第18話 初めての必殺技
「スライムメシアぢゃな」
「すらいむめしあ?」
「文字通りのスライムの救世主ぢゃ。コアを完全に破壊されずに生き残ったスライムがダース単位で同じフロアにいると合体して、スライムメシアになるのぢゃよ」
「強い?」
「弱い。せいぜい、粘体が分厚くなったため、コアに攻撃が届きづらくなったくらいぢゃ。あとは、ただのスライムと変わらん」
「もしかしてだけど、ダース単位で合体したということは、あれ1体でたくさんの水属性の微精霊が手に入るのでは?」
「単純計算ではそうなるぢゃろうな」
「おおっ! 素晴らしい!」
問題は、スライムメシアと戦っているのが、あのイケメンとギャルということだ。
また難癖つけられる前に逃げるべきなのだろうが……、幸い、彼も彼女も春空に気づいた様子はない。スライムメシアに手一杯という様子。それも相当に旗色が悪い。
「おっ、おい! マリー、さっさと魔法をぶっ放してくれよ!」
「やってる! やってるけどぉ! 魔法が発動しないの!」
戦場に、2人の切羽詰まった声が木霊する。
「なんか苦戦してる?」
「かかかかっ、自業自得ぢゃ」
「――ん?」
意地悪く笑うセシルちゃんに、春空はなんこっちゃと小首を傾げる。
春空の見立てでは、イケメンがスライムメシアの注意を引き、その隙にギャルが魔法でスライムメシアのコアを攻撃する、という見事なパーティプレイのようだ。
しかし、作戦が上手くいっていないことは傍目にも明らかだった。
スライムの粘液に、イケメンの鎧は見るも無惨に溶かされていくばかりで、ギャルの魔法は、本当に魔法が使えるのだろうか、と疑わしいばかりにうんともすんともしない。
そのとき、からんっ、とイケメンの鎧から肩のパーツが乾いた音を鳴らして落ちた。
直後、イケメンの顔が泣き出しそうなほどに崩れる。
「くそっ! この鎧、いくらしたと思ってんだ!! やってられるか!!」
そして、キレた。
「あっ――」
ギャルが呼び止める間もなく、戦線から逃げ出すイケメン。残されるギャル。
「おいおい……」
春空は呆れるしかなかった。後衛を置き去りにして逃げ出す前衛がどこにいるのか。死ぬまで後衛を守るのは前衛はだろうに。ましてや女の子を置き去りにするなんて。
前衛を失った後衛の末路はすべからく悲惨なものだ。ギャルとて例外ではない。
ギャルは脱力したようにぺたんと腰を落とす。ダメ元の魔法も唱えず、ただ彼氏の去った方を呆然と見つめている。そこに、スライムメシアがうねうねとにじり寄る。
気配を察してギャルが振り返る――その眼前で、スライムメシアは大波のように屹立すると、こぽんっ、と最後に呼吸のあぶくを一つ残して、一息にギャルを呑み込んだ。
「え、えらいこっちゃ!」
慌てて駆け寄る春空。ナビ妖精も後に続く。
スライムメシアに喰われたギャルは、半透明な粘液の中で溺れるように藻掻いていた。
しかし、春空が到着し、一度だけ視線とかわすと、ギャルは1つ2つとあぶくを吐いたっきり、脱力し、動かなくなった。窒息――ではない。スライムの毒で気を失ったのだ。
「ど、どうしよ?」
ギャルの魔法使いっぽい衣装が端っこから煙のようにたゆたう。
衣装だけではなく、靴も、髪飾りも、粘液の中で形を失い、煙のように広がっていく。
「溶かされてる!?」
スライムの食事は2段階に分けられる。
第一段階は、獲物の装備品を溶かして、あまさずに栄養とすること。この段階で獲物が死ぬことはない。昏睡作用のある毒で眠らせ、酸素も肌から直接注入される。
危険なのは第2段階だからだ。第一段階で獲物の装備品を平らげると、今度は獲物の穴という穴から自身を浸透させる。そして、獲物を内部から破裂させるのである。
あとは、細切れとなった獲物をじっくりと溶かし、吸収する。
こうなると、もはや蘇生もままならない。
ギャルの状態は、まさに第一段階の初期の初期。生還の可能性は十二分にあった。
「全裸になるまで待つか?」
ナビ妖精は意地の悪い笑みを浮かべて言うのに、春空はグレートクラブを構えた。
「悪趣味」
