第12話 初めての精霊

「配下なら作れば良い。――そこで『精霊作成』ぢゃ」


「せいれいさくせい?」


「言い直すほど難しいことは言っておらんぞ、読んで字のままぢゃ」


「精霊って作成できるの?」


 春空の素朴な疑問に、ナビ妖精は呆れたように肩を竦めた。


「現存する精霊のすべてはハイエルフが数千年の歴史でこさえたものぢゃぞ?」


「え? ええええっ! それってつまり精霊ってハイエルフが作ったの?!」


「さっきからそう言っておるのだが……話が進まんから、論より証拠ぢゃ、お主のM/Mにはすでに『精霊作成プログラム』がインストールされておるから、実際にやってみよ」


「また人のM/Mに勝手なプログラムを……」


 春空は愚痴りながらもM/Mを起動させる。

 表示画面には、セシルちゃんのご尊顔を可愛らしくデフォルメされた、見慣れないアイコンがあった。キーボードでクリック操作を行い、アプリを起動させてみる。


「M/Mもハイエルフ用に買い換えねばならんの~」とセシルちゃん


「画面ちょんちょんで操作できるようにして欲しい」


「ついでに音声認識機能もつけよう。魔法を使うときに不便ぢゃからな」


 ややあってアプリが起動――と同時だった。

 春空を中心に花火が炸裂したかのように、何千何万という土色の光る粒子が飛び散った。


「な。なにこれ……いや、もしかして?!」


「左様、昨日、ゴブリン共から搾り取った微精霊ぢゃ。『精霊作成』は主に、従属する微精霊を原料として作成されるのぢゃ」


 見る間に、微精霊は一所に集まり、くるくると球体を描いて巡り巡る。


「本来の『精霊作成』は煩雑な作業の繰り返しぢゃ。名前はもちろん、容姿を考え、趣向を考え、性格を考え、そのうえ難儀な儀礼を執り行い、ようやく1体の精霊が完成する。その点、わしの作った『精霊作成プログラム』はクリック一発、いや二発ぢゃ!」


 やがて球体を描いていた微精霊は人型を象ろうとした。

 粒子の総量が足りていないのか、いやに小さな人型を。


「しかも作成者の趣向を読み取り、作成者好みの精霊を作成するから、せっかく作成したのにそりが合わずに喧嘩別れした、などということは起こらん、仲良し小好し仕様ぢゃ!」


