第14話 初めての魔法

 魔法は、大きく分けて3つの種類がある。


 ひとつは、始原魔法。

 最古の魔法と言われ、魔力任せに理をねじ曲げ、超常を発生させる魔法である。

 現在では「魔法」というと、この始原魔法を示す。


 もうひとつは、精霊魔法。

 始原魔法が魔力任せなのに対して、こちらは精霊任せに超常を発生させる魔法だ。

 使える魔法は、精霊の属性次第であるため、始原魔法ほどの利便性はない。

 反面、理の反逆率――どれほどの理をねじ曲げたかを数値化したもの――を抑えられ、比例して魔力疲労も最小限のものとなる。そのため、魔力の弱い者でも使える。


 最後のひとつは召喚魔法。

 魔物や英霊、ゴーレムなどを使役する魔法で、理に反逆することなく使えるものの、特殊ジョブの固有スキルがほとんどなので、利用者は3つの魔法で一番少ない。


「まずは魔法プログラムを入れないとね~♪」


 学校の裏庭にあるダンジョン――通称「裏庭ダンジョン」について早々、春空はるんるん気分でM/Mを起動させると、インターネットを繋げ、とあるウエブサイトを開いた。


「なにをしておるのだ?」


 ナビ妖精が春空の後ろから覗き込んでくる。

 とあるウエブサイトのホームページ画面にはこうある。――「マーリンの杖」。

 国内最大級の魔法プログラム販売サイトである。

 魔法プログラムの作成者はプロアマ合わせると星の数ほどいて、出来上がった魔法プログラムをこのようなサイトに持ち寄って販売しているのである。

 人気作成者の魔法プログラムは万単位で売れ、軽く億を稼ぐこともある。


「精霊魔法用の魔法プログラムをM/Mに入れようと思って」


 しかし、最低級の魔法プログラムでも、渋沢さんが何枚も必要な値段設定である。

 低級の魔法でも、もはや渋沢さんが10枚いても足らないくらい。

 これでは1つの魔法プログラムを得るために、魔法使いは何本もヒノキの棒を折らねばならなくなる。そこで考え出されたのが「魔法プログラム・サブスクリプション」だ。


「知らないの? 月定額で低級と最低級の魔法プロブラムが使い放題になるんだよ?」


「知っておるが……いらんぞ? あるから」


「――は?」


「というか、低級の魔法プログラムくらい自分で組めば良かろう?」


 何気なくセシルちゃんが言うのに、春空は一瞬言葉を失い、口をパクパクさせた。

 ややあってから、ごきゅん、と唾を飲み込んで、


「そういうのって匠のお仕事では?」


「ある面ではな。魔力の弱いものに強力な魔法を行使させよう、と思ったら、ハゲ散らかすほどの労力が必要となる。だが、わしらはハイエルフぢゃぞ?」


「うん?」


「理など折り紙のように何とでもできる暴虐の超高濃度魔力があるから、そもそも魔力の増幅も強化も輻射も必要ない。ただプログラム通りに魔力を流すだけで、たいていの魔法は発動する。なんならプログラムがなくて発動できる。酷く疲れるがな」


「――まじで?」


「あとで家に帰ったらプログラムの組み方を教えてやろう。なんなら新しいプログラムの書き方も教えてやろうか? オリジナルの魔法なんて男の子は萌えるもんぢゃろ?」


「上手くいくとは思えないけど……」


「ま~た、そんなことを言う!」


 ナビ妖精は、折檻する代わりに、ぺちぺちと春空の額を叩いた。


「何事も試しぢゃ。まずは低級の魔法プログラムを試してみよ。使ってみて、改善点があったら自分で組んだり書いたり直せば良い。拙速であろうと何事も第一歩が大事ぢゃぞ」


「わかった~」


 春空の生返事に、ナビ妖精はも一つぺちぃんと返して、春空のM/Mに手を添える。


「いくつかインストールしておく。試してみよ」


「また人のM/Mに勝手に……」


 ぴこぉん、と電子音。M/Mの画面に「インストール完了」という通知文。

 M/Mの表示画面にまた見知らぬアプリのアイコンが増えていた。

 セシルちゃんのデフォルメ顔が、親指を立てて、ウィンクしているアイコンだ。


「無能オークと罵られたぼくが、まさか魔法を使えるようになるとは……」


 キーボード操作でアプリを起動し、表示された魔法プログラムを選ぶ。

 正直、面倒臭い。と春空は思った。

 魔法を専門とする冒険者のM/Mは音声認識か、画面を直接クリックすることで魔法を実行できるのがデフォルトなのに……、ローテクにもほどがある。


「ぱんぴ~」


 呼ぶと、近くで穴掘りしていたぱんぴ~がとことことやってきた。

 ちなみに何故穴掘りしていたかといえば「無性に掘りたかったから」だそうな。


「呼んだか~?」


 やってきたぱんぴ~はすでに一戦やらかしたみたいに土埃で汚れていた。


「やるぞ」


「お~!」


(とりあえず壁に向けて撃てば良いか)


