牧場にて
なんだかんだ時間が経っていて、太陽はそろそろ真上になる頃。
「たぶん迎えが来るからそこで待っていていい」と所長が言うので、リクは草原に座り込んでのんびり牧歌的な風景を眺めていた。
ここはなだらかな丘になっていて、草の上を駆け抜けるように、斜面の下へ向かって心地よい風が吹いている。さわさわと音を立てて草花が煽られ、緑のグラデーションを作るさまは美しい。
しばらくそれを楽しんだ後、リクは反対側、つまり斜面を登った先に目を向けた。そこには木造の赤い屋根の建物や平屋のようなものがある。かなり遠いがここから見ても大きいとわかるサイズだ。牛舎だろうか、とリクは思った。
それから先ほどから視界の端に映っている木々たち。特に丘の下の方は深緑の森が広がっているのが見える。……近隣の森。この森の奥に、本当にドラゴンが――
「―――い」
うん?
今何か聞こえた。
「おーーいそこの人!」
振り返るといつの間にか丘の上の建物の方から人が来ていた。まだ遠くて小さい。それでも手を大きく振っているのが見えたので、リクは振り返して立ち上がり、時折草に足をとられながらそちらへ向かった。
「いやあやっと見つけた!オレはコニー。アンタがリクでいいんだよな?」
「あ、うん」
リクよりは年下だろうか。そこにはあどけなさの残る青年が立っていた。
「チビたちが放牧場の南の方に飛行魔術で落ちたの見たって言ってたからよ、ひょっとしてここじゃねえかって思ってきて正解だったぜ。早く行こう、オバさんが待ってる」
彼はそう言って自分が今来た建物の方を指さすと、反転して軽い足取りでそちらに戻っていく。リクは置いていかれないように慌ててついて行った。
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「お兄おかえりー」
「おかえりぃ〜」
「おそかったね」
「ねえねえ!飛行ま術で飛んだってほんと?」
「わたし見てたもんほんとだよ!」
「おひるね……」
「ご本よんでーー!」
「うるっせえただいま!本は後でな。あとそこで寝るんじゃねえぞ!ほら散った散った!!」
「きゃーー!」
丘の上にたどり着き、さきほどから見えていた赤い屋根の建物に入ってすぐの部屋。そこで待っていたのは子供たちの歓待だった。
ここは広い部屋だが、ドアの前で待ち伏せされていたようだ。リクたちはあっという間に取り囲まれて身動きがとれなくなってしまった。
ドアを開ける前コニーは「テーブルについて待っていてくれ」と言ったのだが、そこまでたどりつけない。潰しそう、怖い。リクはどうしたらいいかわからず固まっていた。コニーはコニーでしっしと追い払おうとしているがテンションの上がった子どもたちにあまり効果は無い。
「これ、よしなさい!」
困っていたふたりの前に手をぱんぱんと叩きながら現れたのは恰幅のいい女性だった。牛のマークのエプロンをしている。その女性に一喝された子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていき、助かった、とリクたちはため息をついた。
「すまないねぇウチはワンパクばかりだから。コニー、ありがとうね」
「別に」
そのまま女性にわしわしと頭を撫でられそうになり、嫌がって部屋の隅に逃げるコニー。女性はそんな態度はまるで気にしていないようで、笑顔のままリクに向き直った。
「話は聞いているよ。森の調査をしてくれるんだって?助かるねぇ。アタシはこの牧場を管理しているイルダだよ、よろしくね」
「よろしくお願いします」
「約束通り、ここは寝泊まりに使ってもらってかまわないよ。後でコニーに案内させるからね。それから……アヴェーラは元気かい?」
「アヴェーラ……?」
「あら会ってないかしら。両腕にこう、大きなガントレットをはめた……」
「あ、ひょっとして」
昨日観測船で掃除した時、ロビンと一緒にいた女性のことだ。
〔お久しぶりですおばさん〕
「うわ!?」
「あら~~、あーちゃんじゃない。どう?最近も元気にやってるかい?」
突然腕輪から声が飛び出す。所長と話していたときと同じ音声通信だ。不意を突かれて腕輪のある左腕を半端に上げた状態で固まるリクをよそに話に花を咲かせている。風邪ひいてないだとか、お仕事がんばってえらいわねだとか。それに返事をするあーちゃん――アヴェーラの声は楽しげだ。観測船のときはわりと平坦な話し方で所長にも結構塩対応だったのに、とリクは思う。
〔……っと、ちょっと聞いていますかリク。これからおばさんにお世話になるのです、粗相のないようにしてくださいね〕
「いやあ〜、所長さんから「新人だから宿代の足しにこき使ってくれ」って言われてたけど随分といい子そうじゃない、良かったわ〜」
(あのクソ所長……!)
リクが所長への恨みを新たにしていると、さきほどからリクと同じく会話に入れずに手持ち無沙汰にしていたコニーが突然動いた。部屋から出て、長い廊下の奥の方を見ている。子供達が逃げていった方だ。あの先には裏口がある。
どうしたのだろうと思っているうちに、ガチャリという音に続いてどたどたと複数人が走る足音が聞こえてきた。子供達がなぜか戻ってきたのだ。コニーが額にしわを寄せて声をかける。
「おい、どうし――」
「おばちゃーーーん!」
「おばちゃんおばちゃん!!たいへん!」
「牛よりおっきい!」
「きらきら光った!!」
慌てて飛び込んできた彼らは口をぱくぱく。小さい手足をめいっぱい使って説明しようとしているが要領を得ず、リクたちは混乱するしかない。それでも緊急事態だということだけは伝わって、おばさんが落ち着いて話すように促そうとしたそのとき。
コ ケ コ ッ コ――――!!!!
「?!」
「きゃー!!」
窓を揺らす雄叫び。
怖いのか面白いのかいまいちわからない悲鳴を上げる子供たち。
そしてそのうちの誰かが叫ぶ。
「にわとりがね、にわとりがおっきくなった!!!」
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