第19話 ハイエルフの性

 春空の両手からようやくビームが収まり、最後に七色の雷が1つ煌めいて消えた。


「めっ、めっちゃ……魔力が疲れた」


 春空はへなへなとその場に崩れ落ちた。地面にぽたぽたと汗が滴り落ちる。

 たった数秒のことなのにフルマラソンを走りきったかのような疲労感。


「まだまだぢゃな、《試作マジ・カノン》と名付けてやろう」


「あれで……試作?」


「左様。魔力の圧縮率がまるで足りておらん。あれではスライムを消せても、より上位のものには通じんぢゃろう。ハイエルフの攻撃は常に必殺でなければならんのぢゃ」


「むっ、無茶苦茶だ……」


「まあ今日のところはよい。水属性の微精霊も想定以上に集まったからの」


「たっ、助かる~」


「それともう一仕事ぢゃ」


「――え?」


 くいっ、とナビ妖精が偉そう顎で刺したのは、


「あ……」


 ギャルだ。装備を溶かされ、半裸の状態でうつ伏せに倒れている。見たところ、五体満足で、体のどこかが破裂しているとかの怪我をした様子はない。ただ気絶しているようだ。


「まっ、まさかっ! ぼくに持って帰れと?!」


「『慈悲深くアレ』ぢゃよ。それに、人として気を失った女子を放置もできまい?」


「そりゃそうだけど……いま、凄く疲れてるんだけど?!」


「ぱんぴ~を使えばよいではないか? 例の魔法を使えばちょちょいのちょいぢゃろ?」


「持ってきてない……」絞り出すように春空は言った。


「――は?」


「家のパソコンで改修作業していたから、そのままだわ……」


 魔法プログラムの改修は、性能がよいパソコンで行った方が能率がよいため、春空は家のパソコンで改修作業をしたまま、自分のM/Mにプログラムを戻してなかったのだ。


「間抜けめっ! 準備はやり過ぎなくらいがちょうどよいといつも言ってるではないか!」


「どっちみち未完成で使えないよ」


「やれやれぢゃの」


 まったくだ、と春空は心の中で愚痴り、重くなった体でギャルに近づいた。


「……そういえば、彼女どうしたんだろうね?」


「何がぢゃ?」


「魔法が発動しないとかなんとかって騒いでなかった?」


「ああ、ただの自業自得ぢゃ」


「自業自得?」


「大方、道中でお主の悪口でも言っていたのだろう。それで、精霊がへそを曲げてしまったのぢゃ」


「なんで余所様の精霊がぼくの悪口でへそを曲げるの?」


「精霊にとって自らの生みの親とも言えるハイエルフは絶対ぢゃ。たとえ、自らの生みの親でもなくとも、その同胞の悪口など到底許せるものではないのぢゃろ?」


「へ~、なんか律儀~」


 ギャルの側で膝を折り、どこを持とうか、と何秒か思案してから手を伸ばす。


「役得とはいえ、変な気を起こしてくれるなよ?」


 ぱんぴ~に手伝ってもらい、ギャルをおんぶしようとしたところで、出し抜けにそんなことを言われた。


「小ぶりだが発育は悪くないようぢゃからな、せいぜい、感触を楽しむだけにしとくのぢゃぞ? 暗がりに連れ込んで悪さしようなどとくれぐれも思ってくれるな? な?」


「は? 何の――」


 話、と続くはずの春空の言葉は、むにゅ~、という背中の柔らかく温かい感触に遮られた。同時に、セシルちゃんの言わんとしていたことが否応なしに理解できた。


「セシルちゃん!!」


 きっとナビ妖精を睨み付ける。


「いくらモテないぼくでも気を失った女の子に何かしようとは思わないよ!?」


「本当か?」


 凄く意外そうに問い返された。


「本当、に!!」


 春空は意地になってそう答える。


「そうか、そうか。どうやらその女子は、お主が種を与えるに値せんかったようぢゃな、よかった、よかった、思わず玄孫を期待してしまったぞ?」


「玄孫って、気が早すぎ。――ってか、言い方! 『お主が種を与えるに値せんかった』って! 何様よ!」


 よっこいしょ、と春空は立ち上がる。よろめくかと思ったが、意外にも2本の足はしっかりと地面をついて、ぴくりとも動かなかった。


「間違ってはおらんよ?」


「――は?」


「現にその女子の乳を触ってもお主はむらむらせんぢゃろ?」


「乳、って……まあむらむらはしないけどさ。そういうもんじゃないの?」


「たわけっ! 年頃のオスが同級生の乳を触って、むらむらせんわけないぢゃろ! もうむらむらのむらむらぢゃ! むしろ、むらむらで済む方がおかしいのぢゃ!」


「そう、なの?」


 自信なさげに問いかける。


「古来、地球には『据え膳食わねばなんとか』という言葉があるくらいぢゃ。半裸で、発育の悪くない女子がいて、しかも周りに人の目がない。――ちゃんす、ぢゃろ?」


「なんの?」


 春空が無邪気に聞き返すと、ナビ妖精はかき氷を一気食いしたみたいに頭を抑えた。


「交合ぢゃ! しかも場所はダンジョン、何時死んでもおかしくない極限状態。本能が種の保全のために子孫を残そうと働けば、――ヤるぢゃろがい!?」


「いやいやいや、ヤんないってば、そんな……動物じゃあるまいし」


「ハイエルフも動物ぢゃ。まあ逆を言えば、お主がむらむらしないのはハイエルフだからぢゃがな」


「どゆこと?」


 スライムの残骸を探してうろうろしだしたぱんぴ~を呼び戻し、帰路につく。

 帰り道は、素直に来た道を戻ることにした。

 未踏のフロアを通ってまたスライムに絡まれるのはうんざりだった。


「ハイエルフはな、強い個体にしか欲情せんのだ」


「――は?」


「英雄、英傑、賢者……、オスのハイエルフはやたらと種をばらまきたがるものだが、寵姫として迎え入れるのは、皆そのような名だたる者ばかりだった」


「……マジ?」


「マジぢゃ。たまに娼婦や浮浪者を迎え入れることもあったが、彼女らもただもので終わったことはない。『種の強化』というべき本能でもあるのか、……わかるのぢゃ。強い子孫を残せる血筋というものが。ハイエルフにはな」


 すごい、と春空は素直に思った。直後、重要なことに気がついた。気づかされた。


(強い個体にしか欲情しない、ってことは、――まさかっ!)


「え? ってことは、強い人に出会うまで、ぼくはずっと童貞ってこと?」


「そうなるのぉ」


「もし現れなかったら――」


 言いかけた、そのとき。くいっくいっ、と春空の服の袖が引っ張られた。

 見れば、ぱんぴ~がニコニコ笑顔で春空の袖を引っ張っていた。


「ぱんぴ~が嫁になってやるぞ♪」


 恥ずかしげもなく言ってくる。逆に、春空の方が恥ずかしくなった。


「よ、よろしく~」


 こんなちびっ子の告白にさえ恥じらう春空に、ナビ妖精はやれやれと肩を竦めた。


「安心せい、一丁前になったらわしが誰かを見繕ってやるわい!」


 それから、ぼそりと呟く。


「玄孫は楽しみだが、誰彼構わずに種をばらまかれたら堪ったものではないでな」


「――何か?」


「いや、こっちの話ぢゃ」


 こうして、下半身事情までセシルちゃんに管理されることになった春空だった。


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