やること
「―――!!?!」
僕は今叫んでいるのか?リクはわずかに残った冷静な頭で疑問に思う。自分の声すら風の音にかき消されてまともに聞こえない。
浮つく内臓、遠ざかる観測船、徐々に近づく地上。
あのクソ所長ただじゃおかない。やっぱりやばい研究所じゃないか。人を突き落とすなんてなんてことするんだ、訴えてやる。そう思うも落ちる体は止まらない。重力に従ってただただ下へ、できることは何もない。
――ごうごうと風を切る音。
「――!!」
音。
「――!」
音がうるさい。
「――!……。」
……あーこれだめだ、死ぬやつだ。
奇跡的に錐揉み回転する体を立て直せたものの、地上――草原は少しずつハッキリ見えてきている。鮮烈な緑がいっそ皮肉に思えた。
リクは最期にもう一度、観測船で見た景色を拝んでやろうと無理やり顔を上げた。そこには高度は落ちているもののあの時と変わらぬ光景が広がっている。
……やっぱり綺麗だ、と思う。遠くで光る海面が少し眩しい。記憶すら曖昧だけど、多分僕は、今までこんな光景は見たことがないだろう。そう感じて目を細めた。
下の草原は今や柵が立ち並んでいるところまでくっきりと見えている。いくつかに区画分けされているが牧場だろうか。ごめん牧場の人、今からこの綺麗な景色をぶち壊します。クレームは観測船のクソ所長によろしく。痛くないといいな。
……リクがいい加減諦めようとした時だった。
「!?」
突如体の周りが淡く光ると、光の球体が一瞬で形成されてリクを覆った。あの所長が展開したものと同じものだ。
そして奇妙なことが起きる。落下が減速に切り替わったのだ。少しすれば、リクの体は空中でほとんど静止した。
「は、?な!?」
浮いてる。これ完全に浮いてる。
リクは球体の中でわたわたと体を動かす。腕輪の石が先ほどより強く緑の光を放っているのがチラリと見えた。コレが原因か?
そのままリクはふわふわと地上まで誘導されていく。あと10メートル。5メートル。3メートル、2、1……そのまま静止して――
「いったぁ!?」
ぺっと放り出された。
>>>>>>>>>>>>
やーもう無理。キャパオーバー。命って尊い。生きてるってすばらしい。いやあ草の匂いおいしいなあ、鳥は歌ってるし虫もチリチリ鳴いてるし。
「むり」
あれからしばらく。リクは腰が抜けるどころが魂まで抜けたように牧場の草原で大の字になっていた。予告なしの紐なしバンジーだったのだ、仕方がない。
そのままぼんやりと青空を眺めながら思い返す。……あのクソ所長はたしかドラゴンの観測、調査と言った。それから放り落として?地上にやって?
「結局、具体的に何しろとか聞いてないじゃん……」
このまま大自然に還るかあ、なんてやさぐれつつ、リクはさっき光っていた腕輪を改めて見た。
なめらかな金属パーツと、今は光っていない透き通る緑の石。背面が金属だからわかりにくいが、中に虹が浮かんでいるような反射があって不思議な色合いだ。それと金属の横にいくつか小さなボタンと歯車がついているのも確認。盤面の代わりに石が嵌まった時計が近いだろう。
「光ってたんだよなあ、これ……。うわ?!」
カリカリといじったり石を光に透かせないか角度を変えていると、不意にまた石が光る。そしてついさっき聞いた声。
〔おーーーうご無事?〕
「そこから足滑らせて落ちてほしい」
リクは音声通話できたことに驚くよりも前に思わず罵る。だがあの髭面はケラケラと笑うばかりだ。くそ、今ここにやつがいればなあ、声だけなのが悔やまれると歯がみした。
〔まあまあまあ悪かったって。ちゃんと下までコントロールしてやったろ?〕
「やっていいことと悪いことがあると思います」
〔ご、ごめんって……これが一番手っ取り早いんだよ、生体は転送できないし……〕
「やっていいことと、悪いことが、あると思います」
〔すいません……〕
でもねぇリク君、知らないおじさんにホイホイついてくるのはよくないぞ、とかふざけた声が聞こえてくる。お母さんか、やめろやめろ。
気を取り直して。
「さて改めて。さっき言った通り、君にはドラゴンの調査の手伝いをしてもらう。具体的なプランはある程度考えてあるんだがその前に。君には君自身のことを含め、知るべきことがたくさんある。そこで丁度よくこちらに舞い込んできた依頼があってな」
「……聞くだけ聞きます」
「君を下ろした村、その近隣の森でドラゴンを見た、という情報が入った」
「ドラゴンが?」
「そう。定期スキャンには引っ掛からなかったし……あそこは森が深くてね。特に奥地は魔力濃度も濃くて観測船からでは無理だ。それに新規個体なら現地調査の必要がある」
「……それで?」
「少し前に目撃証言は途絶えているんだが――。第一報はハンターズギルド。森の中ほどで狩猟に同行していた1人が見たそうだ。他にも何人か証言がある。が、気になることがいくつか。」
「気になること?」
そこで所長は一息ついた。今リクに教える気はないようで、そのまま続ける。
「だからその調査と、ドラゴンの確認だ。幸い緊急度は高くないし、指示や計測はその腕輪を通してこちらでやる。……なあに、最悪討伐になっても戦う必要はない。そのまま観測船と現地のギルドを繋ぐ連絡員になってもらえばいい」
どうかな、そう返ってきた言葉にリクは逡巡する。ドラゴン。ドラゴンかあ。記憶にあるものといえば――
「……ドラゴンって、やっぱり強いんですか」
「うん? 強いよ、べらぼうにね」
「珍しい?」
「個体数で言えばかなり。発見できた個体は常にこちらで追跡している。実物を見られる人は、……まあ限られるかな」
「……ツノとかある?」
「? そうだね」
「大きい?」
「それは個体によるかな」
「空とか飛べたり?」
「空中なら最強クラスさ」
強くて、多分大きくて、空も飛べる。珍しい。リクは腕を組み額にしわを寄せてうなる。そしてしばらくその体勢で考え込んだあと、ふと空を見上げた。先程までいたはずの観測船があまりに遠い。青い色の中にぽつりと白い影が見える。
……。
……うん、それは、
「それは多分、まだ見たことがないやつだな」
リクがつぶやいた言葉に、所長は呆気に取られたように黙り込んだ。そしてあははと大きな声で笑う。
「いいね、いいよそれは。俺はそういうの好きだぜ。じゃあやってくれるかな」
「……しょうがないからやります。よろしく」
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