第17話 楽しいスライム退治
春空と出会したスライムの末路は、おおよそ二つに分けられた。
その場で叩き潰されるか、もしくは吹き飛ばれた先の壁に叩き付けられるか。
スライムは自身の中心にある透明なコアを破壊しなければ、いくらでも再生できる魔物であるが、春空の一撃の前では、コアが何色であろうと、どこにあろうと、関係なかった。
春空の一撃は「絶対」だった。
直撃で跡形もなく吹っ飛んだ。掠めただけで吹っ飛んだ。掠めなくとも吹っ飛んだ。
コアのあるなしなど関係なしに、スライムという存在そのものが吹っ飛んだ。
「あはははは~、た~のし~♪」
「微精霊を絞り出すのを忘れるな。この調子だと1000匹くらい倒さんといかんぞ!」
「余裕~♪ 余裕~♪」
あっという間に1フロア分のスライムを根切りにしてしまった。
意気揚々と次のフロアに向かう。
(――ん?)
先客がいた。
余所のクラスの男女のパーティ。おそらく陽キャだ。
というのも、男子は純血のエルフのような見目麗しい見た目で、燦然と輝くブランドものの鎧を身につけていたからだ。春空の価値基準では、まさに「陽キャ」そのものだ。
一方で、女子の方は……春空には判断しかねた。
肌は、夜に溶け込めるかのような焦げ茶色。髪は、毒々しい金色で、ソフトクリームのように盛り付けられ、クリスマスツリーのように装飾品で飾り付けられている。
目元だけ白に近い銀色で化粧されて、どこぞの部族の戦化粧だろうか、と春空は真面目に思ったほどだ。魔法使いっぽい装備も、防御力ガン無視で、お洒落に飾り付けられている。
「あれは、もしかして……?」
彼女を表す言葉があるとするなら、春空はひとつしか知らなかった。
「ギャル?」
春空がもっとも苦手とする人種のひとつだ。
幸い、春空のクラスは、美國の鉄壁の風紀のおかげで、ほどほどの化粧と、ほどほどの装飾を美徳とする風潮があるため、一目でそれとわかるような「ギャル」こそいないものの、だからこそ余計に目を奪われてしまう。……それが、悪かった。
「てめぇ、何、人の彼女じろじろ見てんだよぉ!!」
突然の罵声に、春空の肩がぴくぅんと震えた。
見れば、先ほどのイケメンがぜぇぜぇと肩で息をしながら大股で近づいてくる。
「友達か?」
「まさか……、知らない人だよ」
「なぜ、いきなり喧嘩腰だ?」
「あ~……」
なぜ、と問われ、春空は経験則からすぐに答えが閃いた。
見たところイケメンはスライム1匹に大苦戦していた様子。その証拠に、スライムの残骸がそこら辺に散らばり、スライムのコアを破壊するのに難儀していたことがうかがえる。
もし彼が彼女に格好良いところを見せようと考えていたのなら、それは明らかな失敗だ。
ぜぇぜぇと肩で息をし、絢爛な鎧の所々にスライムの残骸を張り付かせた様は、強敵と死闘を演じた勇者というよりは、泥濘に塗れて何とか1日を生き抜いた兵士のようである。
立派な姿ではあるが、彼女に誇れるような見栄はない。
彼氏はなんとか見栄を張りたい――そのとき、タイミング悪く現れたのが春空だ。
悪漢である春空から彼女を守れば、今さらながら姫を守る騎士を気取れるのではないか。彼氏はそう考え、無辜の春空に、不条理ないちゃもんをつけようというのである。
見た目がオークだった転生前の春空は、同じような状況でよく都合の良い悪役にされたものだから、イケメンの考えることは手に取るようにわかった。
「逃げた方がよいのではないか?」
「だね」
セシルちゃんの提案に、否やはない。
春空はセシルちゃんに無言で答え、近づかれる前に踵を返した。
「お、おい! ちょ、待てよ!」
足早に追ってはくるものの、それをまけない春空ではなかった。
ところが彼らとの縁は切れることはなかった。
別のフロアのスライムを根切りにし、別のフロアに移動すると、
「あああんっ!! てめぇ、なに追いかけてきてんだぁ!!」
また彼氏と彼女に出会した。
「なんでやねん……」
状況にツッコミを入れ、接近される前にフロアを離れる。
別のフロアのスライムを根切りにして、また別のフロアに移動する。
「おうおうおう! てめぇ! まさか、ストーカーか!!」
またまた出会した。
「どないなってんねん……」
状況にツッコミを入れ、またまた彼氏彼女から逃れた。
「どういうことよ?!」
粘液洞窟は相応に広いダンジョンだ。
増水対策として何年もの施工期間を経て完成した下水道がダンジョン化したため、街の地下ほぼ全域に渡って無数のフロアが存在し、それが地下深くにまで及ぶのである。
一度、パーティからはぐれれば、再会は「運」か「奇跡」頼みで、多くの冒険者はそんなものに頼らずに、素直に入場口で待ち合わせして、再出発か、解散するが常なのだ。
それが2フロアごとに出会うなど、奇跡か、運命としか言いようがない確率だった。
「縁が深いの~」
かかかっ、とセシルちゃんは笑う。
「悪い冗談だ」
彼氏はもちろん、彼女ともお近づきなりとも思わない。
ギャルとの付き合い方なんて皆目見当もつかないのだから。
また一つのフロアのスライムを根切りにした。
「もうそろそろいいんじゃない?」
春空はいい加減、飽きてきた。
初めは楽しかったのだが、スライムは逃げも隠れもしないので、叩き潰す行為は段々と単純作業と化して、ついには何の感情も湧かなくなってしまったのだ。
「欲を言えばもうちょっと欲しいかの」
「何匹?」
ナビ妖精はひぃ、ふぅ、みぃ、と指折り数えて、
「200匹くらいかの」
「うげぇ~……もう明日でいいよ~、明日にしよ~」
「もうひとつフロアを根切りにしてからぢゃ。そうすれば帰り際に何匹か狩れば足りるぢゃろう。ほれ、さっさと行くぞ。今日の晩ご飯は唐揚げぢゃ」
「ひゃほ~い、唐揚げ~♪」
晩ご飯の唐揚げだけを楽しみに、次のフロアに向かう。
「唐揚げ~♪ 唐揚げ~♪ から……お?」
フロア間の回廊まで響く戦闘音。
何やら嫌な予感がしてフロアの外からそ~っと中を覗いてみると、
「――んげっ!」
いた。またしても、あのイケメンとギャルだ。
ここまで「偶然」が重なれば、もはや「奇跡」というより「必然」。
春空はこの悪縁を断ち切るべく回れ右しようとして、
「ちょっと待て。様子がおかしいぞ」
「何が?」
ナビ妖精に止められ、改めてフロアの中を覗いてみた。
イケメンとギャルが戦っている。相手は、スライム……なのだが。
「――でかっ!?」
粘膜洞窟の多くのスライムは、ほとんどがバスケットか、サッカーのボールほどの大きさなのだが、イケメンとギャルが戦っているスライムはちょっとした気球ほどもあった。
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