第12話 初めての精霊

「魔法?」


 気づけば顔を上げていた。


「魔法を覚えられるの? ぼくが?」


「当たり前ぢゃろ? 超高濃度魔力は伊達ではないのだから」


「まじか……」


 セシルちゃん妖精に断言されても、まだ信じられない。

 ぼくが魔法を使える日が来るなんて……夢には見たけど、所詮は、夢と諦めていた。

 魔法に憧れなかった日はない。

 非力を嘆いたとき、火魔法のひとつでも使えればと、どれだけ切望したことか。

 贅肉を呪ったとき、肉体強化の魔法があればと、どれだけ渇望したことか。

 ソロで寂しくなったとき、従魔の1匹でもいればと、どれだけ焦がれたことか。


「魔法で効率的に使ってこそ自慢の超高濃度魔力も生きるというものぢゃからな」


「ど、どんな魔法を?」


 ずずいとセシルちゃん妖精に近づく。


「まずは基本の基本『精霊魔法』ぢゃな」


「じゃあ精霊を買いに行かないとだね……あ~、お小遣い足りるかな?」


 精霊魔法の大元となる精霊の入手方法は大きく分けてふたつ。


 ひとつは街の魔法品量販店で購入する方法。


 色んな属性の精霊が比較的簡単に手に入る反面、1体のお値段は血統書付きの小型犬ほどもするので、学生のお財布事情ではおいそれと手に入るものではない。


 先祖代々魔法使い一家という家柄なら親兄弟が支配する精霊を使い回せるが……。


「うちに精霊って……いないよね?」


「みんな自立して出て行ったの。家にとどめておく理由もなかったしの」


「あ、いるにはいたんだ……」


 もうひとつの方法は野良の精霊を捕まえる方法。


 捕獲用品に費用はかかるが、購入よりは安価に手に入る反面、捕獲からその後の支配まで相当な難易度が要求される上、相性の良し悪し次第ですべてが無に帰す地雷付き。


 相性が悪いと、言うことを聞いてくれないだけでなく、隙あらば支配から逃れようと反逆してくるらしい。嘘か誠か、有名魔法使いの死因の第一がこれらしい。


「お母さんにお小遣いの前借りとかできないかな?」


「別に購入する必要はないぞ? 造ればいいんじゃからな」


「ああ、なるほ、――んんんっ!? 精霊って造れんの?!」


「もちろんぢゃ。超高濃度魔力は伊達ではないと言っておろう。論より証拠ぢゃ、お主のM/Mにはすでに『精霊作成』アプリがインストールされておるから、実際にやってみよ」


「また人のM/Mに勝手なプログラムを……」


 愚痴りながらM/Mのホーム画面を開く

 ……あった。セシルちゃん妖精を可愛らしくデフォルメしたようなアイコン。


 しかし、セシルちゃんに事前に言われているからいいようなものを、何も知らずに発見していたら、ちょっとしたパニックを起こす自信があるわ。


「M/Mもハイエルフ用に買い換えねばならんの~」とセシルちゃん


「画面ちょんちょんで操作できるようにして欲しい」


「ついでに音声認識機能もつけよう。魔法を使うときに不便ぢゃからな」


 ややあってアプリが起動――と同時だった。

 ぼくを中心に花火が炸裂したかのように、何千何万という土色の光る粒子が飛び散った。


「な、なにこれ……いや、もしかして?!」


 この土色のキラキラには見覚えがあった。


「左様、昨日、ゴブリン共から収集した微精霊ぢゃ。『精霊作成』は主に、従属する微精霊を原料として作成されるのぢゃ」


 見る間に、微精霊は一所に集まり、くるくると球体を描いて巡り巡る。


「本来の『精霊作成』は煩雑な作業の繰り返しぢゃ。名前はもちろん、容姿を考え、趣向を考え、性格を考え、そのうえ難儀な儀礼を執り行い、ようやく1体の精霊が完成する。その点、わしの作った『精霊作成』はクリック一発、いや二発ぢゃ!」


