第11話

 二人が婚姻を結んでも問題ないと告げると、双方の父親は大急ぎで結婚式の準備を始めた。そんなに急がなくとも良いのではとスクリアは呆れて居たものの、父親の方は必死である。変わり者の娘を貰ってくれる相手が、ようやく見つかったのだ。当人たちの気が変わらぬうちに結婚させてしまおうと、彼は急いでいたのである。

「お嬢様、結婚なさるんですって」

「まぁ、とうとう? この間来ていた金髪の男性かしら。随分お綺麗な方だったけど」

「お嬢様がいなくなるなんて、寂しくなるわ……でも、おめでたいことだものね」

 仕事の合間に、女中たちが廊下でひそひそと話し合う。ここ最近、スクリアが父親に連れられてあちこちへお見合いに出かけていたことを、彼女たちは知っている。良い相手などそうそういないだろうと思っていた彼女たちは、突然の結婚という進展の早さに驚かされたのだ。

「でもこの前お見合いしたところなのにもう結婚なんて、早過ぎない?」

「旦那様が急いでるみたい、そんなに急かさなくてもいいのに……」

 窓や棚を拭く女中たちの声は、ひそひそと続いている。磨かれた窓の向こうに、青々とした空が広がっていた。


「あの方と、取引をなさるのですか。アメトリウス様」

 女中の静かな声が、部屋の主に届く。彼は長い金髪を耳にかけ、静かに読書をしているところだった。

「あぁ、話の分かるご令嬢だったからね。これで父の血管も無事というわけさ」

 それはなによりです。と返事をしつつ、彼女はそっとテーブルに紅茶のセットを置く。アメトリウスは本にさっと南国の鳥の羽根を挟み込むと、彼女が紅茶を注ぐのを眺めた。

「結婚すれば、この家から離れることになる。数人は使用人を連れていくつもりなんだけど……君を引き抜いても?」

「構いませんわ、アメトリウス様。今まで通りお給金が頂けるのであれば」

 それでは。と部屋を出ていく女中を見送り、彼は紅茶に角砂糖を落とし入れる。結婚後、彼はスクリアと共にロードシア家から少し離れた場所にある屋敷に住むことが決められていた。

 父は、さっさと俺をこの屋敷から追い出したいんだろう。この家は、兄に任せておけば問題ない。これで安泰というわけだ。

 ため息をつきつつ本を開きかけたそのとき、アメトリウスの部屋にノックの音が響く。扉を開けた先には、金の髪を短く刈った青年が立っていた。

「結婚するんだって? アメリ。随分急じゃないか」

「……何の用だ、兄貴。その話は父さんに聞けばいい」

 澄んだ紫の眼差しが、互いを映している。眉間に皺を寄せた弟に、兄は眉尻を下げつつ微笑んだ。

「そう邪険にしないでくれよ、アメリの花嫁に興味があるんだ。取り次いでほしいことがあってね」

 ぜひ、彼女と手合わせがしたいんだ。

 明るく輝く丸い眼差しに、アメトリウスは要件を聞き返した。

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