第12話
「初めまして、スクリア嬢。アメトリウスの兄、オルニディウスです」
「初めまして、オルニディウス殿。お会いできて光栄です」
中庭で固い握手を交わす二人を見て、アメトリウスは軽い眩暈を覚えていた。兄から「ぜひ、彼女と手合わせがしたい」と言われたのが、数日前。兄のしつこい眼差しに折れ、その旨をすぐに手紙で送ったところ、結婚の準備で慌ただしくしているだろうに何と直接スクリア当人が馬車で乗りつけてきたのが、今日の昼だ。そしてこれである。展開が早すぎると、弟はこめかみを押さえずにはいられなかった。
それにしても、今日はまた一段と騎士みたいな格好だな。
上質だが簡素なシャツにズボン姿でやってきたスクリアは、髪が短いこともあり遠目から見ると青年のように見える。堂々とした彼女のふるまいと眼光に、それは良く似合っていた。そしてもう一つ彼が気づいたのは、彼女の脚だった。今までは長いスカートに隠れ、よく見えなかったその右脚は、膝から下が何かの鱗と金属で作られた義足であり、脚のラインが左脚と異なっている。ズボンの裾から覗く深緑の鱗を見るアメトリウスに、彼女は静かに言葉を投げかけた。
「そういえば、貴殿には伝えていなかったな。御覧の通り、私の右脚は作り物だ」
驚かせてしまったか? という問いかけを彼は静かに否定する。そこに、知らなかったことを知った以上の驚きはない。アメトリウスの眼差しが、彼女をじっと眺めた。
「それよりも。『手合わせがしたい』だけで、こんなにすぐ来るか……?」
そっちの方が驚きだと、彼は長い睫毛を瞬かせて息をつく。アメトリウスの脳裏には、先日彼女の宝物庫で見た魔物の牙やら毛皮やらがちらついていた。
「だけとはなんだ、至極重要なことだぞ」
そうか?と思いつつも、深緑の眼差しが至って真面目な様子だった為、彼は開きかけた唇をそっと閉じた。世の中には言わなくてもいいことがたくさんあることを、アメトリウスはよく知っているのだ。
「それにしても、アメリの結婚相手が貴女だなんて。思いもしませんでした。隻眼の戦乙女と名高い貴方に、私の弟が見合うのか不安なところですが」
「そんな風に呼ぶのはよしてください。それに、私たちは意外と気が合うところがあるのですから」
ちらり、と向けられた赤と緑の眼差しに、アメトリウスは整えた微笑みで「勿論」と返事をする。嘘ではなかった。彼女とアメトリウスは、お互いに面倒事を解消するために取引をしているのだから。
「そんなことより、何だか知らないが勝負するんだろ。見物しておく」
何故兄と結婚相手が剣で勝負するのか、アメトリウスには微塵も分からない。だが何故かそういう流れになっていたのだ。当人たちが乗り気なのだから大人しく見物しようと、彼は暗くなった木陰のような心持ちでスクリアを見ていた。
剣の手合わせなんて、間違っても結婚式前の奴がすることじゃない。恐らく、父親にも黙って出てきたんだろう。俺との取引には慎重だったのに、随分と軽率じゃないか。
「そうだった。それではスクリア嬢、準備はよろしいですか?」
「えぇ、問題ありません。始めましょう」
稽古用の木で出来た剣を取り、スクリアとオルニディウスは静かに向き合った。
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