 やがて球体を描いていた微精霊は人型を象ろうとした。

 粒子の総量が足りていないのか、いやに小さな人型を。


「しかも作成者の趣向を読み取り、作成者好みの精霊を作成するから、せっかく作成したのにそりが合わずに喧嘩別れした、などということは起こらん、仲良し小好し仕様ぢゃ!」


「そ、そうなんだ……」


 ……そこはできれば自分で決めたかった。ゲームのキャラクタークリエイトは嫌いじゃない。こだわりにこだわって、半日は費やせるほどだ。


「よし! 完成するぞ!」


 セシルちゃんが言う間に、微精霊は人型に収束し、やがて、――ぱんっ、と弾けた。


 目の前で閃光弾が炸裂したかのようだったが、対閃光防御を完備した魔力障壁のおかげでぼくにダメージはない。おかげでいの一番にその光景を目にすることができた。


「……」


「……」


「……?」


 数千数万の微精霊に変わって出現したのは、可愛らしい怪人だった。

 身長は100センチほど。

 キャミソールに、ぶかぶかのカボチャパンツという出で立ち。

 背中にはズタボロのマント。

 顔には、ハロウィン御用達の目と口をコミカルにくり抜かれたカボチャを被り、目元の穴から紫紺色の瞳がじ~っとこちらを見つめてくる。


「だ、だれ?」


 人見知りを発動させたぼくは思わず気圧されてしまう。


「下級の土精霊とは言え、ちぃと小さいな。原料が足りなかったか?」


 可愛らしい怪人の周りをセシルちゃん妖精はふらふらと飛び、カボチャの目元から頭を突っ込んで「おぅ? おおおっ!」と素っ頓狂な声を上げた。


「春空、ちと見てみよ」


「――なにを?」


 手招きされるまま、ぼくもカボチャの目元から中を覗いてみた。


 すると、そこには! 


 光り輝くような銀髪をボブにまとめた、とんでもなく可愛い女の子が、紫紺色の瞳をまん丸と開いてぼくをまじまじと見つめていた。


「お、女の子ぉ!?」


「めんこいのぉ~、めんこいのぉ~。よしよし、このばあやが良い名前をつけてやろう。ちょっと待っておれ、由緒正しい名を――」


 セシルちゃん妖精の動きがぴたりと止まる。向こうで何か調べ物でもしているのだろう。

 操作を失ったナビ妖精は、羽のホバリングが足りてないのか、段々と落ちていく。


「うりゃ!」


 気合一発、少女は落ちていくナビ妖精をむんずと捕まえた。


「喰う?」


 獲物を捕まえた飼い猫みたいに、得意げにそれを見せつけてくる。


「食べないよ。そうだ、ぼくもなにか名前を考えよう」


 カボチャ頭だから……パンプキン? 

