第1話 今日も無能オーク
殴る、蹴る、投げる。
腕の一振りに、足の一蹴りに、ゴブリンの体が肉片となって弾け飛ぶ。
見渡せば、ひぃ、ふぅ、みぃ、と数えるのに倦むほどの、死体、死体、死体の山……。
50以上はいた群の半数が、今となっては倍の数の肉片となって転がっている。
まるでベテランの冒険者パーティのような活躍っぷり。
しかし、しかしなのだ。
(なんだ、これ?)
一体のゴブリンの頭部を無感動にたたき割り、別の一体のゴブリンを蹴りで二つにかち割り、また別の一体の頭部をボールのような投げ飛ばしながら、ぼく……
(どうしてこうなった?)
思い出すのは数時間前のこと。
「300年前の異世界アリスティアとの次元融合により地球は大きな被害を受けた――」
歴史の老教諭が震える手つきで、かりかりと黒板に嫌に達筆な一言一句を書き記す。
「一夜にして大陸は海に沈み、また海に大陸ができた。アリスティアの地形が地球の地形と重なったためである。どちらが残るかは、単純に土と水の量の問題とされている。つまり、水が多ければ土は沈み、水が少なければ土は残る――」
ふむふむ、と熱心にメモを取る。
「地形の激変で、地球人口の2割が失われたと言われているが、最大の被害をもたらしたのは魔物の巣窟である『魔境』の出現である。魔法技術未開の当時の地球に、これに抗するすべはなく、多くの国が滅ぼされた。今では誰もが持ちうる魔法障壁に対抗する手段が当時はなかったためである。余談ではあるが、都市部の被害は魔物のものよりも、大火力兵器を使用した人類側に寄るものが多かったと言われている。なりふり構わずにはいられなかった、当時の情景を良く表している故事である。覚えておくように」
歴史教諭の余談に、最前列の生徒数人が苦笑いを浮かべる。
歴史教諭は満足げに授業を続けた。
「『魔境』の出現により人類の生存圏は地球上の6割にまで後退し、次元衝突以前の地球人口の4割が失われた。見かねたアリスティア側は魔法技術の供与を申し出るが、地球側はこれを固辞する。当時、アリスティア側の王侯貴族と領有権で争っていたからだ」
歴史教諭の指先で、ぽきぃん、とチョークが砕ける。
半分になったチョークで、歴史教諭はなおも書き綴った。
「だが、次元融合から半年後の『8月17日』事態は一変する。魔神が侵攻を開始したためである。防衛戦の影響を受けず、暗黒の霧の中からゲリラ的に出現する魔神の軍勢により、『魔境』被害を受けなかった国々も侵攻を受けた。これにより次元衝突以前の地球人口の7割が失われ、人類の生存圏は2割にまで追い込まれ――」
とんでもない内容のようだが、授業を受ける生徒にこれといった反応はない。
まじめにノートを取るもの、隣の学友と談笑するもの、居眠りに勤しむもの……。
ごくごく普通の授業風景で、教える側の老教諭の口調も平々凡々そのもの。むしろ感情という感情を排され、教育カリキュラムを消化するためだけの事務的なものでさえある。
これというのも同じ内容の授業をすでに小学校、中学校でやっているからだ。
違うところは、高校のは内容が事細かくなっただけで、大筋での変化はない。
まして300年前ともなれば今を生きる僕ら高校生にとっては映画や小説と大差ない。
つまりは大昔にあった他人事。
彼らの関心事は大昔のことよりも次の授業内容に合った。
「ねぇ、次はどこのダンジョンに行く?」
「あの糞オークめっ! ぜってぇ、ぶっ殺してやんぜ!」
「お願い! パーティに入って! マック奢るから! ね! ね!」
冒険者実習。
冒険者を育成するため、どの学校でも必修となっている教育カリキュラムのひとつだ。
冒険者の役割は、暗黒の霧から現れる、魔神勢力の迎撃と、占領されてダンジョン化した施設の攻略。
一介の高校生にまで冒険者を強いるのは、単純に人手不足だからに他ならない。
暗黒の霧は、いつでも、どこにもでも現れるため、自衛隊などの戦力は国の主要施設の防衛に充てられ、民間にまで手が回らないのが300年前から変わらない現状なのだ。
ましてダンジョン化した施設を放っておけば、さらなる暗黒の霧を吐き出し、魔神の軍勢を無尽蔵に呼び寄せるため、冒険者の増員は、まさに「猫の手も借りたい」有様だった。
キ~ン、コ~ン、カ~ン。
終業の鐘が鳴り、老教諭が「今日はここまで」と言い捨て、せっせと教室を後する。
(また、この時間がきた)
同級生が群れなし、次々と教室を飛びだしていく
彼らを見送りながら、ぼくの口から漏れるのは、重い重い、ただただ重いだけのため息。
「帰りたい……」
しかし、帰れない。単位が不味い。
今週中にゴブリン10匹、オーク5匹を討伐しないと、今学期の単位はない、と意地悪な担任教師に断言されたのは、今からちょうど一週間前のこと。今日がその期日だった。
……一週間がんばった。
結果が、ゴブリン3匹に、オークが1匹……。
ちなみにオークの1匹は、瀕死の個体に運良くトドメをさせた、というものだ。
ぼくの実力ではオークと真っ当にやり合っては勝ち目はない。
(――誰かっ!)
