にわとりの魔法

 一足早く飛び出して姿がもう見えないコニー、慌てて走るおばさん、わけがわからず出遅れたリク。外に出て建物を回り込み、大きな牛舎の脇を駆け抜けてさらにその先――


 ――そこに、奴はいた。


 怒髪天をつく鶏冠、嘴は陽光を反射して鋭く光り、大地を踏み締める足はもはや恐竜。

 されどその身を包む純白の毛は魅惑のモフ。


「な、」



「コケェーーーーー!!!!」



 ――巨大なニワトリだ。

 あたりに水晶のようなものがキラキラと散らばるなか、鶏舎を背に人の倍を軽く超えるニワトリがいた。




「オラァ!!」


 絶句するおばさんとリクをよそに、コニーは果敢にも巨大ニワトリに挑む。その手にはいつの間にか剣が握られていた――真っ先に飛び出た彼は備品の置いてある小屋に寄っていたのだ。だが低い姿勢から喉元を狙って飛びかかったそれは、嘴にいなされて不発に終わる。


「オバさん、こいつ締めていいよな!?」

「頼んだわ!」


 すごい。あのデカブツ相手に一歩も引かない。遅れて衝撃から立ち直ったリクは感心した。

 彼は慣れた動きで、嘴の届かないギリギリの距離を付かず離れず、間合いを常に一定に保ちながら返す刀で攻撃している。幅広の無骨な剣を扱っていると思えないほど身軽な剣技だ。


 ――だが一手足りない。


「やりにくいんだよ……!」


 冒険者の彼は今日、牧場の手伝いとしてここに来ている。見回り業務があったので念の為軽鎧は着ていたが、武器は汎用ナイフのみ。巨大ニワトリを仕留めるには足りないため牧場の備品を引っ掴んできたものの、愛用の剣とは取り回しが違う。ニワトリの独特な首の動きから繰り出される素早い嘴になかなか隙を作れずにいた。そして何より問題なのは。


「にーちゃ……」


 逃げ遅れた子が何人かいることだ。



 なかなか決定打が出せず、さらに子どもを庇っての膠着状態。そこでおばさんとリクがやることといえばひとつだけだ。


「ほらこっちよ!」

「あっち行って、おばさんの方!急いで!」


 避難誘導である。ようやくリクたちの側、生活棟に近い子たちは全て回収して戦闘範囲外にいるおばさんの方へ集め終わった。あとは鶏舎の方なのだが。


「うぇえ、」

「泣き声?あそこか……!」


 鶏舎の影に痩せぎすの子どもがいる。腰が抜けてしまったようだ、うずくまって泥濡れになりながら啜り泣いている。ニワトリのいる位置から、あまりに近い。

 それに気がついたリクはおばさんの方を見た。彼女は子供たちの怪我を確認したり建物の奥へ誘導したり忙しい。つぎにコニーの方を確認する。攻撃の激しさで小さな泣き声は耳に入っていないしそもそも死角だ、気がついていない。ニワトリも似たようなものだがバレたら終わりだ。そして腕輪はうっすら光るのみで、なぜか沈黙を続けている。

 ……怖い。でも、手が空いているのは、できるのは自分しかいない。リクは確信した。


「あらやだ!」

「?!」


 ここでおばさんも気づいた。続いてコニーもおばさんとリクを見て察する。


「チッ」


 コニーはそのままニワトリと何合か切り結び、タイミングを見計らってリクに顎でしゃくって合図を飛ばす。リクはニワトリ越しにそれを確認してひとつ頷くと飛び出した。


「よし……!」


 泥が跳ねるのは気にしない。散らばる水晶のようなカケラを蹴り飛ばす。大きな塊は飛び越える。僕って意外と素早く動けたんだな、なんて感心している場合ではない。子どものそばに滑り込んで手を取って反転。

 チラリと見るとニワトリはコニーに猛烈な突きをかましているところだった。今のうちならよさそうだ。リクは動きの遅い子どもに合わせて、でも少し引きずるように手を引いて走る。ニワトリからできるだけ離れるように迂回して、おばさんの方まで――



 ふ、と影がかかる。リクは荒い息遣いが頭上から聞こえた気がして振り返った。


「しまっ――!」


 下手を打った。コニーが気を引いてくれているうちにいけると思ったんだ。リクの顔が凍り付く。このニワトリ、巨体に見合わぬ瞬足だったようだ。ぎらつく瞳がリクを真正面に捉える。


 ――子どもを突き飛ばした。反動でリクがその場に残る。


 鉤爪が地面を踏み締め、上体が僅かに後ろへ。


 ――なんとか回避しようと無理やり跳ぼうとする。間に合わない。


 そして溜めたエネルギーをそのまま乗せ、空を切り裂いて嘴が降ってくる――!!