「そ、そうなんだ……」


 そこはできれば自分で決めたかったな~、と春空は思った。ゲームのキャラクタークリエイトは嫌いではない。こだわりにこだわって、半日は費やせるほどだ。


「よし! 完成するぞ!」


 セシルちゃんが言う間に、土色の光る粒子は人型に収束し、やがて、――ぱんっ、と弾けた。

 目の前で閃光弾が炸裂したかのような光景に、しかし春空は平気だった。

 超高濃度魔力による無意識の魔力障壁が、対閃光防御となって春空の目を守ったのだ。

 おかげで春空は閃光が晴れた、いの一番にその光景を目にすることができた。


「……」


「……」


「……?」


 数千数万の微精霊に変わって出現したのは、可愛らしい怪人だった。

 身長は100センチほど。

 キャミソールに、ぶかぶかのカボチャパンツという出で立ち。

 背中にはズタボロのマント。

 顔には、ハロウィン御用達の目と口をコミカルにくり抜かれたカボチャを被り、目元の穴から紫紺色の瞳がじ~っとこちらを見つめてくる。


「だ、だれ?」


 人見知りを発動させた春空は思わず気圧されてしまう。


「下級の土精霊とは言え、ちぃと小さいな。原料が足りなかったか?」


 可愛らしい怪人の周りをナビ妖精はふらふらと飛び、カボチャの目元から中を覗いて「おぅ? おおおっ!」と素っ頓狂な声を上げた。


「春空、ちと見てみよ」


「――なにを?」


 春空もまたカボチャの目元から中を覗いてみた。

 すると、そこには! とんでもなく可愛い女の子の顔があった。


「お、女の子ぉ!?」


「めんこいのぉ~、めんこいのぉ~。よしよし、このばあやが良い名前をつけてやろう。ちょっと待っておれ、由緒正しい名を――」


 ナビ妖精の動きがぴたりと止まる。向こうで何か調べ物でもしているのだろう。

 操作を失ったナビ妖精は、羽のホバリングが足りてないのか、段々と落ちていく。


「うりゃ!」


 気合一発、怪人の少女は落ちていくナビ妖精をむんずと捕まえた。


「喰う?」


 獲物を捕まえた飼い猫みたいに、得意げにそれを春空に見せつけてくる。


「食べないよ。そうだ、ぼくもなにか名前を考えよう」


 パンプキン、パンプローネ、パンピロプネン、パンピータ……。

 あれこれと候補を出すがぴったりこない。そして、段々と面倒臭くなってくる。


「パンピー……ぱんぴー、――ん? なかなか良いのではなかろうか?」


「ぱんぴー?」


 自分を指差し、少女が問いかけてくる。


「いや、ダメだ。セシルちゃんの案を待とう」


「ぱんぴー、ぱんぴー、ぱんぴー――」


 少女は語感を楽しむように何度も何度もつぶやき、


「いや、ダメだよ? 違うよ?」


「ぱんぴー!」


 春空が止めるにもかかわらず、ついには万歳してそう宣言してしまった。


『土属性、低級精霊個体Aの名称を『ぱんぴー』で登録しました』


 ダメ押しのようにナビ妖精が機械的な音声でそうアナウンスしてくる。

 しっかりアナウンスしてからナビ妖精に表情が戻った。セシルちゃんが戻ってきたのだ。


「よし! 霊験あらたかな名前を考えてきたぞ! 地球の古き神話から――」


「ぱんぴ~!」


「なんぢゃあ、ぱんぴ~、って? なんとも品性の欠片もない、頭の悪そうな響きぢゃな」


「ぱんぴ~!」


「よせよせ、せっかく良い顔で作成されたのだから、頭の悪そうな言葉を連呼するな」


 なおも「ぱんぴ~」と連呼する少女に、辞めさせようと世話を焼くナビ妖精。


「すまん、セシルちゃん」春空は深々と頭を下げた。


「むぅ? なんのごめんぢゃ? 昨日、一緒にお風呂に入ってくれなかったごめんか?」


「いや、それは謝る気はない。実は――」


 かくかくしかじかとセシルちゃんが留守にしていた間のことを説明した。


「なるほどの。人がせっかく地球の古き神話にあやかった大地の女神の名を与えようと思っていたのに……まあよいわい、初めての精霊ぢゃ、お主の好きにせい」


「ありがとう!」


「ただし、次からはわしが考えるからな! 作成した精霊の名を、いちいち『ぽんぴー』やら『ぺんぺー』やら、奇天烈なものにされていたら、良い笑いものぢゃからな!」


「わかった」


「あるじ~、ぱんぴ~は、ぱんぴ~かぁ?」


 春空に甘えるように体を預け、少女……ぱんぴーがそう聞いてくる。


「ああ、ぱんぴ~は、ぱんぴ~だ」


「ぱんぴ~!」


「それで、これからどうするの?」


 喜びのダンスを踊り出したぱんぴ~を余所に、春空はそう問いかける。

 ナビ妖精は、腕を組んで「う~む」とひとつ唸った。


「最低でも基本の6属性分の精霊は欲しいところぢゃが、まずは精霊の扱いに慣れた方が

 のちのちの効率は良さそうぢゃな。近場に人気のない下級ダンジョンはあるか?」


「あるよ。ゴブリンの下級種しかでないとこだけど」


「結構結構。では、さっそく向かうとしよう」


「ほいほい」


 生返事で応え、貯水タンクを飛び降りる。

 飛び降りてから「あっ、ぱんぴ~忘れた」と思い出すが。


「ぱんぴ~!」


 何て事なく春空を追ってぱんぴ~も貯水タンクを飛び降りてきた。

 膝の屈伸を利用した見事な着地だった。


「あるじ~、どこいく~?」


 そして、春空の手をぎゅっと握ってくる。

 幼子が母親にするかのような仕草に春空はどきりとさせられるが、ぱんぴーの手は妙に温かくて、幼女にさえ緊張していた心がほっこりとしてくる。


「近くのダンジョンだよ」


「魔物をやっつけるんだな! ぱんぴ~、大活躍するぞ!」


「期待してるよ」


「そうそう――」とナビ妖精が春空の目の前に回り込む。


「その光景は、大変、微笑ましくはあるが、見る者によっては事案ぢゃから、ダンジョンにつくまでは、ぱんぴ~を不可視化しておいた方が良いぞ」


「そんなことが?」


「普通は見えないのだが、見える奴には見えるからな、魔力濃度が妙に高い奴とかの」


「どうすればいい?」


「ぱんぴ~を構成する微精霊の濃度を薄めれば良い。イメージとしては土塊を散らして、土煙にする感じぢゃ」


「イメージからムズい!」


 春空はとりあえずやってみた。

 ぱんぴ~の姿がうっすらと透けてくる。


「こんな感じ?」


「上出来ぢゃ。なかなか魔力濃度の調整が上手いな、見込みあるぞ」


「そ、そうかな?」


 えへへへ、と素直に喜ぶ春空。

 隣では、春空の一挙手一投足を真似したぱんぴ~が「えへへへ」と笑っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る