第10話

「アメトリウス。私は、貴殿がどんな麗しい桃源郷の桃を口にしようと構わん。それが当事者同士、合意のものでありさえすればな」

 あっさりと告げられた言葉に、彼はしばし沈黙する。彼女の表情は崩れない。相変わらず堂々と、その深緑は静かに落ち着いていた。

「……やっぱり、君に話したのは正解だったかもしれないな」

 アメトリウスが、ふっと笑みをこぼす。と、不意に外から聞こえた蹄の音に、彼女の方も穏やかな笑みを返した。

「さて、では私の方も貴殿を試すとしようか」


 庭の外れにある小さな建物の入り口に、スクリアは暗い鉄色の鍵を差しこむ。アメトリウスは扉の向こうを窺ったが、暗くてよく分からなかった。扉を開け放った彼女は、慣れた様子で薄暗い室内へ歩みを進める。薄暗い室内には、様々な物が雑多に置かれていた。

「薄暗いが、すぐに目が慣れるだろう。大したものは置いていないが、ここが私のささやかな宝物庫だ」

 紫の眼差しを瞬かせ、彼は周囲を見渡す。徐々に浮かび上がってきたのは、大小様々な戦利品の数々だった。巨大な魔物の牙、硬い鱗、破壊された鎧のような金属の一部、小さな極彩色の羽……。

「……おい、これは……何だ?」

 長い髪を束ねた彼が、眉間に皺を寄せる。アメトリウスが指し示したのは、本棚の空きに置かれた羊皮紙色の奇妙な物体だった。

「あぁ、それはサイコロだ。竜の椎骨で作られている」

 彼女がそう言うや否や、アメトリウスはさっと伸ばしかけた手を引っ込める。その動きに、長い金髪がさらさらと微かな音を立てた。燭台の灯りで照らされているとはいえ、上部に小さな窓があるだけの室内は薄暗い。暗がりに、スクリアの短い黒髪が溶け込んでしまいそうだった。

「……こっちは?」

「それは、この間仕留めた魔物の毛皮だな。新しいクッションのカバーにしようと思って、剥いできたんだ」

 古い木の椅子に引っかかった栗色の剛毛を、彼はおずおずと触ってみる。それが思いのほかまともな手触りであることに、男はほっと息をついた。物置のような有り様の室内を眺めていると、彼の目にふと一瞬の煌めきが目に留まる。それは男の目と同じ深みを抱く、一握の紫水晶だった。

「あぁ、それは貴殿の目と同じ色をしているな。討伐報酬で、依頼主の宝石商から貰ったものだ」

「成程……? 随分と色んなものが置いてあるんだな」

「ここには、私が気に入った素材をまとめて入れてあってな。父は『不気味だから捨てろ』とうるさいのだが、ひとまずこの部屋にまとめてしまうことで納得してもらっている」

 確かに、暗がりに置かれた魔物の牙や毛皮は正直……不気味であるとアメトリウスも感じた。だが、それだけなら問題ないとも感じていたのだ。

 こちらの自由を許してもらう代償にしては、むしろ軽いものなんじゃないだろうか。

「私と婚姻を結ぶとなれば、これもついてくることになる。貴殿はそれを許容するか?」

 その問いかけに、彼が頷かない理由はなかった。

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