スライムメシアの中央にあるだろうコアに狙いを定める。……が辞めた。ギャルが邪魔で打ち抜けない。このままではスライムごとギャルを吹っ飛ばしてしまう。
「ぱんぴ~――」
だから、ぱんぴ~にギャルだけ取り出して貰おう、と考えたのだが。
「きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪」
ぱんぴ~はスライムの残骸を狂ったように踏み荒らしながら無邪気に笑っていた。
ちなみに粘液洞窟に入ってからずっとこの調子だ。
スライムの残骸を見つけては、骨っこを嗅ぎつけた犬みたいに駆け寄り、今のようにぐちゃぐちゃ、ぶちゃぶちゃと踏み荒らしては、無邪気に笑っているのだ。
まるで水たまりを見つけたちびっ子みたいだな、と春空は思って、腹に落ちた。
まるで、ではない。まさに、そうだ。ちびっ子は水たまりを見つけると足踏みせずにはいられない生き物だから、まさに年格好の似たパンぴ~にもそういう習性はあるのだろう。
「むぅ……」
楽しく遊んでいるちびっ子を無理に働かせるのも気が引けたので、春空はやむを得ず自分でやることにした。防具の腕の部分だけを解除して、インナーの袖を肩まで捲る。
直接、腕を突っ込んで、邪魔なギャルを力尽くで取り除こうと思ったのだ。
「待て待て。良い機会ぢゃ、ハイエルフの奥義をひとつ教えてやろう」
恐る恐るスライムに手を突っ込もうとしたところで、セシルちゃんに止められた。
「――奥義?」
「名付けて《マジ・カノン》ぢゃ」
「んじゃ、よろしく~」
春空は適当に答え、ナビ妖精の前にM/Mを差し出す。
すると、ぱちぃん、とナビ妖精に手の平を叩かれた。
「奥義の継承がインストールが1つで済むと思うな、この戯け者っ!」
「プログラム化されてないのぉ? 今時ぃ?」
「このっ! プログラムできなっ――いや、いい。使ってみればわかる話ぢゃ」
出しかけたグーを引っ込め、ふ~、ふ~、とナビ妖精は荒く息をつく。
「プログラムなしでどう使えと?」
「M/Mを介さんで魔力操作を行う」
「……むずっ」
「必要なのは『圧縮される魔力』と『圧縮する魔力』の二種類の魔力ぢゃ、『圧縮される魔力』を砲弾、『圧縮する魔力』を砲身と考えれば、イメージしやすいかの?」
セシルちゃんの言われるまま、春空はやってみた。
まず『圧縮される魔力』を砲弾の形に整え、それを『圧縮する魔力』で囲うイメージ。
イメージにあわせて、体は自然に両腕を突き出し、両手で何かを掴むような形となる。
「ぐっ、むずっ……」
バランスがとにかく難しい、と春空は感じた。『圧縮する魔力』が強すぎれば、もう片方は力を失い、逆に『圧縮される魔力』が強すぎれば、もう片方は吹き飛ばされそうになる。
「『圧縮される魔力』に『スライムの存在消去』の魔力を附与するのを忘れるな」
「も、もう無理――」
突き出した春空の両手から七色の光が溢れ出す。
見る間にそれは、輝きを強め、勢いを増し、ついには極太のビームとなって吹き出した。
「あっ、戯け者っ! まだ早い!」
セシルちゃんが何と言おうともう遅かった。
至近距離でビームを浴びたスライムメシアは跡形もなく消え去った。
さらにビームは天井を通り抜けて、他のフロアを蹂躙した。直撃を免れようと、ビームからこぼれ落ちた光の粒子だけで、計12フロアのスライムが根こそぎ犠牲になった。
ビームは勢いを殺さないまま地表を抜けた。射線上に冒険者詰め所があった。
スライム以外には無害な光線だ。もちろん、死傷者はひとりもでなかった。
ただ、そこに蓄えられていたスライム素材が根こそぎ消失した。
大手製剤会社からの依頼品だったため、誰かが責任を取らなければならない流れになった。矢面に立たされたのは、その時その場所にいて、一番冒険者ランクの高かった小林だ。
小林は無関係を主張したが聞き入れられなかった。
その後、小林は原因を調査するため、粘液まみれになりながら粘液洞窟を何ヶ月も調査したが、結局、原因はわからず、責任を取らされることになるのだが、それはまた後の話
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