第11話 ハイエルフの生き方

 顔ぶれが変わるたびに「痩せた?」「顔どうした?」と聞いてくる先生方に、まったく同じ答えと愛想笑いで応えること四時限、お昼休みとなってようやく教室から開放された。


 午後の授業をまるまる使った冒険実習の準備や、友達とのお昼ご飯と洒落込むクラスメイトを尻目に、こそこそと教室を抜け出し、屋上へと向かう。


 お昼休みにおけるぼくの生息地はそれほどバリエーションに富むものではない。

 校舎裏か、屋上の究極二択のみ。


 前は、人気の少ないトレイを根城にしていたが、巨漢のぼくには手狭で、人気がないとは言え、お世辞にも居心地の良い場所ではなかったので辞めた。何より臭い。


 体育倉庫という選択もあったが、これも没になった。


 多少のほこり臭さを我慢すれば、居住性もよく、マットを布団代わりにしてのんびりごろごろできたのだが、下級生に見つかり、ちょっとした騒ぎになったので行くのをやめた。


 曰く「体育館倉庫にはオークの幽霊が出る」

 曰く「逃げ出したオークが体育館倉庫に潜んでいる」

 曰く「体育館倉庫はどこぞのダンジョンと繋がっている」


 ぼくが逃げ出したため真相は闇の葬られ、ただ不思議が残った。

 学校の七不思議に、新たな不思議が追加された瞬間である。


 以来、ぼくの昼休みの安息地は、校舎裏か、屋上の二択に限られたのだが、校舎裏は素行の良くない生徒の活動場所としてよく使われていたので、実質、屋上一択。


 屋上は、特に施錠などされていないため、一般生徒も出入りするものの、お昼ご飯を食べたら校外のダンジョンに向かう、という動線を逆行するため、あまり人気はない。


 せいぜい、告白するか、思い詰めるか、冒険者実習をサボる生徒に親しまれるくらい。

 数人が広い屋上の四隅を占領して時間を潰す、というのが、いつもの流れである。


 そして、彼らとてなんとなく目障りに感じるぼくの定位置は、人目を避けに避けて、行き着いた先の貯水タンクの上と決まっていた。


「うむ、まずは満足」


 母親の手作り弁当を平らげ、平たい貯水タンクの上にごろりと横になる。


(……どうしたものか)


 何ともなしに空を眺めながら考えるのは、もっけの幸いで手に入れたこの力の使い道だ。


「……そもそもこの力で何ができるのか? 何をすべきなのか?」


 復讐。

 ふとそんな不穏な二文字が頭に浮かんだ。

 オークに通じるかはわからないが、ゴブリンを素手で殺せるような力だ。

 人に使えば当然、大怪我を負わせることができる。

 この力で、ぼくを「無能オーク」と呼んだ連中全員に復讐してやるのだ。


 ただ殺すのでは面白くないから……、両手両足をもいで、ナニを引っこ抜いて、一生を不自由な体で、死ぬまでぼくにしたことを後悔させてやるのだ。


 そしたら、ぼくは立派な犯罪者だ。


 復讐の裏にどのような背景があろうと、世間は、ぼくに同情してくないだろう。哀れな復讐者とは見なされず、やり過ぎの犯罪者と新聞の一面を飾ることが容易に想像できる。


 ……冗談ではない。

 ぼくは我が身が可愛いのだ。悪名なんて欲しくないし、犯罪者にもなりたくない。

 復讐は魅力的だが、人生と秤にかけると、当然のように人生が勝る。

 復讐は……まあ機会があったらそのうちに。ぎゃふんくらいで。


(そうだ、ハイエルフの力で見返すのはどうだろうか?)


 良い考え……だが、どうしようなく気乗りしない。

 心の底に穴が開いたみたいに、どんどんとやる気が抜けていく感じ。


「それでどうなるというのか……」


 思い出すのは高校一年生の我が世の春と冬。

 また誰かに期待されて、将来のS級冒険者なんて呼ばれて調子に乗って……、また何かあると勝手に失望して、また勝手に見限って、また勝手なことを言い出すのだ。


「冗談じゃない……」


 それなら無能オークのままでいい。

 そう考えると無能オークという立場がなんと気楽で良いことか。

 誰にも期待されていないから、身の丈に合わない無茶や無謀をする必要もない。

 誰にも期待されていないから、好きでもない技能や技術を学ぶ必要もない。

 誰にも期待されていないから、苦手な人たちと無理に付き合う必要もない。


「素晴らしい……」


 考えるだけでにやけてくる。

 無能オーク! いいじゃん、無能オーク!