「おらよぉ!!」



 斬。もうダメだと思ったその時、ニワトリの後ろから鋼が煌めくと、どうとその首をひと息に跳ね飛ばした。

 ばたた、とリクの体に血がかかり、首を失った巨体が音を立てて倒れる。


「え、あ……」

「おう。無事かよ」

「あ、ありがとう……」


 仁王立ちするコニーを見てあっけに取られるリク。突き飛ばしてしまった子どもも同じような表情をして尻餅をついている。少しの間沈黙がおりたが、ふいとコニーが顔をそむけるとおばさんの方へ声をかけた。


「オバさん、終わったぜ」

「あ、あぁよかったわ、大丈夫?」

「大丈夫だって、魔術使ってくる魔物の方がよっぽどやべえし。んなことよりコレひょっとして……」


 コニーが改めてあたりを見回す。

 と、ここで沈黙を貫いていた腕輪から声が届いた。


〔そうですよ。まさか初日に見ることになるとは思いませんでした。魔法です〕

「あら、あーちゃん」

〔そちらで急に反応が発生したので驚きました。おめでとうございます〕

「まぁありがとう。本当に久しぶりに見たわ」

〔魔石、早く拾ってしまいましょう。……それと、よければ少し譲っていただけませんか〕

「ええいいわよ」

「ついでに片付け手伝ってくれや」

〔ありがとうございます。リク、指示するので収集お願いします〕


 魔石?魔法って何?だとか、疑問を挟める雰囲気ではなかったのでリクは素直に聞いておいた。




「……それで、魔法ってなんなんです?」


 リクはオバさんたちとは少し離れて言われたとおり作業中だ。しゃがみこんで魔石とやらを拾いながら、声を顰めて尋ねてみた。


〔……。そこからでしたね。魔法とは、一言で言えば願いが形になったものです。火をつけたい、と願えば火が、水が欲しいと願えば水が。〕

「それってすごく便利なんじゃ?」

〔珍しいんですよ。一生で運が良ければ数回。魔法が発動しない人も普通にいます〕

「それはまた……」

〔そして周囲の魔力を巻き込んで発動するので魔力濃度が上昇し、魔石が生成されます。……あなたがいま拾っているものですね。それから腕輪の石はその加工品です〕


 へぇ、とリクは手元の魔石を眺めた。手のひらサイズで、落ちているものの中では小ぶりな方だ。実際、鶏舎付近には膝くらいの高さの魔石が壁に沿うように生えている。リクの頭のなかに爆心地、という単語が何となく浮んだ。

 それからリクは魔石についてしまった土を払い落として太陽の光にかざした。ほぼ透明な煌めきの中に揺れる、虹のような輝き。視線を移し腕輪を見ると、通信中で淡い光が漏れているせいでわかりにくいものの、最初確認したときと同様こちらも虹のような輝きを確認できる。


「色が違いますけど?」

〔生成方法や性質、環境で変わります。ただ、どれも独特の輝き方をするので普通の石と見分けることができます。……大事なことは〕

「?」


〔この魔石に残った記録を解析することで、魔術を編み出せるということです。大概ダウングレードされますが、魔法と違って誰でもいつでも使えるようになります。現存する魔術は全て、魔法を元に作り出されているんですよ。そして解析は、ほぼ本人以外を受け付けない。――だから皆、自分の魔法を大切にするのです〕


 さきほどアヴェーラがおめでとうございます、と言ったのはそういうことだ。自分の魔法。珍しいことを成し、己のものにして、それを研鑽する最初の一歩。リクは自然と背筋を伸ばした。なんだかとても素敵なことに思えたからだ。心なしか魔石の煌めきががさっきよりももっと輝いて見えた。

 ところで。


「……これ、もらって大丈夫なんですか?」

〔問題ありません。解析にはいくつか塊があれば充分です〕



 それから魔法について思いを馳せつつ作業を進めることしばらく。リクはふと疑問が湧いた。


「……鶏を巨大化させたい、ってなにがあったんでしょうね?」

〔さあ……??まあ実際の願いはそう単純なものでもありませんし、魔法は未知の部分の方が多いんです。それに――〕


 と言ってアヴェーラはなぜかため息をひとつ。


〔生物に対して長続きする魔法は、さらに珍しいので〕


 ぽひゅん、と間抜けな音を聞いてリクは振り返った。煙が上がり、巨大ニワトリの姿が見えなくなっている。

 すぐ晴れたそこには、小さなニワトリの死骸が転がっていた。

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魔法と記録とドラゴンと 岩紙野筋目 @iwasi_yowasi3

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