第7話
「お嬢様、お手紙が届きました」
女中の視線の先には、短い黒髪の女が一人。木で出来た稽古用の剣で、藁の案山子を斬りつけている。少し後ろから聞こえた女中の声に、彼女はさっと振り返った。
「あぁ、すまない。そこに置いておいてくれ。ひと段落したら読もう」
「はい、失礼します」
女中はそっと手紙をベンチ置いて一礼し、静かに去っていく。手紙の宛名には「スクリア・エブロスト様」と整った筆跡で書かれていた。
少なくとも数日に一度、こうして剣の稽古をするのがスクリアの日課だった。汗ばんだ頬をタオルで拭い、深く息を吐いて構え直す。深緑をした鋭い眼光で狙いを定め、模造品の剣を振るう。体の動きを確かめるように何度も斬り込んだ後、ようやく彼女は剣を手離した。
「さて……」
呼吸を整えて汗を拭った後、スクリアはベンチに腰掛ける。紫の蝋で封をされたこじゃれた封筒の差出人は、アメトリウスだ。
整った筆跡で己の近況を書き、そしてこちらの近況を訪ねる文章に、つぃ、と目を通す。手紙の最後は、「私の父が貴女のお父上宛に手紙を書いているようなので、また近々お会いすることが出来そうです。」という文章で締められていた。
「随分と整った字を書く男だな……」
整った曲線の文字に感心しつつ、手紙を畳む。スクリアの脳裏に浮かんだのは、澄ました顔で作り笑いを浮かべる、長い金髪の男だった。私の父親にも、自身の父親にも、作った外向け用の笑みを向けていた、あの紫の目をした男。
丁寧で上品な書き言葉で書かれているのは……。手紙の中身を他人に見られる可能性があると思ったのだろうか。取引のことも書かれていない。用心深い男だ。
手紙が来たのだから返事を書いてやらねばと、スクリアは眉間に皺を寄せる。彼女は、文字を書くのが不得意だった。手紙を書くのが嫌なのではない、字が下手なのを気にしているのだ。
庭の隅にある小さな用具入れに、稽古用の剣を片づける。着替えたら、夕食までに手紙を書いてしまおうと、スクリアは考えていた。
しかし……近況など、何を書けばいいのだろう。剣の稽古をしているか、剣技を教えに行っているか、魔物を仕留めに行っているか、私のささやかな宝物庫に物を詰めているぐらいのものだ。
そのどれを話しても、相手に引きつった顔をさせてしまった。これまでの見合いで会った、見知らぬどこぞの家の男たち。彼らには、何だかよく分からないが申し訳ないことをしたのだろう。私を娶るような男はおるまい。
だがあの金髪の男なら、ある意味どれだけ引きつらせても構わないような気がした。あれは見合いの相手などではなく、これから取引をするかもしれない男なのだから。
自室について、汗ばんだ服を脱ぎ捨てる。質素なワンピースに袖を通し、スクリアは便箋とペンを用意し始めていた。
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