。まあ顔を隠すという目的には十分なので、文句はない。


 本当はもうちょっと格好いい兜なんかを造りたかったのだが、悲しいかな春空の美術の成績は五段評価でお情けの「3」、即興で造れるはずもなく、案配でこうなったのだ。


「これでよし、――なにさ?」


 準備万端、さあ出発という段で振り返ると、悪い顔をしたナビ妖精が待ち構えていた。


「読めたぞい、身バレは不味いからの~♪」


 ししししっ、と意地悪に笑うナビ妖精……いや、セシルちゃん。


「何の話さ?」


「だって、ここは――」


 ナビ妖精はくるりと回りながら上昇し、広大な空間を表すように両手を一杯に広げた。


「『火の玉洞窟』ではないか!!」


「そうだよ? 火の微精霊集めには最適なところだ」


「それだけではあるまい?」


 ししししっ、とまた意地悪に笑って、


「わしはちゃ~んと聞いておったぞ?」


「……」春空の肩が、ぴくん、と揺れた。


「ここなんぢゃろ? クラスメイトどもが魔王退治に挑むというダンジョンは」


「そ、そうだったかな? 興味がなかったからよく聞いてなかったよ~、あははは~」


 春空は明後日を向いて愛想笑い。力のない笑い声が虚しく洞窟の壁に木霊する。


「確か、学校の近くにも火属性の魔物が生息するダンジョンはあったはずだが? な~ぜ、わざわざ徒歩20分も歩いてここに来たかの~? M/Mで場所まで検索してのぉ~?」


「――ぐぅ!」


「暗躍か? 暗躍するのか?」


 春空の周りをくるくる回りながら、ナビ妖精が楽しげに聞いてくる。


「はぃ?」


「のけ者にされた恨み辛みを晴らすのぢゃろ? 身バレせぬように装備まで変えての」


「ち、違うってば!」


 春空は慌てて否定する。慌てっぷりが逆に怪しくもあったが、本心である。


「では、あれか? クラスメイト共のピンチに颯爽と現れて、快刀乱麻を断つ大活躍で、クラスメイト共をぎゃふんさせるのだな? よいぞよいぞ、わし好みの展開ぢゃ!」


「いや、それもやらんつーの……ってか、なんでそんなに楽しそう?」


 実は、暗躍とか大好きなんだろうか、とセシルちゃんの本性を不安視して、そう問いかけると、セシルちゃん……正確には、ナビ妖精は「はぁ?」という顔をした。


「ひ孫の大活躍が見れるのだ、楽しくないわけがなかろう? あと、お主を馬鹿にしていた連中のぎゃふん顔が拝めるかもしれんのだ、こんなに心躍ることはない!」


「は、はぁ……」


 意外にまともな理由だった。セシルちゃんの性根が捻くれていたわけではないらしい。


「まあ、とにかくクラスメイトの活躍を見物がてら火の微精霊を集めよう、ってだけだよ。装備を変えるのは、見つかったら気まずいから、そんだけさ」


「とかいいつつ、実は~」


 にや~、とナビ妖精は愛らしい顔をJKを見つけた変質者のように歪めた。


「ないない、本当にそれだけだよ」


「まあそういうことにしておいてやろう。わしはサプライズが大好きだかな」


 くくくっ、と陰惨に笑いながらナビ妖精は洞窟の奥へと飛んでいく。

 春空はそれを呆然と見送りながら、


「いや、やらん、つーの!」


 春空の叫びは洞窟の壁に虚しく響き渡っただけだった。

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