パーティを組んでくれる奇特な誰かは……もちろん、いない。
誰かとパーティを組んだのはいつぶりだろうか。
こんなぼくでも高校に入学した当初は誰からももてはやされたものだ。
身長185センチ、体重138キロ。
ずんぐりとした相撲レスラーのような体型で、俊敏性にこそ難はあるものの、戦闘を生業とする冒険者にとっては「恵体」と言っても過言ではない。
教諭からは未来のS級冒険者と期待されていたし、同級生からはうらやましがられ、何から何まで当てにされて、ゴブリンとの死闘を制したときは全員が狂喜乱舞した。
しかし、今はもう昔の話だ。
高校二年生となった現在、誰ともパーティを組んで貰えない。
ぼっちで、ソロだ。
とはいえ、ぼくが何か問題を起こしたとか、そういう話ではない。
……レベルが、上がらないのだ。
魔物を倒せば、その功績によって女神様から祝福を受け、人はさらなる力を得て、より活躍の機会を得るのに、ぼくのレベルはびっくりするくらい上がらなかった。
普通の子が「5」上がる間に、ぼくは「1」上がるか、上がらないくらい。
おかげで、ぼくの「我が世の春」はたった一年で終わった。
ぼくはレベルが上がらないからいつまで経っても能力値はほぼ初期値。
一方、同級生はレベルアップで順当に能力値を伸ばす。
当然の結果として、たった一年でほとんどの同級生に抜かれまくった。
……まあそれでもぼくを当てにしてくれる同級生はまだいた。
体格だけは立派だったからね、いるだけで何もしなくても魔物の注意を引けたし、盾を持てば一応は壁として役立った。
そこで、付いたあだ名が「お助けオーク」。
某有名シミュレーションゲームで、序盤からいるパラディンが色々と助けてくれることから「お助けパラディン」と呼ばれるのだが、それにあやかったあだ名だ。
しかし、一年生の三学期になると、それもおぼつかなくなった。
壁役をしようにも魔物の攻撃はどんどん熾烈になるし、荷物持ちをがんばろうにも元々の鈍足が文字通りにパーティの足を引っ張る。
――無能オーク。
いつの間にか、そう呼ばれ、誰もパーティに入れてくれなくなった。
「……はぁ」
ため息にため息を重ね、体重以上に重い体で立ち上がる。
(――それでもっ!)
呪詛のように内心でそう呟く。
次のレベルアップでは能力値が爆上がりするかもしれない。
例え、ちょびっとしか上がらなくても……それでも能力値の条件さえ満たせば、「初級冒険者」から「剣士」や「戦士」にジョブチェンジできるかもしれない。
ジョブチェンジさえできれば、能力値にボーナスがつき、様々な役に立つスキルを覚えることが出来る。そしたら、誰も「無能オーク」なんて呼ばなくなるかもしれない。
「……やるしかない!」
何一つ確かなことはない。ただの妄想、はたまた見果てぬ夢か。
しかし、今はそれにすがるしかなかった。
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