 そのままでは芸が無いから……パンプローネ、パンピロプネン、パンピータ……。

 あれこれと候補を出すがぴったりこないな。

 ゲームのキャラクタークリエイトでも名前だけなかなか決まらないんだよね。


「パンピ~……ぱんぴ~、――ん? なかなか良いのではなかろうか?」


「ぱんぴー?」


 自分を指差し、少女が問いかけてくる。


「いや、ダメだ。セシルちゃんの案を待とう」


「ぱんぴー、ぱんぴー、ぱんぴー――」


 少女は語感を楽しむように何度も何度もつぶやき、


「いや、ダメだよ? 違うよ?」


「ぱんぴー!」


 ぼくが止めるにもかかわらず、ついには万歳してそう宣言してしまった。


『土属性、低級精霊個体Aの名称を『ぱんぴー』で登録しました』


 ダメ押しのようにナビ妖精が機械的な音声でそうアナウンスしてくる。

 しっかりアナウンスしてからナビ妖精に表情が戻った。セシルちゃんが戻ってきたのだ。


「よし! 霊験あらたかな名前を考えてきたぞ! 地球の古き神話から――」


「ぱんぴ~!」


「なんぢゃあ、ぱんぴ~、って? 品性の欠片もない、頭の悪そうな響きぢゃな」


「ぱんぴ~!」


「よせよせ、せっかく良い顔で作成されたのだから、頭の悪そうな言葉を連呼するな」


 なおも「ぱんぴ~」と連呼する少女に、辞めさせようと世話を焼くセシルちゃん妖精。

 ……罪悪感が半端ない。とんでもなく申し訳なくなってくる。


「すまん、セシルちゃん」


 観念して謝った。


「むぅ? なんのごめんぢゃ? 昨日、一緒にお風呂に入ってくれなかったごめんか?」


「いや、それは謝る気はない。実は――」


 かくかくしかじかとセシルちゃんが留守にしていた間のことを説明した。


「なるほどの。人がせっかく地球の古き神話にあやかった大地の女神の名を与えようと思っていたのに……まあよいわい、初めての精霊ぢゃ、お主の好きにせい」


「ありがとう!」


「ただし、次からはわしが考えるからな! 作成した精霊の名を、いちいち『ぽんぴー』やら『ぺんぺー』やら、奇天烈なものにされていたら、良い笑いものぢゃからな!」


「わかった」


「あるじ~、ぱんぴ~は、ぱんぴ~かぁ?」


 ぼくに甘えるように体を預け、少女……ぱんぴ~が聞いてくる。


「ああ、ぱんぴ~は、ぱんぴ~だ」


「ぱんぴ~!」


「それで、これからどうするの?」


 喜びのダンスを踊り出したぱんぴ~を余所に、そう問いかける。

 セシルちゃん妖精は、腕を組んで「う~む」とひとつ唸った。


「最低でも基本の6属性分の精霊は欲しいところぢゃが、まずは精霊の扱いに慣れた方が

 のちのちの効率は良さそうぢゃな。近場に人気のない下級ダンジョンはあるか?」


「あるよ。ゴブリンの下級種しかでないとこだけど」


「結構結構。では、さっそく向かうとしよう」


「ほいほい」


 生返事で応え、貯水タンクを飛び降りる。

 飛び降りてから「あっ、ぱんぴ~忘れた」と思い出すが。


「ぱんぴ~!」


 何て事なくぼくを追ってぱんぴ~も貯水タンクを飛び降りてきた。

 膝の屈伸を利用した見事な着地だった。


「あるじ~、どこいく~?」


 そして、ぼくの手をぎゅっと握ってくる。

 思わずドキリとした。

 こうして女の子と手を繋ぐのは何時ぶりだろうか?

 小学校のときに、幼稚園児だった妹の手を引いて以来だろうか。


「近くのダンジョンだよ」


 ぱんぴ~の手は妙に温かくて、幼女にさえ緊張していた心がほっこりとしてくる。


「魔物をやっつけるんだな! ぱんぴ~、大活躍するぞ!」


「期待してるよ」


「そうそう――」と、セシルちゃん妖精が目の前に回り込み、


「その光景は、大変、微笑ましくはあるが、見る者によっては事案ぢゃから、ダンジョンにつくまでは、ぱんぴ~を不可視化しておいた方が良いぞ」


「そんなことが?」


「普通は見えないのだが、見える奴には見えるからな、魔力濃度が妙に高い奴とかの」


「どうすればいいの?」


「ぱんぴ~を構成する微精霊の濃度を薄めれば良い。イメージとしては土塊を散らして、土煙にする感じぢゃ」


「イメージからムズい!」


 とりあえずやってみた。

 ぱんぴ~の姿がうっすらと透けてくる。


「こんな感じ?」


「上出来ぢゃ。なかなか魔力濃度の調整が上手いな、見込みあるぞ」


「そ、そうかな?」


 えへへへ、とにやけてしまう。

 ぼくは褒められて伸びるタイプなので、褒められれば素直に嬉しくなってしまうのだ。

 隣では、ぼくの一挙手一投足を真似したぱんぴ~が「えへへへ」と笑っていた。

 ……かっ、可愛いいい!!

 ぎゅっと抱きしめたくなるが……事案になるので必死で我慢した。

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