第6話 変わりゆく世界

 妙なことは続いた。

 いつもの帰り道を、いつもの帰っているのに、やけに人の視線が気になる。


 のっしのっしと街の大通りを歩く185センチの巨漢が目立たないわけがないので、春空としてはいつものことなのだが、今日に限って言えば視線の色が違った。


 いつもは好奇多めに、嫌悪が少々、侮蔑を隠し味にした、不快しかない視線なのに、今日の視線は、憧憬と好意と敬意が絶妙にブレンドされた、背中が痒くなるような視線だった。


「ぼくの顔になんかついてる?」


 不安になったので、隣でふわふわ飛んでいるナビ妖精に聞いてみた。


「目と鼻と口がついている以外は、特に何も」


「眉毛は? 片方だけ剃れてない?」


「両方ちゃんとあるぞ。もみあげもな。鼻毛がもうちょっとで飛び出しそうぢゃ」


「じゃあ、違うか」


 春空は鼻を弄りながら首を傾げる。


「あ、あの! ちょっといいですか?」


 そのとき、見知らぬ女の二人連れに声を掛けられた。


「……な、なにか?」


 突然のことに、春空は思わず警戒心むき出しで問い返してしまう。


「写真一枚いいですか?」


(どういう意味?)


 首を傾げる春空を余所に、女の人は携帯電話を横にして春空に向けてきた。


(ああ、そういうこと……)


 なるほど、と春空は納得した。女の人は自分の写真を撮りたいらしい、と。

 同時に、こうも思った。


(ぼくの写真を撮るのにわざわざ許可を取るなんて奇特な人だな~)


 前に写真を撮られたときなんて無許可だった。

 無許可で撮られて、無許可でネット記事に上げられた。


『オーク、街中をトン走中!』


 酷い見出しがつけられ、しばらく近所では悪い意味で有名になったものだ。


「だ、ダメですか?」


 春空の無言を否定と思ったのは、女の人は酷くしょんぼりした様子で聞いてきた。


「ね、ネットとかに上げないのであれば……」


 春空は正直、写真を撮られることに良い感情を持たなかった。

 またネットとかSNSに上げられて、笑いものにされるに決まっているからだ。

 しかし、女の人の様子は何かが違った。

 わざわざ下手に出て、許可まで求めてくるのだ。

 無許可で写真を撮った無頼の輩とは明らかに別物だった。


「あっ、ありがとうございます! 10倍くらいに拡大して額に飾らせて貰います!」


「んなっ、大げさな……」


「いつ頃デビューですか? 映画ですか? テレビのドラマですか? あっ、よかったら、お名前を聞いても良いですか? あっ、あっ、サインなんて貰っても?」


「でびゅ~? さいん?」


 何やらぐいぐいとくるのに春空は目を白黒させた。


(でびゅ~ってなに? ぼくのさいんなんて何に使うの?)


 昔、祖母が貰ってきたという某有名俳優のサイン色紙は、現在でも鍋敷きとして役立っているが、果たして自分のサインは何の役に立つのだろうか、春空にはとんと想像がつかなかった。メモ帳代わりに使われて、うっかり捨てられるのがオチのような気さえする。


「せめてお名前を聞いても?」


「え、いや、それはちょっと――」


「春空、早く帰るぞい!」


 絶妙なタイミングでナビ妖精が声を掛けてくる。

 絶妙――いや、春空と目が合うと「しししっ♪」と笑ってる。確信犯の笑みだ。


「ハルクさんって言うんですね! 緑の化物みたいで格好いい名前ですけど、全然似てませんね!」


「そ、そうかな?」


 昔は全身を緑に塗ればそっくり、と言われたものだが。


(痩せたからかな?)


「応援しています。がんばってくださいね!」


「は、はぁ……」


 とりあえずこの場を逃げるように去る。


(何を応援されるのだろか、ぼくは?)


 不可解さにいくら首を捻っても、答えなど1つも出ない春空だった。




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