「もう無能オークのままでいいじゃん……」


「色々考えねばならんの~」


 ぼくの今後の方針が決まったところで、ナビ妖精が、唐突に視界に割って入ってきた。


 もちろん、ぼくは起動していないので、すでにセシルちゃんにハッキングされたナビ妖精――「セシルちゃん妖精」だ。


「楽しみでもあるし、不安でもあるの~、今からわくわく、どきどきぢゃ!」


「何の話?」


「お主を他のハイエルフに自慢しようと思うての!」


「え~、パスで。面倒臭いし、恥ずかしい」


「却下ぢゃ、ハイエルフの隠匿は国際条約違反ぢゃ!」


「んなっ、アホな……」


「安心せい、今すぐではない。本当は今すぐにでも他の連中に自慢してやりたいところだが、まずは他の連中に舐められんように、しっかりと実力をつけねばならん!」


「亀の甲羅でも背負わせる気?」


「いや、魔力ですべて片がつくから肉体的な修練は意味を成さぬ」


「……まじで?」


 上半身を起こし、思わず問い返す。


「例えばぢゃ、――テッシュを1枚くれ」


 ほい、と素直にテッシュ1枚手渡す。


「魔とは理を覆す反逆の真理、魔力とは理を裏切る反逆の力、魔法とは魔を放つための反逆の道筋。魔力ひとつで世界は如何様にも彩られ、如何様にも姿を変える――」


 セシルちゃん妖精のマタドールの赤布のようにテッシュをひらひらさせた、その瞬間。


「――!?」


 テッシュがぱっと黒く変わった。

 裏側があらかじめ黒く染められていたものを翻したように――いや、そうじゃない。

 白いテッシュが、本当に黒くなったのだ。


「『白』は、『黒』に――」


 さらに次の瞬間、ひらひらと風に躍っていたテッシュは、風に波打った形で動きを止めた。


「『柔』は『剛』に――」


 さらに、テッシュは爆ぜるようにして幾百幾千の欠片に変わる。

 驚いたことに、すべての欠片が、皆切り揃えたようなダイヤモンド型だった。


「『一』は『千』に――」


 最後には一所に集まると、元のテッシュに戻って、ひらひらと風に舞っていった。


「まあこんな感じぢゃ」


「凄い、――手品?」


「ちゃうわ! 魔力ぢゃ!」


「どうやるの?」


 セシルちゃん妖精からテッシュを返してもらった。

 裏返しても本当にただのテッシュだった。種も仕掛けもない。


「魔力抵抗の低い物なら魔力を流して単に念じるだけでよい」


「昨日のオークみたいに?」


「左様」


 思い出すだけで、重力が4倍なったくらいにげんなりしてくる。


 オークを「爆弾」に変えて群をまとめてぶっ飛ばす、という戦術は、なかなかに冴えているようでいて、その実、デメリットは計り知れない。


 多分、1匹でも討ち漏らしていたら詰んでいた。


 魔力使用後の数分間、まったく体が動かせなくなってしまったからだ。


 ちょっと休めば体は動けるようになったが、魔力のだるさは未だに抜けていない。


 朝は素顔を隠すのに忙しくてそれどころじゃなかったけど、


 朝起きたら「あれ? 今日の重力3倍?」って感じだった。


 今は回復したのか、2倍くらい。


 日常に支障をきたすことはないが、昨日と同じ事をやれ、と言われても絶対に無理だ。


 できれば今後もやりたくない。


 セシルちゃんが「普通に戦った方が楽」と言った意味がよくわかった。


 魔力の疲労は、肉体の疲労以上に不快なのである。


「あれはできればもうやりたくない……」


「じゃろうな。まあよほどの雑魚でなければ『存在変換』は成功せんから、昨日も言ったが普通に倒した方が楽でよい」


「ちなみに一番楽な魔力の使い方とは?」


「断トツで『付与』ぢゃな」


「『付与』?」


「任意の魔法効果を自分の体に帯びるのぢゃ。自分の体だから魔力抵抗に抵抗されることなく、魔力疲労は限りなく低くすむぞ」


「任意の魔法効果って……『腕力増強』とか?」


 思い出すのは転生したての頃にゴブリンの顔面に大穴を開けた馬鹿力だ。

 爆上がりしたステータスのおかげと思っていたけど、実は『付与』していたとか?


「あらゆるバフぢゃ。その気になれば空も飛べるようになるぞ」


「え、それは凄い!! どうやるの??」


「簡単ぢゃ、重力の干渉をちょこ~っと弄ってやればよい」


「……重力を?」


 乗りと勢いで、即座にやろうと思って、即座に辞めた。


 重力を……弄くる?


 なんとも嫌な予感しかしないフレーズだ。


「あっ、くれぐれも重力を全切りするなよ? 地球の自転で宇宙に吹っ飛ばされてしまうからな?」


「だろうね!!」


 あぶね、あぶね……強制宇宙旅行するところだった。

 帰って来れなくなって「そのうち考えることを止めた」とかナレーションがついてしまうわ。


「次点で、オーソドックスに『魔法』ぢゃな」


「魔法? 魔法を覚えられるの? ぼくが?」


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