第13話 元凶(?)
学友と教室でお昼がてら午後の冒険実習のことを話し合い、入念に準備を整える。
回復魔法があるといえ、回復薬を忘れず、状態異常に対するあらゆる薬の類を必要不必要を問わずにポーチにしまい、ダンジョン毎に優先される薬をすぐ取れる位置に配置する。
投擲用のナイフの切れ味を確認してからベルトに佩かせ、緊急時用の閃光弾と音響弾の使用期限を確認し、使用期限が過ぎていれば破棄、使用期限間近でも破棄する。
主に、撤退の時に使われるので、万が一にも「動作不良」は許されないためだ。
武器や防具はM/Mから展開させれば、新品同然であるため、学校では確認しない。
ダンジョン内で装備したときに、留め金の緩みなどがないかを確認する程度だ。
「これでよしと」
いつも通りの作業を完璧にこなし、
今日のダンジョン行きのバス発着には、まだ時間があるため、学友たちは「新しい魔法プログラムを入れた」だの、「新しいスキルを試したい」だの、おしゃべりに余念がない。
美國は彼女らの様子を一瞥してから、窓から何気なく校庭を見下ろす。
ダンジョンに向かう学生に混じって見知った包帯頭が目についた。
(……はぁ)
美國の口から悩ましげなため息が漏れる。
(本当なら、――んんんっ?)
脱力感に抗えず、机に頬杖をつこうとした、そのとき。
弾かれるように体を起こし、美國は目をまん丸と見開いた。
「どした? 美國」
気になった学友が近づいてくる。
「あっ、無能オークだ!」
美國は包帯頭から学友に視線を移し、その横顔をまじまじと見た。
「な、なによ?」
「それだけ?」
「――え?」
「無能オークだけ?」
「ナビ妖精も連れているわね、無能オークのくせに、キモっ!」
「……」
どうやら見えていないらしい、と美國は結論づけた。
そう、美國にははっきり見えていたのだ。
包帯頭が連れている、カボチャ頭の子供を。
(まさかっ……取り憑かれた?)
カボチャ頭の子供は半透明で、向こうの景色が透けて見えた。
だから、美國はゴースト系の魔物を疑ったのだ。だが、すぐに思い直した。
そもそも、実体を持たないゴースト系の魔物はダンジョンから出ることはない。
実体という肉の盾を持たないゴースト系の魔物は、ダンジョンの外に出た途端、暗黒の霧の発生を防いでいる女神の力によって浄化され、消滅させられてしまうからだ。
「なになに、どうかしたの?」
他の学友も集まってくる。
「無能オークがナビ妖精を連れて歩いてるの! きも~!」
「「「きも~!」」」
その場に春空がいたら泣きながら教室を飛び出したであろう大合唱。
一方、ひとり思案に明け暮れていた美國はひとつの結論に辿り着いていた。
(まさかっ……精霊?)
少なくとも昨日までの春空は精霊を従えていなかった。今朝だってそうだ。
(まさかっ、まさかっ、まさかっ……本当に?!)
美國は勢いよく立ち上がり、「きも~!」を連呼する学友を軽く睨めつけた。
学友はそんな美國に驚いて、強がるように愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「あんたたち、そんな『キモいキモい』言ってると呪われるわよ?」
「え? のろ……じょ、冗談でしょ? こ、ここっ、ここからじゃ聞こえないわよ!」
「バカね、聞こえたか聞こえなかったじゃないのよ、言ったか言わなかったかよ。オークの結界は学校全域に及ぶから、あ~、あ~、お可哀想に、『キモ豚』の呪いが発動するわ」
「きっ、『キモ豚』の呪い?!」
ごきゅん、と誰かの喉が鳴った。
「そうよ、朝起きると醜いアグー豚となって家中の食料を食い散らかす呪いよ」
「うっ、うそ! そんなの聞いたことないわ!」
「当然よ、珠城家が全力で隠蔽しているもの。ちなみにその呪いにかかった者の末路、知りたくない? アグー豚ってしゃぶしゃぶにすると美味しいらしいわね?」
「ま、前々から思っていたんだけど……」
ひとりが恐る恐る口を開く。
「あの無能オークにそんな呪いを発動できるわけなじゃない! あんなに無能なのに!」
必死な訴えを、しかし美國は鼻で笑った。
「バカね、あれがただの無能オークだと思っているの? 理由もなくあれほど無能だと?」
「どっ、どういう意味よ?」
「あれの前世は『オークキング』よ」
美國のひと言に、学友は言葉を失い、ただ恐怖に目をまん丸とした。
「前世で悪行の限りを尽くした『オークキング』に罰を与えるため、女神様が人間に転生させて、ありとあらゆる能力を奪ったの。でも、呪いだけは奪いきれなくて――」
さも「恐ろしいことを言ってしまった」とばかりに美國は口元を隠し、目を伏せる。
美國のそんな様子に、ある者は堪えきれずに泣きだし、またある者は膝から崩れ落ちた。
「あたしたち……アグー豚になるの?」
「大丈夫よ、大切な友達をアグー豚になんてさせないわ!」
美國のひと言に、学友は顔を上げ、女神に出会ったかのようにその目を輝かせた。
「珠城家が全力で解呪するわ! だから、あなたたちはアグー豚にはならないわ!」
「珠城さんっ!」「たま~!」「美國ぃぃ~!」
感激に学友たちは美國に身を寄せ、ぐずぐずと泣きじゃくる。
美國は彼女らの背中を慰めるように優しく叩きながら、
(……ちょろいわね)
人知れず口元に残酷な三日月を浮かべる美國だった。
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