第7話 ハイエルフ一家

「きっと人違いでもしてたんじゃなかろうか?」


 家の直前まできて,そのような結論に至った。


「お笑い芸人か何かにぼくと似た人がいて、きっとその人と間違えたんだよ」


「……」


「きっとその人もオーク似なんだね。ちょっと親近感。名前……は知らないようだったから、まだそんな有名な人じゃないのかな?」


「……」


「セシルちゃんはどう思う? ネットとかに詳しいじゃん、ねぇ?」


「……」


「セシルちゃん?」


 隣に浮かぶナビ妖精に話しかけるが、つーんとすましたまま、ひと言も返ってこない。


(あれ? ……いだっ!)


 よそ見をしていたら電柱に肩をぶつけた。


「1ダメージを受けました」


 酷く事務的な声――というより音声がナビ妖精の口から零れる。


「……ハッキングしていない?」


 M/Mのホーム画面を開くとナビ妖精の解除ボタンが復活していた。


「変なの……」


 解除ボタンを押してナビ妖精をM/Mにしまう。

 家はすぐ目の前だ。

 冒険者ギルドの事務職員をやっている春空の父親が30年ローンで購入した家で、古びた硝子戸の玄関から灯りが伸びていた。


「ただいま~」


 がらがらがらっ、と引き戸の玄関を開けて中に入る。


「帰ってきおったぞ」


 どたどたどたどたっ、と慌ただしい足音。

 玄関の目の前にある階段からちっちゃい女の子が転げるように下りてくる。

 同時に、1階の奥間から女の子がふたり、ひょっこりと顔を出し、春空と目が合うと、にんまりとして近づいてきた。


「あらあらあら、まあまあ!」


 ひとりは中学生くらいの女の子。


「ほぉ~、これはこれは!」


 もう1人は春空と同年代の高校生くらいの女の子。


「ぢゃろ! ぢゃろ!」


 最後の1人は、小学校低学年くらいのちっちゃい女の子。


 3人とも金髪で、ちっちゃい女の子がひよこの羽みたいなツインテール、中学生くらいの子がチワワの尻尾ほどのポニーテール、同学年くらいの女の子がショートヘア。


 3人とも翡翠色の瞳で、同学年くらいの女の子は猫のようなつり上がった眼で、気が強そうだが、他の2人は少し垂れ目がちで、物腰の柔らかさをうかがわせる。


 そして、3人が3人とも、恐ろしいほどに美人だった。


 目、鼻、口……、顔のどの部分をとっても美感の極致を体現するかのように整い、顔配置は理想的で、精密機械で計ったかのように1ミリの歪みもない。完全完璧な左右対称。


 おまけに、きめ細やかな白い肌には、シミの1つも、ムダ毛の1つもない。


「どうしたのさ、3人揃って?」


 ぼくなんかが話しかけるのも恐れ多い人種ではあるが、この3人に関しては別だった。

 彼女らはぼくの家族だったからだ。

 上から順に、姉と妹と妹――ではない。

 同年代っぽい女の子が祖母で、中学生っぽいのが母親。

 そして、一番年下っぽいのが、曾祖母――セシルちゃんだ。

 なぜ、年上なのに、かたや女子高生っぽくて、かたや女子中学生っぽいのか。

 年長であるはずのセシルちゃんなんて女子小学生そのものである。

 それは、ひとえに彼女らが長寿で有名なエルフだからだ。

 セシルちゃんは純度100%のエルフ、――いや、ハイエルフか。

 祖母は、父親が純血の人間であるため、純度は50%のハーフハイエルフ。


 母親に関しては父親が誰か不明であるが、血の薄まり具合から人間であろう、というセシルちゃんの診断から、純度25%のクォーターエルフとなる。


 父親も純血の人間であることから、春空はさらに血を薄めた、純度13%以下の八分の一エルフと言うことになるが、もはや人間の血の方が濃いので、ほぼ人間だ。


 ちなみに、ぼくがまだ小さい頃のセシルちゃんは大学生くらいの年格好だった。

 それが、あるとき学校から帰ってみると、今のちびっ子体型に変わっていたのだ。

 理由を聞くと「大人の事情」とのこと。

 ぼくとしてはちびっ子のセシルちゃんの方が馴染みやすかったので、深くは聞かないまま今に至る。


「本当に親父殿そっくりだな!」


 かかかっ、と祖母が男勝りに笑う。


「ダメぢゃぞ! わしが先に唾をつけたんぢゃからな!」


「これはあっちの方も楽しみだ♪」


「お母様! 春空はまだ学生なのですから、そのような話はよしてください!」


「学生だから余計にだろうが! よかったな、春空。明日から女に不自由しないぞ、それどころか、かかかっ、明日から大変だ。こやつの子種を巡って戦争がおきるぞ!」


「おきるかっ! たわけったわけっ! お主と一緒にするな! このエロエルフめっ!」


 ぼくを余所にして、女3人がぎゃーぎゃと言い争っている。


(なんの話ぃ?)


