第8話

 部屋のソファにごろりと転がり、封筒を眺める。簡素な白い封筒に、深い緑の蝋で紋章が捺してある。鎖をあしらったその紋章は、エブロスト家のものだ。

 それにしても、あれは変わった女だったな……。

 届いた手紙を開けながら、アメトリウスは件の女性を思い出す。馬車の馬に蹴られそうになっていた少年ごと、自分を抱え上げた剛腕。その剛腕のわりには、小さな背丈。傷のある堂々とした顔に、恐らく赤い方が義眼なのだろう、左右違う瞳の色。

 ――、悪くない話だ、貴殿の人となりを見て決めさせてもらおう。

 背丈のわりに、退役した老騎士のような堂々とした女だった。親が用意した見合いなんて無ければ、出会うことも無かったようなタイプの人間。

 手紙の封を切れば、やや不格好だが丁寧に書かれた文字の羅列が目に入る。黒いインクで書かれた文章に、彼は首を捻った。

 ……あの女、剣しか握ってなくないか?

 その膂力や立ち振る舞いから、武術に秀でた者であるような気はしていた。だがそれにしても、である。手紙に書かれた近況は、剣術の稽古や指導、そして領地周辺の魔物狩りの成果だ。剣を握っていない場面のことがまるで書かれていない。そんな剣ばかりの手紙の締めには、「もし我が家へ来られることがあったら、ささやかな私の宝物庫でもご案内します。」と書かれていた。

 私の宝物庫、ということは……家のではなくあの女個人の物がしまわれているんだろうな。それは、まぁ少し気になる。

 女に限らず、裕福な連中は宝石が好きな連中が多い。それはあの女も同じなのだろうと、アメトリウスは考えた。今まで接したことのない兵士のような相手とはいえ、良家のお嬢様であることは確からしい。

 向こうは、今度会ったときに俺を見極めるつもりがある。それは俺も同じだ。上手く行けば、この面倒な状況を打破できるかもしれない。

 手紙を畳んで、テーブルにぱさりと降ろす。あまり期待しないようにと思いつつも、勝算が無いわけではなかった。ほしいものは、何でも手に入れてきたのだ。相手が望むように振舞えば、何でも手に入った。

 乾いたノックの音が聞こえ、さっと上体を起こす。扉を少し開ければ、女中がいくつかの手紙をこちらに渡してきた。甘ったるい香りのする、華美な装飾の手紙。遊び相手からの逢瀬の手紙だろうことは、開ける前から容易に想像がついた。受け取ってソファに座り直せば、その予想は凡そ当たっていて。

 これは、後でも良いだろ。急がない手紙だ。

 会いに来てほしい。の手紙に、必要なのは返事じゃない。だから、目は通しても返事は書かない。

 今宵は誰のところに行こうかと、緩慢に首を回す。誰も一番にしないという約束と共に、彼はいくつもの花を愛でて飛ぶ者だった。

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