 春空はどうにもやる気が出なかった。

 成功体験が少ないせいか、やることなすことことごとく失敗がつきまとうようで、せっかくの魔法も残念な結果に終わるに違いない、と決めつけてしまう。


「そうそう、セシリアがギルドで使わなくなったM/Mを持ってきてくれるそうだぞ」


「――まじで?!」


 春空の口から思わず大声が出た。


「終わったら、いいとこ取りのニコイチで組み直してやろう。――ほれ、お客さんぢゃ」


 春空の大声に引き寄せられ、横穴からひょっこりとゴブリンが顔を出す。


「まずは一番上の奴から、――《ストーン・バレット》!」


 音声認識機能はないので、手動で使用する魔法にカーソルを合わせ、決定ボタンをぽちっと押す。すると、


「うりゃ!」


 ぱんぴ~は足下のこぶし大の石をむんずと掴むと、ゴブリン目掛けて力一杯投げつけた!


「ぎゃぎゃ!」


 ごつぅん、と痛そうな音を鳴らして石はゴブリンのこめかみのあたりを直撃。


「……」


「……」


 ゴブリンはちゃんと痛がっているし、血も出ているのだが……。


「よっ――」


 春空は言いかけてやめた。ぱんぴ~のどや顔が何とも痛ましい。


「つ、次ぢゃ、次っ!!」


「う、うん!」


 別の魔法を選び、決定ボタンを、――ぼちっ!