 当事者であるはずが、完全に蚊帳の外。


 昨日まではぼくが帰っても奥座敷から「おかえり~」と声を掛けてくれる程度だったのに、今日に限ってどうして3人で出迎えてくれたのか。しかも今までにないほど熱烈に。


「ちょ、ちょっと待って!」


 とりあえず言い争う3人を止めることにした。


「さっきから何の話? どういうこと?」


「どうもこうもあるか! 新たな同胞の誕生だっ、これほど嬉しいことはない!」


 興奮を抑えようともせずに祖母。


「実に5000年ぶりかの!」と、これはセシルちゃん。


「よし! 今日はスジローに行って豪遊するぞ! 茶碗蒸しもデザートも許す!」


「おおっ! 流石、わしの娘ぢゅ! 唐揚げも頼んで良いかの?」


「アルコールもつけちゃうぜ!」


 祖母とセシルちゃんは仲良く肩を組んで、出かける支度のために家の奥に消えた。

 ぼくと母親だけが呆気にとられたように残され、


「ぼくは行かないから?」


 ややあってからそう告げた。


「またオークの子供に間違われたら相手の人が可哀想だもの」


 4人で外食に行くと、1人だけ様相の違うぼくは、よくオークの子供に間違われたものだ。

 他者から見れば、見目麗しいエルフが、恐ろしく不細工な子供を連れているのだ。

 誰もが何事かと思い、誰もが理由を考え、誰もが同じような結論に辿り着く。


 ――「奴隷にしたオークの子供に餌を与えているのだ」と。


 そして、エルフ3人とお近づきになりたい命知らずは、春空の醜さを引き合いに出し、エルフ3人の美しさを賛美する、という地雷を踏み抜くのがいつものことだった。


 曾祖母たちからすれば、可愛いひ孫を馬鹿にされたのだから、半殺しにする正当な理由になり得るが、ぼくは乱闘騒ぎで渦中の人になるのは凄く嫌だった。凄く目立つからだ。


「ふふふっ、もう誰もオークの子供になんて間違わないわよ」


 母親は、未来から来た猫型ロボットみたいに笑うと、居間から手鏡を持ってきた。


「ほら」


 と、差し出された手鏡を受け取る。


(なぜ、手鏡?)


 渡された手鏡をどうすればいいのか、と一瞬迷ってから、普段通りに鏡を覗いてみた。


「――っ!!」


 鏡から逃げるようにのけぞり、思わず鏡を落としそうになった。


「ふふふっ、初めて自分の姿を鏡で見たにゃんこちゃんみたい」


 母親はさも愉快そうに笑ってるけど、笑ってるけど!


「だ、だれ?」


 ただただ鏡の中に見ちゃいけないものを見てしまった気分だった。

 恐る恐る鏡を覗くと、金髪に、翡翠色の瞳をした男性がいた。

 恐ろしいほどの美形で、ハリウッド映画の若手二枚目俳優かよ、と思った。

 ……誰かは知らないけど。

 しかし、手鏡は、ただの手鏡だった。

 電子機器と繋がっているはずもなく、覗き込もうとぼく以外の何者も映すことはない。


「……ぼく?」


 その結論に達するのに、たっぷり10秒は必要だった。


「なんぢゃ、まだ用意しておらんのか?」


 奥から、花柄のスモックを着たセシルちゃんと、革ジャン革パン姿の祖母が戻ってきた。


「ぼく?」


 2人にも、鏡に映る自分と、素顔の自分を交互に指差す。


「ああ、言っておくが、それは素顔ぢゃぞ? 転生で美形になったわけではないぞい」


 セシルちゃんは呆れたように言った。


「え? そっ、そうなの?」


「生まれたときから美形ぢゃったが、わしと、セシリアが猫可愛がりしたせいで、あれよあれよという間に肥えてしまっての。せっかくの美形が贅肉に埋もれてしもうたが、まあ太かろうと細かろうと、可愛いひ孫には変わらんから、まあいいや、とな」


「そ、そうだったのか……」


 どの写真を見てもオークの子供みたいな自分が映っているだけなので、てっきり生まれたときからオーク似なのかと思っていた。

 ……まさか、あの分厚い贅肉の下に、こんな美形が隠れていたとは。


「見惚れるのはあとにせい、ほれ、セリアもエプロンを脱いでいくぞ」


 名残惜しげに母親に手鏡を返し、ちょいとしなを作ってみた。


「ぼくって格好いい?」


「否定はせぬが……格好つけるとかっこ悪くなるぞ? 何事も自然体が一番ぢゃて」


 なかなかに手厳しいセシルちゃんだった。

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