第10話 微妙な立場

 ぼくのクラスでの立場は微妙のひと言に尽きた。


 学級委員長を首魁とする女子の総括グループからは嫌悪されているが、だからといって何かをされた訳ではない。触るのも見るもの嫌な汚物扱い。完全無視が日常だ。


 女子がそんな態度だから、陽キャグループもまたぼくを相手にすることはない。

 ぼくという汚物と関わったら、彼女らとお近づきになれないからだ。


 一方で、陽キャに含まれない、その他大勢の男子からなる、陰キャグループは違った。

 影ながらにぼくの悪口に花を咲かせ、隙あらばぼくを貶めようと画策している。


 それもこれも、陽キャグループがぼくを相手にしないからだ。ぼくを相手にしない代わりに、陰キャグループが、陽キャグループに奴隷にされているのである。


 八つ当たり以外の何ものでもないが、スクールカースト最底辺のぼくが楽して、スクールカースト底辺の自分達が苦汁を飲まされているのだ。


 ぼくを恨むには十分な理由だった。


 とはいえ、ぼくが彼らに実害を及ぼされたことは、ほとんどない。

 どんな悪口も、どんな陰謀も、日の目を見ずに消えていく。


 ――なぜか? 


 思うに、ぼくが怖いのだろう。

 スクールカースト最底辺とはいえ、ぼくは身長185センチ、体重130キロもある巨漢だ。

 反撃されれば、ただでは済まない。例え、レベル差で負けることがなくてもだ。

 一度でもぼくの前で膝を折ろうものなら、自身のスクールカーストが揺らぐ。

 底辺から、最底辺へ――蔑むものから、蔑まれるものへ。


 彼らも彼らなりに自分のスクールカーストを守るのに必死なのだ。


 結果、ぼくのクラスでの立場は、幽霊になった。


 誰からも気にされず、誰からも話しかけられない。いてもいなくても同じで、何の価値も、意義もない。ただ、そこにあるだけ。ただ、そこに染みついているだけのもの。


 ――幽霊。


 今日も今日とて、教室の後ろから入り、窓際の自分の席に着く。

 ぼくの登校したことに、いつものように誰も、何も、気にしない……こともなかった。


「――ん?」


 顔を上げると、クラスメイトの何人の視線とかち合う。

 いつもなら「うぇ!」って感じに顔を逸らされるのだが、


「かお、どうしたの?」


 驚くべき事に、顔を逸らされなかったどころか、話しかけられた!


「え? え? え?」


 予想だにしないことに苦笑いめいた愛想笑いでその場を乗り切ろうとして、しかし相手の顔を見て、ぼくの愛想笑いは歪に凍り付いた。


 ぼくに話しかけてきたのは、ひとりの女子生徒だった。

 彼女の名前は「珠城美國」。


 中肉中背で、腰まで伸ばした艶やかな黒髪を、目元から数ミリ上、腰元から数センチ下で、微細なずれも、わずかな傾きもなく、ぱっつんと切り揃えた日本人形のような少女だ。


 強気を思わせる面立ちは、どこぞのハイエルフほど精緻に整ってはいないものの、間違いなく美人の部類に入る。いつもは凜と澄ましているのに、今はどこか物憂げだった。


「……かお、どうしたの?」


 もう一度問いかけられ、ぼくの背筋にぴりりと緊張が走る。

 どう答えれば無難に通り過ぎてくれるのか。一瞬で知恵を巡らせた。

 それというもの彼女こそが、ぼくを汚物扱いする諸悪根源「学級委員長」だったからだ。

 ぼくに触れられると、触れられた箇所が腐る、と吹聴したのも彼女。

 ぼくと言葉を交わすと、耳にウジが湧き、口がただれる、と吹聴したのも彼女。

 ぼくに何かすると、種絶の呪いで一族が滅びるぞ、と吹聴したのも彼女。

 おかげでぼくは孤高という名のぼっちを味わう羽目になった。

 返答を間違えれば、また酷い風聞を流されるに違いない。


(どうする、ぼく?!)


 素直に答えてやる必要はない、とは思うのだが、


「こ、これは、その、びーちゃん――」


 慌てて口を閉じた。

 ――びーちゃん。

 美國をそう呼んでいた時代もあった。今はもう昔の話だ。

 今はもうその名で呼んで良い相手でも、間柄でもない。

 気にされたことが思いの外、嬉しかったのか、うっかり口が滑ってしまった。


「……ちょっとダンジョンで失敗して」


「病院には行かなかったの?」


「病院? あっ――今日行く予定……」


 ……失敗した。

 包帯で顔を隠せば良い、とばかり考えていたけど……。


 よくよく考えると、病院に行けば1日でどんな傷も魔法で治るのに、包帯で顔を巻いて歩いていたら怪しまれるのは当然じゃん! 


 ――あっ、だから「ロック」か!? ファッションのひとつと見なせば、ありか?


「そう」


 つつ~、と美國の視線が、ぼくの顔から体に移る。


「ハ……んんんっ! くそオークぅ!!」


「――はぃ?」


「それ」


 ぼくのお腹のあたりを指差す。


「どうしたの?」


 お腹の……いや、全身のお肉のことを言っているのだろう。


(しまった!)


 贅肉が消えた言い訳を失念していた。顔の言い訳は十二分に考えてあったのに。


「こ、これは……ゴブリンに、そう! ゴブリンに一日中追い回されたから!」


 口が裂けても「ゴブリンに殺されかけたら転生して痩せちゃったんだよ」とは言えないので、苦し紛れにそう言ってみてから「おや、悪くないな」と思った。


「斬新なダイエット方法ね」


「だ、だろ!」


 しかし、美國はずずいっと顔を寄せてきた。


 互いの息が触れ合うような距離。ぼくに触れたものを腐らせる呪いが本当にあったら、美國の綺麗な顔は、とっくに惨たらしく腐れ落ちているであろう距離だ。


「うそつき」


 断言するような口調だった。


「う、うそじゃ――」


 言いかけたそのとき。

 誰かが美國の肩を強く引いた。同じクラスの女子生徒だ。


「もうよしなよ、美國――」


 同じクラスの女子生徒がちらりとぼくを見てから慌てて視線を逸らす。


「いくら呪い耐性の強いあんたでも、そんなに近づいたら無能オークに呪われるわよ?」


 女子生徒が言うのに、美國は何かを言いかけてやめた。


「そうね、ごりごり呪い耐性が削られているから、これくらいにしておくわ」


 ふんっ、と美國は鼻を鳴らすと、ぼくを睨めつけた。


「ちゃんと知ってるんだからね!」


 何を、と問う間でもなく、美國は友達と一緒に自分の席に戻る。

 一難去った……かと安堵するが、


「金髪、とび出てるわよ」


 やおら振り返った美國がそう指摘してくるのに、ぎょっとさせられた。

 慌てて頭部の包帯を直して、指摘された金髪を隠す。

 登校中、セシルちゃんに撫でられたときにとび出したのだろう。


「なんか、ばれてるっぽい?」


 まさかっ、と内心で笑うが……、その笑みはどこまでも空虚だった。

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