第21話 魔王討伐
その日の教室は常になく騒がしかった。
春空が始業の10分前に登校し、自分の机につくと、聞き耳を立てるまでもなく、騒動の原因となるニュースが耳に飛び込んでくる。
曰く「隣のクラスの連中が魔王を討伐して、とあるダンジョンを攻略した」
要約すると、この一文に尽きた。
学生の身分で魔王討伐とはなんとリスキーなことを、と春空はまずそう思ったものだ。
しかし、クラスメイトの反応は違った。
いくつものパーティが、ぼくも、わたしも、と魔王討伐に意欲を見せていた。
学生の身分では到底倒せない、と認識していたものが覆ったのだ。
自分も挑戦してみたい、と思うのは、冒険者の卵なら無理もないことだった。
こうして、話し合いはトントン拍子に進んだ。
まず、どこのダンジョンの魔王を倒すかで、隣のクラスが攻略したダンジョンよりも各上のダンジョンを狙うことになった。これは単純に見栄である。
次に、誰が挑むのか、という話になり、クラスの成績上位組から選抜された面々で即席のパーティを組む、という流れに決まりかけたところで、待ったがかかった。
隣のクラスはサポート要員と交代要員を含めてクラス全員で挑んだのだから、万全に万全を期して、うちのクラスも全員で挑もう、と誰かが提案したのだ。
完全に蚊帳の外にいながらしっかりと聞き耳を立てていた春空はひとりぎくりとした。
クラス全員ということは、当然、春空も含まれる。
これは春空にとって、気まずいやら嬉しいやらで、複雑な気分だった。
ひょっとしたらハブられるかもしれない、という不安もあった。
とはいえ、春空の今日の予定はすでに決まっていた。
にぶるの性能テストついでに火の微精霊集めに火属性の魔物を狩るのだ。
だから、こうしてせっせとM/Mに良さげな水属性の魔法をインストールしているわけで。
「……増えてる」
不意にM/Mの画面が陰った。
春空が顔を上げると、美國がいた。
なぜか、美國は綺麗な顔を意地悪な老婆みたいに歪めて、春空とは別の方を見つめている。
視線の先には、窓に腰掛け、退屈そうに足をぷらぷらさせている、にぶるがいた。
ちなみに、ぱんぴ~は窓から半身以上を乗り出して「きゃははは、落ちるのだ~♪」と危なげな遊びに興じていた。落ちても死なないので春空とにぶるは完全に無視だ。
「あっ――え~っと、おはよう?」
びーちゃん、と言いかけて、春空はとっさに朝の挨拶に切り替えた。
挨拶するような間柄でもないのだが、しなければしないで何か言われそうだったからだ。
「当然、あんたも参加するのよ?」
藪から棒にそんなことを言われた。
黒板で作戦会議をしていたクラスのカースト上位連中が一斉にこちらを振り返る。
「ぼ、ぼくも?」
「全員参加だもの、当然でしょ?」
美國にぴしゃりと言われて、春空は、どんな酷いことをされるのか、という不安が先立った。荷物持ちか、囮か、肉壁か……。同時に、ちょっとだけ嬉しくなった。役立たずの「無能オーク」でも、ちゃんとクラスの一員と見なして、仲間に入れてくれることに。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
そのとき、黒板で話し合っていたイケメンのひとりが声を上げた。
「クラス全員参加と言ったが、そいつはダメだ!」
「――なぜ?」
不愉快を隠そうともせずに美國は問い返す。
イケメンは一瞬怯むが、すぐに気を取り直して、
「せっかく魔王を倒しても、死人を出したらケチがつくからだ!」
「隣のクラスは誰も死なせずに魔王を倒したんだ。俺らだってそうすべきだ!」
別のイケメンが助け船を出すと、クラス中から、そうだそうだ、と賛同の声が上がる。
春空は、否定されたことは悲しかったが、むしろ、いつも通りで安心した。無闇に期待されることもなければ、過分な評価もされない、故に望まれもしない――いつも通りの今が。
春空は、愛想笑いでクラスメイトに応えた。
それから、美國にも同じようにして、ギョッとした。
一見、クラス受け抜群のいつもの美國の笑顔なのだ。
しかし、春空の距離だからこそか、ふんふんと鼻息は荒く、こめかみにはミミズ腫れのような青筋がぴくぴくと蠢いているのがわかる。ぎし、ぎし、と響く音は奥歯が軋む音か。
怒髪天こそ突かないものの、眼は血走り、目元が剣呑な鋭さを帯びつつある。
(びーちゃん……怒ってる?)
美國は口から思い切り息を吸い、何かを言いかけた。
「さ、参加したかったけど……今日は曾婆ちゃんの200回忌だから、ちょっと無理だよ」
しかし、機先を制したのは、春空だった。
美國は呆れたように春空を振り返る。その顔は、呆れのあまり怒りを忘れたようだった。
「何を……御前ならまだご存命――」
言いかけたところで春空の意図を察したのか、美國は口を真一文字に結んだ。それから、はぁ~、と色々なものを吐き出すかのような、重い、重いため息。
「わたしのお情けにも預かれないなんて、本当にダメなオークね」
美國の力ない笑顔に、春空は困ったように笑うしかなかった。
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