第9話

 スクリアとアメトリウスが再び顔を合わせたのは、スクリアの手紙が彼の元に届いた数日後のことだった。父親から預かった手紙を、彼はスクリアの父にそっと差し出す。下男と女中一人ずつを連れてやってきたアメトリウスを、スクリアの父は大変に歓迎した。

「遠いところから、わざわざありがとう。確かに、受け取ったとお父上に伝えてくれないか」

「はい、今夜にでもすぐ伝えておきましょう」

「さ、スクリア。色々と話すこともあるだろう、応接間にご案内しなさい」

「はい、父上。では、アメトリウスさん、こちらへ。長旅でお疲れでしょう」

 簡素で質の良い長袖のワンピースにコルセットを身に着けた彼女は、大人しくアメトリウスを部屋に案内する。座った二人の為に女中の一人が紅茶を注いだところで、スクリアは「さて」と女中と目を合わせた。

「ご苦労だった。各自、仕事に戻って良い。もし父に何か言われたら、私からの命令であると答えてくれ」

 彼女の言葉に、数人の女中たちは「かしこまりました、お嬢様」と揺れる鈴のように同じ意味の言葉を唱え、礼をして部屋から去っていく。メイド服の擦れる音が遠ざかって消えていくのを、スクリアとアメトリウスは見送った。

「……随分と、聞き分けがいいな?」

「貴殿相手でなくとも、私の客人は私がもてなす。彼女たちに、こうして仕事に戻ってもらうのはいつものことだ。普段なら茶菓子から何から私が勝手に用意するのだが、今回は父に阻止されてしまってな」

 さっぱりとした回答に、成程と彼は頷く。特段、嘘を言っているようには見えない。スクリアが普段からこうであるというのは、女中たちの聞き分けの良さからしても真実であるようだと、アメトリウスは思う。いれたばかりの紅茶にそっと砂糖を入れつつ、彼は静かに口を開いた。

「手紙で宝物庫の話をしていたが、君個人の宝物庫があるのかい?」

「あぁ。正直、宝物庫と呼ぶほどの代物ではないが。差し詰め、私の戦利品倉庫と言った方が正しいだろう」

 つ、とカップが口に添えられ、スクリアの言葉が途切れる。一拍の間を置いて、彼女はアメトリウスの双眼をじっと見据えた。

「父は、あの倉庫が大嫌いでな。客人には見せるなと口酸っぱく言われている。だが私としては、あれを許容してくれぬ相手と見せかけとはいえ婚姻など結べん」

「……それで、さっそく俺に見せてくれるってわけだ?」

「あぁ、そういうことだ。もうしばらくしたら、父は用事で出かける。見に行くのはそれからとしよう」

 僅かに口角を上げた彼女の鼻と顎には、深く刻まれた傷が目立つ。それは、彼女の堂々とした表情と佇まいを強めていた。アメトリウスが相槌を打つと、彼女は用意された小さなガレットをさくっと摘まんだ。

「しかし、貴殿ほどの美貌とふるまいであれば、私でなくとも取引に応じてくれる女性は多くいるだろうに、何故私のような変わり者に提案した?」

「……前に、別の女に提案したことはある。だが、結婚後にも他の女に会いに行くと言ったら顔色を変えてね。それは許さないと突っぱねられた」

「仮にそれが、通常の結婚であれば至極当然な話だな」

 成程、そういうことか。いつまでも遊んでいたいとは愉快な男だ。

 そう思いつつ、彼女はついとアメトリウスを見遣る。夕日を浴びた小麦のような長い金髪に、紫水晶を思わせる澄んだ瞳。耳と首に下がった本物の紫水晶にも勝る、濃い紫の眼差しには長い睫毛が影を落としていた。

「スクリア。君も、断るかい?」

 ふっと薄く微笑んだ男の相貌は、名のある彫刻のように整っている。彼の囀りに、スクリアはふっと笑みを返した。

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