「《スト-ン・シャワー》!」


 空に巻き上げた飛礫で、上空から広範囲を攻撃する魔法だ。

 ゴブリン1匹に使うには、威力も、範囲も、役不足ではあるが、


「うりゃ~!」


 ぱらぱらぱらとゴブリンの頭に土埃と砂利が舞い落ちた。

 何が起きたのか。何て事はない。

 ぱんぴ~が、両手で掬い上げた土を、ゴブリンに向けて勢いよく投げつけたのだ。

 ゴブリンに目を瞑らせ、咳き込ませる大金星に、ぱんぴ~は眩しいくらいのどや顔。


「……」


 春空は無感情のまま次の魔法を選んで決定ボタンを押した。

 選んだ魔法は《ストーン・スパイク》。

 地面から棘状の岩を突き出し、対象を串刺しにする殺傷力の高い魔法だ。


「《ストーン・スパイク》……」


 覇気なく言い捨てた、次の瞬間。

 ぱんぴ~の姿が消え、間を置かずにゴブリンの足下からぱんぴ~が飛び出し、


「うりゃぁぁぁ~!」


 可愛らしい気合の声を上げて、ゴブリンの顎にアッパーカットを食らわせた。


「……魔法ってこんなんだっけ?」


 ぱんぴ~が消え、あとにはゴブリンの顎を痛打した棘状の岩が残る。

 ゴブリンは……健在だ。顎を押さえて、元気よくもんどり打っている。


「まあ精霊が見えるとこんなもんかもしれんな……」


 ナビ妖精は何かを述懐するように言うと、うんうんと自分を納得させるように頷く。


「思っていたダメよりかはましだけど……」


「ちなみにどんなのを想像していた?」


「いや、期待させるだけ期待させて、魔法が一切発動しないパターンかと……」


「卑屈っ!! もうちょっと明るい未来を想像できんのか、この若者は!?」


「発動するだけよかったけど……何が悪い? ぼく?」


「いや、明らかにアレが悪い」


 アレ、と穴掘りを始めたぱんぴ~を顎で差す。


「どうにかできないの?」


 無能オークの配下が残念精霊とは、なんともお似合いだ、と春空はほの暗く思うものの、なんとかできるものならなんとかしてあげたい、と前向きにも思うのだった。


「同属性の微精霊を喰わせれば成長するが――」


「んじゃ、適当にそこら辺のゴブリン絞めてくるよ」


「まあ待て。このままでは精霊作成を勧めたわしの面目が丸つぶれだから、最後にひとつだけ試してみてくれ」


 ナビ妖精の手が春空のM/Mに触れ、また新たな魔法プログラムがインストールされる。

 M/Mの画面にはこうあった。――《クリエイト・ゴーレム》インストール完了。


「《クリエイト・ゴーレム》?」


 春空が疑わしげに問いかけるのに、ナビ妖精はない胸をエッヘンと張った。


「ゴーレムを作り出す魔法ぢゃ!」


「そのままじゃん」


 しかし、と春空は思う。残念イベントの最後にわざわざインストールさせるくらいだから、セシルちゃん肝いりの魔法なのだろう。ちょっとは期待できるかもしれない、と。


「ダメ元で使ってみよう」


「ダメ元言うなっ!」


 セシルちゃんの突っ込みを捨て置き、魔法を起動させる。


「低級とはいえ作り出したゴーレムはその質量そのものが武器になるからの。ゴブリンくらい、訳なく、捻り、潰し、て……しま、う――」


 セシルちゃんの声が段々と小さくなっていく。

 同時に、ナビ妖精はあわあわしだした。

 魔法発動と共に、春空の前に現れたのは、岩の塊のような巨魁のゴーレム、……ではない。ぱんぴ~である。実体を持たないぱんぴ~が、土塊で実体を得たぱんぴ~だ。

 しかも、その数は1体や2体ではない。

 見る間に、3体、4体と数を増やし、ついには5体を数えて打ち止めとなると、


「「「「「や~ってやるのだ!!」」」」」


 5体が5体、同じ声で、同じ言葉を叫び、競争するかのようにゴブリンに殺到した。

 そして、――ごきっ、べきっ、がぎっ、という歪な音が、あっという間にゴブリンの矮躯を隠した、その小さな背中の向こうから聞こえてくる。


「「「「「勝ったのだ~!!」」」」」


 歪な音が止むと、ぱんぴ~たちは競うように勝ち鬨を上げた。


「「……」」


 春空とナビ妖精は顔を見合わせ、どちらともなく頷き合う。

 それから、ぱんぴ~たちのところに恐る恐る近づき、


「「……ひぇ!」」


 ひ孫と曾祖母は揃って同じ声を上げた。

 ぱんぴ~たちに囲まれてあったのは、かろうじて人の形に集められた挽肉だった。

 筋肉も脂肪も内蔵も皮も骨も一緒くたに混ぜ合わされ、血溜まりに沈んである。

 元凶であるぱんぴ~たちは、当然のようにみんな返り血まみれだ。

 手に持った石はぼこぼこに崩れ、血糊でべったりを汚れ、カボチャのかぶり物はコミカルさを返上し、血を滴らせる様はお化け屋敷御用達のホラーに仕上がっていた。


「す、すまん……まさかここまでへっぽこだったとは……」


 低級の精霊でも戦力となる巨魁のゴーレムが、ちびっ子5体になったのだ。

 セシルちゃんにとっては青天の霹靂に違いない。

 一方、春空は肩の良い顎に手を添え、ぱんぴ~たちをじ~ッと見つめている。

 ぱんぴ~たちも一時も春空から目をそらさず、まん丸おめめでじ~と見つめ返す。


「あ、呆れておるのか?」


「いや、これは凄いよ」


「は? いや、そんなことはないぢゃろ? 本来の仕様をガン無視した結果なのぢゃぞ?」


「結果だけ見れば、巨大ゴーレムでゴブリンを潰したのと変わりないよ」


 むしろ巨大ゴーレムよりも丁寧に、執拗に、そして完膚なきまでに殺してさえいるのだ。


「どうして5体だけなんだ?」


 春空の問いに、ぱんぴ~たちは揃って小首を傾げた。


「5体が今の限界なのかな?」


「「「「「出したかったけど、出せなかったのだ」」」」」


(出せなかった? ということはプログラムの問題かな?)


 ふむ、と春空は鼻息を一つ漏らし、肩の良い顎に手を添え……ようとしたら、ナビ妖精が視界に割り込んできた。思考の海に片足を突っ込んだまま、考えが中断された。


「さっきから何を企んでおるのだ!!」


「……きっと上手くは行かないと思うけど、ひとつ思いついたことがあるんだ」


「なんぢゃ?」


 かくかくしかじかと春空は思いつきを語った。


「目から鱗ぢゃ!」


「プログラムを弄ってみたい。組み方と書き方を教えて。もちろん、簡単な奴から」


「お安いご用ぢゃ!」


 春空の申し出を快諾すると、ナビ妖精は「うむうむ」とご満悦な様子で頷いた。


「お主もようやくやる気を取り戻せたようぢゃな!」


「試しにやってみたいだけだよ。期待しないで」


「よいよい♪」


 何やら妙な期待をさせてしまったことに、春空はやれやれと肩を竦めるしかなかった。

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